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29話 盛大に間違える

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「……ん、んん?」

 フローラが目を覚ます。
 自室に戻った彼女は、いつの間にかベッドに倒れ眠っていた。

「なんだか……懐かしい夢を見たわ」

 夢の内容を彼女は鮮明に覚えていた。

 それは幼い頃の記憶。
 自分が一番嬉しかった時の記憶。
 なぜそんな記憶を今になって思い出したのか。
 その意味をフローラはなんとなく気付いていた。

『それより大事なのは、あなたがマリウス様をどう思っているのか。婚約者としては見逃せない問題です』

 先ほどのリリア王女の言葉が脳裏を過ぎる。

「私が、マリウスくんをどう思っているのか……」

 あの時のフローラは、王女殿下からマリウスを奪おうとはしないと言った。
 だがそれは、彼女がどう思っているのかという問いに対する回答ではない。
 自らの心の奥底に眠る答えを、彼女は無意識に口にしないようにしていたのだ。

 それに気付いたのは今。
 彼女との会話を思い出してからだった。

「私は……もしかして、マリウスくんのことがあの時から好きだった? 花の冠を作ってくれた優しい彼に、恋をしたの?」

 自らに対する問い。
 当然、答えなど返ってこない。
 だが、それでも答えは決まっていた。
 フローラの顔が赤くなる。

「そっか……そっか。だからリリア王女殿下はあんなことを……」

『自分では気付きませんでしたか? マリウス様のことを頬を赤らめて愛おしそうに見てましたよ』

「…………」

 思い出すとさらに顔が熱くなる。
 穴があったら入りたい気分だ。
 しかし、自覚するとマリウスへの愛で胸がいっぱいになる。

 幸せな気持ちというのはこういうことなんだろうとフローラは思った。
 けど同時に、哀しくもある。
 すでにマリウスがリリア王女と婚約してる事実に胸が痛くなった。

「お似合い、だよね……やっぱり」

 あの二人は互いに互いの本音が言い合えるような関係に見えた。
 それは、今の従姉妹同士であるフローラとマリウスには当てはまらない関係だ。
 最近のあれやこれでそれなりに距離は縮まったと思うが、あそこまで自由に自分の素を出せるものなのか。

 フローラは悩んだ。
 そして、首を左右に振る。

「だめ……だめよ。自分ならマリウスくんの素を受け止められるとか、自分の素もマリウスくんなら受け止めてくれるだろうとか……相手は王女殿下の婚約者。私みたいな伯爵令嬢が入る込む余地なんて……」

 ない、とは言えない。
 サンタマリア伯爵家もそれなりに高名な家柄だ。

 それに王女殿下の婚約者と言えどもマリウスは貴族のトップの息子だ。正妻の他に側室が何人かいても不思議じゃない。
 その側室の一人にでもなれれば、自分だってマリウスを愛することができるし彼に愛される。

「だ、だめかな? それくらいなら、リリア王女殿下だって許してくれる、よね?」

 先ほど見た彼女はずいぶんと独占欲が強いように見えたが、仮にも王族の一員ならそれくらいは見逃してくれるだろうかとフローラは考えた。

 この貴族社会において、金も地位もある貴族が重婚するなんてことはよくある。
 むしろ優秀な遺伝子を残そうと王家が推奨してるくらいだ。

 ならばやはり自分もマリウスの第二夫人くらいにはなれるだろう。
 王族だって複数の妻を持つ。

 徐々にフローラの思考が前向きになってきた。
 マリウスへの想いがとどまるところを知らない。

「——ハッ!? で、でも……マリウスくんが私のことを好きじゃなかったらどうしよう? 前からマリウスくんは私のことを単なる姉としか見てなかったし、大人っぽくなった今だとただの従姉妹くらいにしか……」

 嫌なことを考え出すとどんどん思考はマイナス方向へ落ちていく。
 頭を抱えてフローラはショックを受けた。
 今にも泣いてしまいそうなほど辛い。

「どうしよう……どうしよう! もし告白を断られたらと思うと告白できない! 何か……何か、マリウスくんの興味を惹けるようなことは……」

 フローラは考えた。
 必死になって考えた。

 これまで色恋などにまったく興味のなかった自分が、今さらながらに初恋を自覚して好きな相手にアタックする方法……。
 それもできる限り相手に異性として意識してもらう方法を含めて考えた。
 結果。

「そうだわ……前に誰かが言ってた。殿方の寝室に忍び込み、殿方に自分の体を見せ付ければイチコロだと……」

 彼女の想いはあまりにも強すぎて、初恋からくるエネルギーを全て間違った方向に使いはじめる。

 幸いにも、フローラの体型は男性の理想を体現したものだ。
 出るところはでており、引っ込むところは引っ込んでいる。
 平凡かやや貧乳気味なリリアに慣れた今なら勝算はあるだろうと、無意識に自分の体を見てしまう。

 恥ずかしい気持ちもあったが、それ以上にマリウスの興味をひきつけたいという想いが、彼女をおかしな方向へと引っ張った。

「よ、よし! 早速、今晩にでもやってみせる!」

 えいえいおー!
 と気合を入れて、彼女は下着の準備から始めるのだった。










「——ッ!? ま、また悪寒が……」

「どうしました、マリウス様」

「いや、なんだか寒気がしてな」

「今日は暖かい方だと思いますけど……風邪ですか?」

「たぶん違うと思う。これは……嫌なことが起こる前兆かもしれないな」

「? 気をつけてくださいね。何かあったら相談してください。全力でサポートしますので」

「ありがとうリリア」

 再び身の危険を察知したマリウスだが、それを回避することは……できない。
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