婚約破棄ですか。別に構いませんよ

貴方の傍らで

デビュタントの裏側で

「……あいつ、マジで三回続けて踊りやがった」

　苦々しい表情でそう呟くのは、コンフォート皇国の皇帝陛下でありセリアの父親である俺だ。

「嬉々として、セリア皇女殿下も踊っていらっしゃいますよね」

　そう軽く訂正するのは、この皇国の宰相だ。確かにそうだが、敢えて口にされると腹が立つ。俺は軽く隣にいる宰相を睨み付けた。

　全く……通常なら一回踊ればいいところを、二人は三回も続けて踊りやがって。

　デビュタントでそれをする者はまずいない。通常のパーティーでも殆どいないだろうな。いたとしても、一年で一度あるかないかくらいの頻度だ。とはいえ、踊ってはいけない訳でもない。勿論、マナー違反でもない。嫌な顔はされるが。

　同じ相手と三回続けて踊る。

　それは、この人と婚姻する、と皆の前で宣言していることと同じなのだ。

　政略結婚が主な貴族社会にとって、そこまで宣言するのは、余程愛し合っている者同士か、何も考えてない馬鹿だけだ。もし出来なければ、恥以外ないからな。それに、相手に何かあって仕方なく解消することになったとしても、新たな婚約を交わすのは難しいだろう。

　つまり、どちらかに何かあっても、自分は永遠に別の人間のモノにはならない。そう宣言しているのだ。まぁ、大概の奴はそこまで考えていないだろうが。

　でも、セリアとシオンは違う。

　二人はそこまで考えて、覚悟してやったのだ。

　周りに自分たちを再認識させ、俺に対しプレッシャーを与える。

　そのプレッシャーって、例の第四王子が原因だろうな。セリアに対して、余裕ぶって理解がある風に見せていたらしいが、内心はかなり腸が煮えくりかえっていたようだ。

「ここまで、コンフォ伯爵がセリア皇女殿下にのめり込むとは思いませんでしたね。意外でしたよ」

　しみじみと宰相が呟く。

「確かにな……」

　俺も宰相に同感だ。まさか、二十六歳差の小娘相手に、あのシオンが、ここまで独占力と執着心を顕にするとは正直思わなかった。落ちるとは思っていたが。今にして考えれば、竜族の血のせいだと思うが、それでもな……親としては正直複雑だ。

　まぁここまで愛されてるんだ、相当重いけどな。セリア本人も受け入れてるようだし、それがアイツらにとって幸せなんだろな。分かってはいるが、やっぱり複雑だ。

「……で、あの二人に何て仰るつもりですか？」

「言わなきゃいけないか……」

　宰相が何を言ってるか分かってるだけに、心底ウンザリする。まぁ、顔には出さないが。

　俺と宰相の会話が聞こえていない貴族たちは、娘の踊りにニコニコと微笑んでいる親バカとしか映らないだろう。それは、宰相も同じだ。まぁこいつは親じゃないが。

「後で知ったら、かなり責められますよ」

「だよな……ほんと、面倒くさい。心底、潰したい」

「その後どうするんです？　これ以上の人員はさけませんよ。無駄な国力増加は自国を弱めます」

　出来ないって言わないところが、こいつらしい。

「…………あぁ、マジ潰したい」

「なら、関税を上げましょうか？　それぐらいの嫌がらせなら大丈夫ですよ」

「なら、シワジワくる程度な」

「そうですね。それぐらいから始めましょう」

　デビュタントの裏側で、そんな物騒な会話が交わされていたことを知るのは、ほんの僅かだった。