スパダリ社長の狼くん

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第四章

十七話※R18

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 ぎこちなく病室に戻る。
 背後からついてくる忍の手には何かが握られており、指先がそれをいじるたびに瞬の体がびくんと跳ねた。
 歩くこともままならない瞬を容赦なく追い立てながら、病室を閉めて「入らないで」というマグネットをドアに貼り付ける。いつかと同じ状況なのに、違うのは忍が明らかに瞬を弄んで楽しんでいることだ。あの時とは全く違う、嗜虐的とさえ言える攻め方だった。
「お疲れ様。よく歩いたから休憩したら?」
「忍……こ、これ……抜いて……っ」
「ダメだよ、躾中なんだから。君がしっかりと身も心も僕のものなんだって覚えるまでは」
 カチッと音がする。男子トイレで挿入された突起付きのローターが瞬の中で暴れ回る。「ひぅっ……」と声を漏らして瞬がへたり込んだ。床に触れる尻が中を圧迫させてしまい、前立腺に更に強い刺激を与えられてしまう。ビクビクっと背が震え、そり返っては恥ずかしい声を漏らす。
「い……いやっ……これ、これ……やだぁっ……何で、俺だけこんな……っ」
「俺だけ? 僕が何かしたかな? 君のためにあの男に犯されたことを言ってるの? それを分かっててその翌日に可愛い看護師にヘラヘラ笑ってた君ではなく?」
 疑問符ばかりを重ねる忍の棘に瞬が瞳を歪める。悪かったと思うのに、謝りたいのに強引に快楽を与えられて身体は悦んでしまう。こんな態度をとりたくないのにと自責が募るごとに、己の体が示す反応に嫌悪感が湧いて涙が滲んだ。
「止めて……お願いだから……こんなの……」
 冷たい瞳で床にうずくまって悶える瞬を見下ろした忍の指がさらに振動の強さを上げる。
「ひぁ……っ……う、う……っねがい、止めて…………ごめんなさい……俺が悪かったから……」
 瞬の口から嗚咽が漏れる。刺激されれば否応もなく勃ってしまう男の単純さがあまりにもつらい。ぎゅっと両手で強く中心を握りしめて痛みで萎えさせようとする瞬に、忍が冷ややかな声を投げた。
「……何してるの? 気持ちいいんだろ? イけばいいじゃないか。僕じゃなくてもいいんだろう?」
 これまで何度も起こした喧嘩とは違う、突き放すような口調に堪えていた涙が零れた。泣きたいのは忍の方だろうにと嗚咽を噛み殺す。
 いくら人恋しかったとしても、傷を顧みずに瞬のためにあそこまでしてくれた忍を今だけは裏切ってはいけなかったのだと、取り返しのつかない失態に絶望する。今度こそ忍が消えてしまっても何も文句は言えない。それだけのことをしたのだ。
「ご、ごめ……」
 謝罪を喉の奥で締め殺す。謝れば全てが丸く収まるなどと甘い考えにも程があると己に反吐が出そうになるのを抑えて、これ以上浅ましい反応をするなと思わず術創に爪を立てた。
 ずきんと走る激しい痛みに急速に脈動していたものが萎えていく。安堵した瞬間喉の奥から胃液が逆流した。堪える術もなく嘔吐する。
「…………ここまで君を追い詰めて酷いことをしても、僕は君を許せるどころか失望してる。どうしたらいい……? 僕だってこんなことを君にしたいわけじゃない。ごめん……僕はどうかしてる」
 瞼を抑えて忍が疲れたようにパイプ椅子にどさりと腰を下ろす。ごほっと咳き込んで瞳を歪めた。
 忍にも自分の怒りが制御できないのだ。全ては自分が勝手に瞬のためにというお節介でしたことだ。瞬にそれを全て理解しろなどというのは無理なのは分かっているのに、瞬のあの笑顔はあまりにも心を抉った。こんな子供じみた報復がしたいわけではないのに。
 互いに目を伏せて相手の視線から逃れたまま、瞬の嗚咽だけが病室に響く。忍がため息をついた。びくっと怯えたまま視線を上げられない瞬に歩み寄ってその頬を撫でる。
「……ごめん。こんなつらいお仕置きをするつもりじゃなかったんだ。君を大切にしたいのに」
 吐瀉物に躊躇いもなく膝をついて、ぎこちなく瞬を抱き寄せる。その体温を感じた瞬間、凄まじい後悔が忍を襲った。強くその体を抱きしめる。涙を止められないまま抱き返すことができない瞬の耳元にごめん、と囁く。
「大人げないのは僕の方だ……君が僕以外の誰かに笑うことも耐えられない。勝手な話だ……君の前で佑に手を焼いたりもしているのは僕なのにね。ごめんね、傷つけて……寂しかったよね」
「ちが、う……俺が、俺が……お前のことを」
「大丈夫。分かってるよ。僕にあんなことがあったから余計な負担をかけないようにしてくれたんだろ? 気づけなくてごめんね……大丈夫。ちゃんと分かってる。君に寂しい思いをさせないために泊まり込みまでしているのにこんな体たらくでは恋人とは言えないな。ごめんね……」
 忍の形のいい唇が柔らかく瞬の唇を挟んで舌で口を開けるように促す。まだ怯えてしまう瞬を宥めるように指先が髪を撫で、首裏を支えて上向けた。
躊躇いがちに小さく唇を開いた瞬に舌を絡めながら強くうなじを引き寄せる。嘔吐したことも何もかも気にもならないほどに、愛しさが溢れて仕方がない。口蓋を舌先でくすぐってやると、瞬の喉がかすかに痙攣した。唇を離してその瞳を覗き込む。涙の滲んだ赤みがかった澄んだ瞳。この世の誰より愛しい瞳に唇を寄せる。薄い瞼に口付けて、柔らかな髪を抱き寄せる。
「忍……ごめん……ごめんっ……」
「大丈夫だよ。君に一つ、いいことを教えてあげる。喧嘩なんてものはどちらも傷ついている時に起きるものさ。どちらにも悪いところがあるんだよ。それを許せるほどに僕は君が好きだし、許してほしいと願ってしまう。君もそうだと嬉しいな。どうだろう?」
 悪戯っぽい光を湛えて碧水の瞳が瞬の瞳を覗き込む。その首筋に額を押し付けて瞬が掠れた声で「俺も……」と呟いた。忍が点滴に触らないように気をつけながら瞬の体を抱き上げる。ベッドに降ろしてやって、トントンと軽く叩いた。
「術創が開いてしまったら大変だ。あんなことはもうしないでね。僕にならいくらでも怒りをぶつければいいけれど、君自身を傷つけるのは禁止だ。分かった?」
「お前だって、いくら俺のためでもあそこまでするなよ……俺がどんな思いであの場にいたか、お前ならわかるだろ……」
「そうだね。もう少し上手い動き方があっただろうな。いくら何でも捨て身が過ぎたね、反省してる。実際殺されるかとも思ったし」
「喉……大丈夫か……?」
 心配そうに見上げてくる瞬に微笑む。秋平のアレはかつても何度も経験している。あの男は際どいところで必ず手を引く。決定的な証拠を残さないことでは天才的な引き際を見せるのだ。首に指を滑らせて尋ねる。
「昔もよくあったんだ。殺しはしないし、痕さえ残らないようにするのが秋平のやり口さ。今も何ともないだろう?」
 瞬が泣きそうになるのがただただ愛しく、頬をなぞって啄むようにバードキスを落とす。
「大丈夫だよ。君も知ってるだろう? 僕は転んでもただでは起きない。精液はしっかり保存させてもらったし、ボイスデータは今頃警察に送られてる。もう君に手出しはさせないし、僕にも指一本触れさせない。でも君の傷が塞がって元気になったら、口直しをさせて欲しいかな」
 瞬の肌が染まる。相変わらず表情も肌も雄弁だ。そこまで考えて、ああ、と声を上げる。
「ごめん。止めはしたけど入れっぱなしだ」
「あ……の、うん……抜いて欲しい……」
 視線を逸らして呟く瞬に、不意に忍が意地の悪い笑みを浮かべた。スーツの内ポケットからまた取り出されたリモコンに瞬が縋るような顔で首を振るのを甘いキスで黙らせながらまたスイッチを入れる。瞬の唇から堪えきれない湿った吐息が漏れるのを楽しむように何度も唇に触れるだけのキスを繰り返して指先を鎖骨に沿って滑り込ませ、また健気に勃ち上がっている胸の突起を愛撫する。
「だめだって……っ……あっ……やっ……」
「ほら、ここでは声を上げちゃダメだよ。君は声を抑えられないから大変だ」
「んぅっ……あ……っんんっ……」
指先で愛でていた花に唇を寄せてちろちろとくすぐってやる。瞬が唇を噛んで声をこらえていることに気づいて、顔を上げてまたキスを落とす。
「僕の指、噛んでいいから。そんなにつよく唇を噛んじゃダメだ、食べ応えのあるかわいい唇なんだから」
 噛み締められた唇を強引に割って指を差し入れる。遠慮するように口を開きかけた瞬に含み笑いを落としてスイッチを一段階上げた。瞬が身を捩って背をしならせるのを抑えながら、パジャマのウエストに手を差し込んで濡れているものを優しく扱く。あまり長く可愛がるわけにはいかない、瞬は昨日手術をしたばかりだ。惜しい気持ちを抑えて手の力を徐々に強めながら、速めていく。噛み締められた指先がたまらなく甘い。真っ赤に上気した頬と、酔わされ切った整った顔。この精悍な青年にこんな顔をさせられるのは己だけなのだという事実に酔う。
「あ、あっ……イ……イく……っ、イッちまうからぁっ……」
「いいよ。せっかく気持ちよくさせてあげているんだから、遠慮なくイッて」
「あああっ……」
 ボクサーパンツの中で忍の手に温かい白濁が絡む。深い呼吸を繰り返す力の抜けた体をもう一度優しく抱き寄せて首筋に甘い痕を刻みつけた。
「ねぇ、分かったよね。君は僕でないとこんなに気持ちよくなれないよ。もう僕だけを見て欲しい。僕に負担をかけるかもとかそんなことは考えなくていいから。そんなことを気にされて他の誰かを頼られる方が辛いんだ」
「……本当に、本当にそれで……俺のこと嫌いになったりしないか……?」
「ここまで何度も分かりやすく嫉妬してるのにまだ信じてもらえないの?」
「忍……っ」
 身を起こして抱きついてきた瞬を宥めながら微笑む。もう無理だ。ここまで自分を魅了する瞬の前では「いなくなったあとに困らないように」などという理性は何の役にも立たない。この世を去らなければならないその瞬間まで、そばで誰よりも愛し抜きたいし愛されたい。こんな感情を抱かせる瞬の魅力がいけないのだと都合のいい言い訳を頭の片隅に置いて、ただただ離れたくないと抱きしめて髪を撫でた。





「つまり、黒宮さんが受け、というそういうことですね?! いいんですよ、いいんです! 体格差カップルは萌えですから! 東條さんがその細い体でこの黒宮さんを……」
 興奮してマシンガンのように恥ずかしい事実を並べ立てる美羽に瞬が真っ赤になる。そんな瞬を横目で見やって、何一つ否定しないまま忍が微笑んだ。
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