運命には抗えない〜第一幕〜

みこと

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レオナルド

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 ずっと頭の中に黒いモヤがかかっている。もう何年もだ。
 ロジェに初めて会った時は綺麗な顔をしたオメガだな、としか思わなかった。今はロジェなしでは生きていけない。ロジェの事を考えるとモヤが少し晴れるのだ。
 ロジェに言われてロジェの肖像画描かせた。会えなくても傍で感じられるように…。その肖像画を見ると心が落ち着きモヤが晴れる。私は毎日肖像画を観るようになった。

 オズベルトとサフィがいろいろ口を出してきて煩わしい。親戚たちも早く番や嫁を貰うようにと顔を合わせれば言ってくる。ロジェ以外要らない。ロジェ以外を考えるだけでモヤが濃くなるのだ。
 あの2人に形だけでも婚約者を立てたらどうだと言われた。周りが静かになるならそれでも構わない。2人はどこからかオメガを見つけてきては婚約者として送り込んでくる。ロジェ以外のオメガはダメなのだ。匂いを感じるだけでモヤが濃くなり頭が痛くなる。来るオメガたちは皆私が追い出した。
 今度は発情期の来ていない出来損ないを婚約者として迎え入れる事になった。まぁどうせいつもと同じ様になるだろう。


♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 この時期のフォーゼットにしては珍しく晴れて暖かい日だった。貧相な馬車に乗り少しの嫁入り道具持ってそのオメガはやって来た。 
 ふわりと良い匂いがした。何年か振りに良い匂いを嗅いだ気がする。直ぐモヤに取って代わってしまったが、確かに良い匂いがした。

「はじめまして。ファルステイン男爵の三男、ルーファス・ファルステインです。よろしくお願いします。」

 キラキラした美しい黒い瞳に、はにかんだ笑顔。なんて可愛いんだ!それにこの匂い。私のオメガだ!
 そう思った瞬間に今までにないくらい黒いモヤが広がり、強烈な頭痛が襲った。前後の記憶が曖昧になり、このままオメガに関わってはいけないと頭の中で声がする。
 ふらつく身体をなんとか支えて部屋に入った。暫くベッドで休んだが頭痛とモヤは一向に良くならない。こんな時はロジェに会いに行くのが一番だ。
 重い身体を引きずって肖像画を観に行った。するとあれだけ辛かった頭痛がスッと消えた。
 私は極力そのオメガとの接触を避けた。早く追い出せば良いのだが体の一部がそれを拒んでいる気がする。
 たまに見かけるそのオメガは使用人と楽しく過ごしているようだ。皆で楽しそうに笑っている。可愛い声で笑うんだな、と思うとまたモヤが濃くなり頭痛がする。

 追い出したいのに追い出せない。既に5ヶ月近く経ってしまった。誰も居ない所にやってしまおうか。絶対にアルファの居ない場所がいい。私は修道院の資料をかき集め、あのオメガのいく先を探した。

 その日は城下町に出かけロジェに贈る宝石を探していた。ロジェは高価な宝石が大好きだ。贈ると美しい笑顔を向けてくれた。
 二年前に隣国の王太子妃となったが毎月の手紙をくれる。政略結婚なのでどうすることもできないが一番愛しているのは私だと訴えてくる。私はそんなロジェのために贈り物をするのだ。
 ここフォーゼットは金とダイヤモンドが発掘される。それらを美しく加工したブローチを手に取った。ロジェの瞳の色の大きなアメジストとダイヤモンドで出来たブローチだ。それを購入しロジェに贈る事とした。

 屋敷に戻るとオズベルトとサフィがいた。あのオメガと楽しそうに話をしている。
 ほんの一瞬あの良い匂いがした。嗅ぎたいが嗅いではいけない。その後に訪れるモヤと頭痛に怯えた。
 自分の部屋に行こうとするとサフィが本を取り出した。長い間探していた古代リーリア語の本だった。王立図書館にも置いていない珍しい本だ。私はすっかりその本に気を取られて夢中で読み耽った。
 すると近くでふわりとあの良い匂いがした。驚いて顔を上げるとあのオメガが直ぐ隣に立っていた。そしてそのまま私にキスをしたのだ。キスというよりは思いっきり唇をぶつけてきたと言った方が良い。もの凄く痛かった。でも痛み以外に感じるものがあったモヤと霧が全くなくなったのだ。

 ロジェを見たり感じたりするとモヤや頭痛は無くなるが世界が霧がかった感じは消える事はなかった。長い間その世界の中で生きてきたので違和感は消えてしまっていた。しかし今ならはっきりわかる。これが私の世界だ。

 サフィが私の可愛いオメガ、ルーファスを抱きしめている気配がする。ルーファスは私のオメガだ!親友のお前にでも触る権利などない!ぶつかった唇が痛かったが顔を上げてはっきりと言った。

「私の番に触るな!」 


♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 それから私たちはロジェの『魅了』の話をして私にかかっている魔法を解こうという事になった。各自分担して情報を集める。私とルーファスは『魅了』について調べる事にした。
 ロジェとは何者なのか?三年以上もの間、私を苦しめてきたロジェが憎くてしょうがない。あったら殺してしまうかもしれない。しかしヤツは隣国の王太子妃で魔法を解くのはヤツにしか出来ないのだ。怒りで我を忘れて腑が煮えくり返りそうになる。
 その時またふわりと良い匂いがした。ルーファスが隣に座って一生懸命オズベルトの話を聞いている。
 真剣な顔…もの凄く可愛い、可愛すぎる。思わず抱きしめて匂いを嗅ぐ。モヤも頭痛もない。思う存分匂いを堪能した。 
 私の正気を保つにはルーファスとのキスが必要だと聞かされた。ならばたくさんしないと。恥ずかしがるルーファスの可愛い唇にちゅっとキスをする。痺れるように気持ちいい。軽く触れるキスだけでこんなに気持ちが良いなんて…。私は夢中でルーファスにキスをして、オズベルトに嗜められた。

 私たちはルーファスの知り合いのカナンという男に会いにいく事になった。ルーファスがあまりにもカナンを褒めるので腹が立って大人気ない事を言ってしまった。
 ルーファスの実家であるファルステイン男爵にも挨拶に行ったり、ルーファスを私の知り合いの医者に診せたりと予定がたくさんあるのでロイとハンナも同行させる。

 ルーファスは発情期がない事を気にしている。出来損ないだと泣いていた。確かに発情期の来ないオメガをそのように思っていた事もあるが、ルーファスは違う。優しく真面目で逞しい。発情期が来ていなくても私の大事な可愛いオメガだ。子は授からなくても良い。どうしても子どもが欲しいならというなら養子を貰ってもいい。ルーファスと一緒にいる事が何よりも大事なのだ。
 可愛い可愛い私のルーファス。
 暗闇から私を救い出してくれた運命の番。


 王都へ出発する朝、ルーファスを見て驚いた。何とも言えない外套を羽織っていたのだ。庭師のヘンリーから借りたらしい。
 私はロイに1番上等の外套を持ってくるよう指示した。
 ヘンリーの外套は本人に返して私の物を着せて馬車に乗った。

 ルーファスがここへ来て半年近く経つが私はルーファスに何もしてやっていない。花ひとつ贈ったこともない。『魅了』をかけられていたとはいえ他のオメガにせっせと高価な宝石を贈り続けたバカな男だ。ルーファスはまともな外套一つ持っていないのに。そういえばルーファスはいつも薄着だ。王都はここほど寒くないから、厚手の服を持っていない。彼は何も強請らずひっそりと暮らしていたのだ。私は大事なオメガになんて事をしてきたのだろう。
 隣で嬉しそうに窓の外を眺めているルーファスを抱きしめた。

「王都から戻ったらルーファスの服を作ろうね。サイズの合った外套も。」

 ルーファスが驚いてこちらを見る。これからはルーファスのためだけに生きようと誓い、可愛い唇にキスをした。
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