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第一章

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王都郊外
そこは昔と変わらず広い田畑が広がっている

花は枯れているが背の高い向日葵畑も、小麦が風に煽られ波打つ風景も、七年前とほぼ変わっていない


「ミーシャちゃぁ~~ん!」


草毟りでもしていたのだろう汚れた服に麦わら帽子、首にタオルをかけた母がこちらに大きく手を振っている

「おかえりなさいミーシャちゃん、見て見て、かぼちゃが良い感じに育ってるでしょ?」

「ああ、まだ収穫までは遠いがな」

「でも楽しみねぇ、自分達で育てたと思うとより美味しく感じるのよ」

「そうか」


母以外にも父と兄も作業を止め私の方に寄ってくる

「おかえりミーシャ、家に寄ってくかい?」

「構わんよ。私は少し様子を見に来ただけだからな」

「そう言うな!儂が作ったスープでも飲んでいくと良い!」

「いらないと・・全く、父上は」


こちらの話を最後まで聞かずに背を向けて掛けて行く
ああなったら勝手に引き返したりすれば後でゴネだすだろうから付いて行くしかあるまい
一体誰の入れ知恵なのやら

「フフ、せっかちなんだから。
ね、ミーシャちゃん折角ここまで来てくれたんだもの、お母さんゆっくりお話したいわ」

「・・・仕方がないな」


帽子を取った母の顔は年齢に見合った皺が増えたが、健康的な少し日に焼けたような肌は若さを感じさせる
私の居なかった七年間で、フロイライト家は大きく変わった。
土弄りをし、田畑を耕し、野菜の収穫を行う家族の姿に佐官されたか転職したか、ともかく領主の威厳は消えて無くなっていた。
一体何があったのか、どういった変化が起きたのかは私は知らないし、聞かされてもいない
ただ父も母も存命で健康であるという事実だけで十分だ。

「あら、ロジィそちら妹さんじゃない、こんにちは」

「ああ、こんにちは」

「ちょっ、動いて大丈夫?」

「大丈夫よ、寧ろ動いていた方が気が紛れるわ」


私達を家で出迎えてくれたのは兄の妻
薄紫色の髪にオレンジ色の瞳のセリン・フロイライト
旧名は無く、市民であったのだとか
その腹部は膨らんでおり、臨月に近いのでは、と言った所か

「産婆さんが近くに居てくれるし、平気よ
あ、お義父さんが今スープを温めてるからゆっくりしていって」

「お邪魔しよう」

「ミーシャ、ここはミーシャの家なんだからただいまだろう?」

「そうだな、ただいま、兄上」

「おかえりなさい、ミーシャ」


流石に家の中までは大きく変わった所は無く
父はキッチンとダイニングテーブルを忙しなく行き来しセッティングをしている

「お義父さんお手伝いしますか?」

「いやいや、儂がやるから休んでてくれ」

昼食には遅く、夕飯には早すぎる時間だからか
テーブルの上にはスープとサラダ、ドリンクグラスのみ

「飲み物は何にする?」

「儂は茶で良い、ロジィとセリンは?」

「俺もお茶で良いよ」

「じゃあ私も」

「私は紅茶にしようかしら、ミーシャちゃんは?」

「母上と同じものを」

「ルークくんもほら、遠慮せず何が良い?」

「え、俺も?じゃあ、お茶で」


全てのグラスが満たされ静かに食事が始まる
私はそっと手を組んだ後にミルク緑色のスープを頂く
甘く分かりやすい味に豆か、と思い至る

「ほら、ロジィ今頼んでおきなさいよ」

「え、ああ、ミーシャ」

「何かね」

義姉はどこか楽しそうに、兄はそんな妻にすでに尻に敷かれているかのよう

「ミーシャに頼みたい事があってね。
その、俺たちの子供が産まれたら名前を付けて欲しいんだ」

「私が?何故」

「ええ!結構前からね、決めていたの」


名は親から子に与えられる初めの贈り物だと言われるが、それを私に頼むとは

「お願いしたいのだけれど・・」

「私で良いのなら、構わんよ」

「良かったぁ、ね、ロジィ」

「うん」

ニコニコと機嫌良さげに笑っている
家族が増える喜びとやらに実感は湧かないが、私も将来的には母となる事を思えば、歳の近い経験者が身近に居るとそれなりに助言を貰えるだろう

「ふふ、楽しみね。女の子かしら?男の子かしら?」

「そうだね」


甘いスープの味を消すように紅茶を流しこんだ









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