戻るなんて選択肢はないので、絶対魔法使いの弟子になってみせます。

井藤 美樹

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第五章 保護者二人、愛し子を取り返すために奔走する

第四話 こんな問答をしている時間も惜しいんだ

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 案内されて、一番奥の部屋の前までやって来た。

 間違いなくこの奥に錦はいる。よく知る懐かしい匂いが特に濃い。

 女天狗は軽く二回ノックする。

「錦、連れて来たよ」

「入れ」

 女天狗の言葉の後に、かなり渋くて低い声が返ってきた。その声を、伊織とサスケはよく知っている。間違いなく錦の声だ。

 女天狗はドアを開けると伊織とサスケを室内に通した。女天狗は部屋には入らず、宿屋の手伝いに戻った。

「久し振りだな。小僧、サスケ」

 いきに着物を着崩した三十代半ばに見える男が、片膝を立て畳の上に座っていた。そして右手には煙管きせるを持って、煙草を吹かしている。背中に生えている筈の翼は隠しているようだ。

 錦ほどの法力を持っている術者は、自分の姿を自由自在に変化することが簡単に出来た。

 サスケが人形ひとがたでいるのも変化の一種である。本来なら、耳や尻尾を完全に消すことは出来るのだが、人間そのものの姿はいらぬ厄介事を招きかねないので、敢えて耳と尻尾は残していた。

「錦。私はもう大人なんだから、小僧は止めて欲しいんですが」

 錦は煙を吐くと、伊織の言葉を鼻で笑った。

「大人なら、目上の者に対して挨拶一つぐらいしたらどうだ」

「悪いが、錦。俺たちにそんな時間はない。お前の息子に睦月さんが誘拐された。……ここに来た理由は分かってるだろう」

 サスケは錦を見据えながら、低い声で告げた。

 錦はサスケの視線を受け止めると、重い溜め息を吐いた。

「…………正確には、弟の方だかな」

((弟……?))

 サスケと伊織は錦の言葉に引っ掛かったが、今はそんなことを追及している余裕はない。何としても、南の大陸に辿り着かなければ。それも一刻も早くにだ。こんな問答をしている時間でさえ惜しい。

「それは、今はどうでもいいことだ。錦。お前が所有している白翼船を貸せ」

 サスケは睦月の前では決して見せない黒い笑みを浮かべながら、錦に言い放つ。それは頼むっていうよりも、恫喝に近かった。先代の族長を恫喝出来る程の力をサスケは持っていた。

 実際、サスケの霊力は錦の法力を遥かに上回っている。それは見た目にも出ていた。

 あやかしの見た目は年齢に左右されない。左右するのは、霊力と法力だ。伊織の場合は魔力だが。

 サスケの実年齢は錦より遥かに上だ。 なのに、見た目は一回り以上違う。それだけで、サスケの霊力の高さが分かるだろう。その実力は、五聖獣様も認めている程だった。

 今まで色々あったが、サスケが本気になることはなかった。

 そのサスケが、貸さなければ、今ここで本気を出しても構わないぞ。そう匂わせているのだ。

 もし、ほんの少しでも実力の一部を解放したら、あっという間に白翼亭は瓦礫と化するだろう。いや、瓦礫さえ残らない。

 サスケにとって今一番大切な者は、昔の親友であり仲間であった者よりも、睦月なのだ。

 でも出来ることなら、そうしたくはなかった。それは伊織も同じだった。

 錦はサスケの顔をじっと見詰める。

 再確認するまでもなく、サスケが腹を括ってここに来ていることは、長い付き合いから、錦は痛いほど理解していた。変わらんなと、錦は思う。

 錦はサスケのことを前から危ない奴だと、内心思っていた。

 大切な者のためなら何でも出来る。何でもだ。自分を犠牲にすることも、平気でやってのける。

 錦自身はそこまで主に対して、思い入れをすることは出来なかった。羨ましいと思う反面、自分には到底出来ないと、錦はずっと思っていた。

「…………分かった」

 錦は軽く溜め息を吐くと立ち上がる。

「船はもう用意している」

 そう告げると、煙管の先を背後に向ける。

 上空に一隻の帆船が停留しているのが、窓越しに見える。その帆船の帆は真っ白だった。



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