スパダリ社長の狼くん

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第四章

十三話

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「い、嫌だっ……なんで、そんなん自分でやるから……!! やめてくれよ、なぁ、流石に嫌だって……!!」
 ベッドの上から降りてじりじりと部屋の隅に下がる瞬を追い詰めながら忍が手にした浣腸を見せつけるように持ち上げる。涙目になって首を振る瞬に笑顔で圧をかける。佑が呆れた目で眺めているのが余計に困る。せめて佑の目のないところでやって欲しい。そもそもいくら忍でもそんなプレイは嫌だ。
「大丈夫だよ。何も目の前でしろって言ってるわけじゃないんだから……」
「そういう問題じゃない!! そんなん無理すぎるし、しかもこんなとこでそいつもいるのにやだ! こんなお仕置き聞いてないっ……!」
「あのさぁ、俺のことすげー邪魔みたいに言ってくれるけど、俺はこれ今何見せられてんの? 元カレの浣腸プレイなんか見たくないよ。忍がいいって言ってくんないからここにいるだけで、もう腹も減ったし本当は飯食いに行きたいんだけど」
「じゃあ出てけよ!!」
「ハイハイ。いい? 忍。どうせ手術の間に俺もしこたま怒られるんでしょ。逃げないから飯食ってきたい」
 佑に頷いて見せた忍が釘を刺す。
「よく分かってるね。君もしっかり絞らせてもらうからね。あとで合流しよう、勝手に逃げたら分かってるね?」
「分かってるって……忍怒ると怖いもん、これ以上俺も叱られたくないしさ。んじゃ後でね」
 片手をひらひらと振って、佑がパーカーを羽織って病室を後にする。一瞬竦んだような足も、次の瞬間には規則正しい足音を刻んで廊下の向こうへ消えた。こんな時ではあるのだが、佑の持つ本来の強さに救われたような気にもなる。きっかけがあれば人はいくらでも変われるのだと、佑や槙野、瞬を見ていると忍自身が強さをもらえる。忍が与えているのは一歩目を踏み出すための勇気であって、その先を歩み続けているのは彼ら自身だからこそ、その力強い足取りが何よりも嬉しい。

 さて、と瞬を振り返る。半分ベソをかいている瞬を指先で猫を呼ぶように手招く。これで言うことを聞かなかったら問答無用でコマンドを落とすよ、と言外に知らせている。瞬が頑として座り込む。
「嫌だ! そんなん、そんなん……嫌だって!」
「come」
 がくん、と瞬の腕から力が抜けた。コマンドに対する拒絶と従属が競り合っている状態だ。忍がため息をつく。ひどいストレスを与えているのは傍目にもわかる。これ以上はだめだ、特に今は。
「わかったよ、ごめんね。でも実際その点滴じゃトイレに行くのはともかくも浣腸は難しいから、一瞬だけ我慢して。何も見ないし何も言わないから。時間も押してるし、いい子だから言うことを聞いて」
瞬の目が歪んで、手首から刺された太い針を一瞥する。たしかにそれは分かる。分かるが……。
「本当に何も言わないし何も見ない。プレイに持ち込む気はないから。看護師さんに任せるよりは僕のがマシだろう? こんなの一瞬じゃないか。君も知ってると思うけど」
「本当に変なこと言わないか……?」
「言わない。約束するから」
「カーテン閉めて欲しい……あいつ帰ってきたらヤだから。あのクソ医者にも見られたくない」
 瞬の言葉に眉根も寄る。昨日から随分と矢田に対しての態度が悪い。こんなことを言う子だっただろうかと思いながらも、今はそんなことで叱って機嫌を損ねている場合ではないと思い直す。
 言われた通りカーテンを閉めてやり、衝立もずらす。おいで、と声をかけるとしぶしぶと瞬がベッドに戻ってきた。
「横になって。下着とパジャマ下ろしてね」
「う……」
「ほら、難しく考えずに。ちょっと我慢すればすぐ終わるから」
忍の声に覚悟を決めたようにばっと下着とパジャマを膝まで下ろし、ベッドに横になって目を閉じる。羞恥で震えてしまう体を宥めるように指先でトントンと叩いてやりながら、手早く挿入する。いちいち確認しなくとも、普段あれだけ抱いていれば失敗することもない。ぎゅっと薬液を押し込んで、もういいよ、と声をかける。真っ赤になった瞬が急いで着衣を整えるのに笑ってしまう。
「こんなシチュエーションだと妙に緊張するね。普段あれだけ乱れているのにね」
「だってそういう問題じゃねえだろこれ……好きなやつだからこそこんなんさせたくねぇよ、分かるだろ?! で、頼むから10分くらい部屋空けてくれ、多分普通にトイレ行きたくなるから!」
「分かった、あとでスマホに連絡してくれたらまた来るよ。僕は自販機コーナーで佑と待ってるからね」
 頷いて忍が部屋を出る。自販機コーナー、と言い置いたのは佑に限ってコンビニに行くわけもないと思ったからだ。多分カップ麺の販売機で済ませているだろう、と。
 院内の地図を見て、三階自販機コーナーに足を向ける。佑の姿はたしかにあったが、彼は珍しくサンドイッチと牛乳を手にしていた。忍が目を丸くするのにバツが悪そうに視線を逸らす。
「飯って俺が思ってたより大事みたいだから……」
 佑の言葉にクスッと笑う。その教示を落としたのが誰であるのかはすぐに思い当たった。
「自分で作るとなると面倒なものだけれどね」
「やっぱそうだよね。ってなると勤続六年は大きいよね、コンビニって高いしさぁ。初任給でこれじゃきつかっただろうから」
「君には教えてなかったけれど、実は君の生活費を給料から引いていたからね。今後はその分少し上乗せになるから安心していいよ」
「ああ、やっぱ。水道代も電気代もなしで住まわせてくれてたらいくらなんでも他の社員に示しがつかないもんな」
 ずず、とストローから牛乳を啜って佑が分かっているというように横目で忍を見る。
「色々あるんでしょ。俺を怒らなきゃいけないこと。逃げたりしないしちゃんと聞くから怒ってよ。怒ってくれるうちに怒られときたいんだ、俺」
 忍が自販機の缶コーヒーのボタンを押す。がたん、と落ちたブラックコーヒーのプルタップを起こしながら、佑の隣に並んで壁に背を預けた。そのまま横目で佑を一瞥する。
「怒られたい、か。君も瞬もよっぽど僕に叱られるのが好きなのかな。僕としては出来れば褒めてあげたいんだけどね、君たちのことは。褒めてあげられるうちに目一杯ね。……君もよく知っているだろうけれど、他人は……簡単に手のひらを返したりもする。いらない言葉ばかりよこすものさ。僕は君たちにそういう言葉を聞き入れてしまう余裕なんてないくらいに褒め言葉を詰め込んでおきたいんだ」
「他人じゃなくてもそりゃそーだよ。そんなん分かってるから、だから忍の理不尽じゃない怒り方が好きなんだろ。俺もあいつも。槙野の怒り方もそうだけど……訳のわからない感情込みの怒り方はしないじゃん。安心するよね。だからいいよ」
 佑の言葉に苦笑する。
「だったら遠慮なく叱るから後少し待っておいで。とりあえずは、瞬が無事に手術室に行けるまではね」
「……本当に大事にしてんだね。俺より大事?」
「そういう質問の仕方はずるいかな。どちらも大事だよ。比べるものじゃない。僕なりに二人共に誠実に接しているつもりだよ? でも君に我慢を強いていることも知っているからね……おいで」
 自動販売機の影に隠れるように縋り付いてくる佑を抱き止めて優しくその背をさする。それ以上のことはしてやれないからこそ、佑が納得できるまで突き放しはせずに。
「いいな。ほんと、羨ましい」
 呟いた佑の言葉は聞こえなかったふりをして、その骨ばった指先から手を離した。
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