38 / 46
第五章 保護者二人、愛し子を取り返すために奔走する
第四話 こんな問答をしている時間も惜しいんだ
しおりを挟む案内されて、一番奥の部屋の前までやって来た。
間違いなくこの奥に錦はいる。よく知る懐かしい匂いが特に濃い。
女天狗は軽く二回ノックする。
「錦、連れて来たよ」
「入れ」
女天狗の言葉の後に、かなり渋くて低い声が返ってきた。その声を、伊織とサスケはよく知っている。間違いなく錦の声だ。
女天狗はドアを開けると伊織とサスケを室内に通した。女天狗は部屋には入らず、宿屋の手伝いに戻った。
「久し振りだな。小僧、サスケ」
粋に着物を着崩した三十代半ばに見える男が、片膝を立て畳の上に座っていた。そして右手には煙管を持って、煙草を吹かしている。背中に生えている筈の翼は隠しているようだ。
錦ほどの法力を持っている術者は、自分の姿を自由自在に変化することが簡単に出来た。
サスケが人形でいるのも変化の一種である。本来なら、耳や尻尾を完全に消すことは出来るのだが、人間そのものの姿はいらぬ厄介事を招きかねないので、敢えて耳と尻尾は残していた。
「錦。私はもう大人なんだから、小僧は止めて欲しいんですが」
錦は煙を吐くと、伊織の言葉を鼻で笑った。
「大人なら、目上の者に対して挨拶一つぐらいしたらどうだ」
「悪いが、錦。俺たちにそんな時間はない。お前の息子に睦月さんが誘拐された。……ここに来た理由は分かってるだろう」
サスケは錦を見据えながら、低い声で告げた。
錦はサスケの視線を受け止めると、重い溜め息を吐いた。
「…………正確には、弟の方だかな」
((弟……?))
サスケと伊織は錦の言葉に引っ掛かったが、今はそんなことを追及している余裕はない。何としても、南の大陸に辿り着かなければ。それも一刻も早くにだ。こんな問答をしている時間でさえ惜しい。
「それは、今はどうでもいいことだ。錦。お前が所有している白翼船を貸せ」
サスケは睦月の前では決して見せない黒い笑みを浮かべながら、錦に言い放つ。それは頼むっていうよりも、恫喝に近かった。先代の族長を恫喝出来る程の力をサスケは持っていた。
実際、サスケの霊力は錦の法力を遥かに上回っている。それは見た目にも出ていた。
あやかしの見た目は年齢に左右されない。左右するのは、霊力と法力だ。伊織の場合は魔力だが。
サスケの実年齢は錦より遥かに上だ。 なのに、見た目は一回り以上違う。それだけで、サスケの霊力の高さが分かるだろう。その実力は、五聖獣様も認めている程だった。
今まで色々あったが、サスケが本気になることはなかった。
そのサスケが、貸さなければ、今ここで本気を出しても構わないぞ。そう匂わせているのだ。
もし、ほんの少しでも実力の一部を解放したら、あっという間に白翼亭は瓦礫と化するだろう。いや、瓦礫さえ残らない。
サスケにとって今一番大切な者は、昔の親友であり仲間であった者よりも、睦月なのだ。
でも出来ることなら、そうしたくはなかった。それは伊織も同じだった。
錦はサスケの顔をじっと見詰める。
再確認するまでもなく、サスケが腹を括ってここに来ていることは、長い付き合いから、錦は痛いほど理解していた。変わらんなと、錦は思う。
錦はサスケのことを前から危ない奴だと、内心思っていた。
大切な者のためなら何でも出来る。何でもだ。自分を犠牲にすることも、平気でやってのける。
錦自身はそこまで主に対して、思い入れをすることは出来なかった。羨ましいと思う反面、自分には到底出来ないと、錦はずっと思っていた。
「…………分かった」
錦は軽く溜め息を吐くと立ち上がる。
「船はもう用意している」
そう告げると、煙管の先を背後に向ける。
上空に一隻の帆船が停留しているのが、窓越しに見える。その帆船の帆は真っ白だった。
0
あなたにおすすめの小説
『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています
六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。
しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。
「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~
チャチャ
ファンタジー
味のない異世界に転生したのは、料理研究家の 私!?
魔法効果つきの“ごはん”で人を癒やし、王子を 虜に、ついには王宮キッチンまで!
心と身体を温める“スキル付き料理が、世界を 変えていく--
美味しい笑顔があふれる、異世界グルメファン タジー!
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる