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第四冊 手帳

神様でも無理だから

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 暦では秋になったのに、まだまだ暑い今日この頃。

 最近は特に変わったことなく、平和な毎日です。そうそうあんな騒ぎがあってたまるかって。平和が一番です。つくづくそう思います。

 あんな騒ぎを起こした張本人慶介とは、あの事件以後会っていない。まぁ会えないよね。普通の神経なら。

 そう思ってたら、知らないうちに慶介はこの町を出て行ってた。

 宮司長さんが知り合いの神社に預けたって後になって聞いた。宮司長さんも苦渋の選択をしたと思うよ。だけどね、一言あってもいいんじゃないかなって思うのは、私だけかな。

 でも仕方ないか。これ以上、付藻神様たちを怒らせたら駄目だからね。もう落ちるとこまで堕ちてるもん。信用が。後はめり込むだけでしょ。

 そんな状態なのに、宮司長さんの苦労を知らずに当の本人は能天気だし、重ねて失言しそうだよね。いや、間違いなくするね。断言出来る。

 まぁそんな慶介でも、向こうで宮司は続けていくみたい。それはそれで良かったと思う。ほんとだよ。慶介、宮司の仕事が好きだったからね。

 もしこれから先、どこかで再会したとしても、以前みたいに気楽に話すことは出来ないかもしれない。だけど、これから先の慶介の人生が幸あることは祈ってる。嘗ての友達としてね。

 そして日を空かずに、今度は高藤さんが旅立った。

【魔物】騒ぎから一か月後の深夜に。四十九日が終わったからね。これ以上留まると罪に問われるから仕方がない。

 紺と高藤さんにとって、三度目の別れーー。

 今度こそ、もう二度と会えないかもしれないのに、紺も高藤さんも笑ってた。

 別れる瞬間まで。

 何か吹っ切れたような、本当に良い顔だった。目元は潤んでだけどね。

 反対に私たち外野は酷い顔で涙ぐんでた。

 あれほど高藤さんを、けちょんけちょんに言ってた蒼と陸も目を真っ赤にしてたし、矢那さんに至っては大泣きだった。勿論、私もちょっと泣いちゃった。

 何だかんだと言っても、皆高藤さんのことを気に入ってたんだよね。だって、自分たちを受け入れてくれた、普通に接してくれた、数少ない人間だったんだから。

 ほんと、別れって悲しいよね。どんな別れでも。

 でもね、紺と高藤さんは良い別れ方をしたと思うんだ。

 だって二人とも、前を向いて別れたからね。

 だから、一歩を踏み出した時、自然と前に足を踏み出すことが出来るんだよ。後ろ向きだと違うからね。わだかまりや後悔とか色々あると思うけど、後ろ向きの場合は前に踏み出しても、それはマイナスだから。向きを変えるのって大変なんだよ。

 そういう私も、今だに変えれないでいる。

 神楽さんから神楽書店を任されて一生懸命働いてるけど、今だに引きずってるからね。あんな別れ方以外なかったのかって……。今でも考える。

 最初に裏切ったのは私。

 それでも、父は私を愛してくれた。実の親は愛してくれなかったのに。

 拒否られるのは仕方ない。それだけのことをしたから。それでも、拒否られても、無理矢理でも父の前に立ったのなら、謝ったのなら、少しは前向きになれたのかな……。

 ほんと、自分勝手な願望だよね。最低だよ。

 後悔だけが残る。

 一生、この思いを抱えて行くんだろうな。

 だからこそ願った。

 紺と高藤さんが良い別れが出来るようにと。そんな願い、願うまでもなかったってことに、後から気付いたけどね。

 正直、安堵したけど羨ましいよ。

 素直に喜べない。そんな風に思ってしまう自分が嫌になる。

 笑みを浮かべながら、ふと……考える。

 もし、過去に戻れるなら、私はあの日に戻りたいと。

 父と最後に会ったあの瞬間にーー。

 強く拒絶され、固く閉ざされたドアを窓を壊してでも、私は父の前に立つだろう。そして謝る。そのためだけに。でもそれって、結局父のためじゃなく自分のためなんだよね。分かってるよ。

(ほんと……自分が嫌になる)

 笑みが僅かに苦笑したものになる。それでも、戻りたいと切に願う。

(戻れるわけないのにね……)

 こんな不思議だらけの本屋で働けてるのに、手立ても方法もないんだから。それに、神様でも無理だって知ってる。

 死んだ人間を生き返らせることも、過去に戻ることもね。


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