俺は妹が見ていた世界を見ることはできない

井藤 美樹

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9 唐揚げと生ビールは王道です

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 手を繋いだまま部屋に戻り、未歩ちゃんを寝かし付けた私は、そっと音をたてないように部屋を出た。

 そのまま自分の部屋に戻ろうとしたら、「桜井さん」と、私を呼び止める声がした。振り返ると、山中さんが立っていた。

「山中さん、探してたんですよ」

 ちょうどよかった。お祖父ちゃんのこと伝えておかないと。車を出してもらわなきゃいけないし。国谷先生に伝えておいて欲しいし。

「桜井さん、今度は僕に付き合ってくれませんか? 久し振りにお酒でもどうです? 奢りますよ」

 その言葉にピンときた。

 そうだと思ったわよ。未歩ちゃんが言ってたからじゃないけど、少しは、ほんの少しは期待した自分が馬鹿だったわ。

「女子の会話を隠れて聞いているなんて、趣味悪いですよ。それが仕事でも」

 ちょっと、八つ当たり気味に文句を言う。勝手に誤解しかけた私が悪いんだけど。

「聞くつもりはなかったんだ。悪かった、謝るよ」

 素直に謝られると、こっちが困るわ。少し大人気なかったし。

「なら、奢ってください。生一杯で許します」

 我ながら、可愛げのない返事よね。

「一杯だけでいいの?」

「後は自分で払いますよ。ちょっと待っててください。財布取って来ますから」

「その必要ないよ」

 山中さんはニコッと微笑む。

 イケメンの笑みは攻撃力高っ。私でもドキッとしたわ。だからといって、「はい」って頷けない。

 再度、断ろうとする私の腕を掴み、無言のまま山中さんはエレベーターへと向かう。沈黙が辛い。掴まれた腕が熱い。

「……強引に誘って、ごめん。どうしても、お礼が言いたかったんだ」

 エレベーターに乗り込むと、山中さんは掴んでいた手を離し、誘った理由を話してくれた。

「未歩ちゃんのことですか?」

「ああ。今まで、何度も夜、部屋を抜け出しては、浜辺に行っていたから、心配していたんだ」

 その気持ちはよくわかる。彼が言う心配は、未歩ちゃんがヤケを起こさないかってことね。

「自殺するかもしれないと?」

「……桜井さんは、はっきりと口にするね」

「オブラートに包んでも同じでしょ」

「確かに、そうだけど……」

 山中さんは苦笑する。

 食堂に来た私と山中さんは、カウンターでビールを受け取ると窓辺の席に座った。つまみは適当に作ってくれるらしい。何を食べたいって訊かれたから、「唐揚げ」って答えたわ。ビールに唐揚げ。正道でしょ。

 二口くらい飲んでから、私は山中さんに尋ねた。

「夜間だけ、鍵を閉めるといった対処はしないんですか?」

 自殺される可能性があるなら、その可能性を低くすればいい。だとしたら、夜間の外出禁止は一つの有効な手段よね。

「そういうのはしたくないんだ。できれば、閉じ込めたくはない。それでなくても、ここに閉じ込められるのに」

 そう答える山中さんの声は暗い。

 閉じ込められてるね……

 確かに、山中さん側から見たらそういう風に見えなくもないわね。実際、隔離されているわけだし。患者さんの中でも、そう考えている人はいると思うわ。でも、私はそう思わない。

「……確かに隔離されてはいます。でもその反面、ここはシェルターの役割を果たしていると思いますよ」

 だって、ここでは、若返るのは普通なのだから。奇異な目で見られることはないでしょ。ん? 何かおかしなこと言ったかな? そんなに驚かなくてもいいのに。

「シェルター!? 本当に、そう思ってるのか? お前、変わってるな」

 一瞬、山中さんが答えたのかと思ったわ。すぐに違うってわかったけど。声が甲高かったし、言葉遣い悪いし、後ろから聞こえたし。

日向ひゅうが!!」

 珍しく、山中さんが鋭い声をだす。

 振り返ると、小学生の高学年ぐらいの男の子が立っていた。一見、悪ガキタイプに見えるけど、人をくったかのような表情をしていて大人びている。かなりアンバランスな感じがした。なので、瞬時に理解する。

「変わってますか?」

 私が訊き返すと、日向と呼ばれた少年はニヤリと笑った。

「そう言われないか?」

 質問の応酬に、ややウンザリしながら私は正直に答える。

「言われてますね。現に、ここに来て、何度も言われてますから……でも、正直、ここはシェルターだと思いますよ」

「どうしてだ?」

「ここでなら、素の自分を、全て晒け出すことができますよね」

 この島では、無理に子供の振りをする必要はない。話し方も偽る必要もない。目の前の少年のようにね。

「だから、おとなしくモルモットになれっていうのか?」

 新参者の私より、この島にいる日向さんは、おそらく色々な検査をされてきたのだろう。自分をモルモットだと思うほどに。だとしても、同情はしない。私なら、絶対に嫌だから。だから、怯まない。

「日向さん、等価交換って言葉知ってます? モルモット、おおいに結構じゃないですか。生活に困ることもなく、自分を偽ることもなく生活できるんですよ。例え、この島が大きな鳥籠でも、そこでしか生きられないのなら、ここで生きていくしかないでしょ。それが嫌なら、出て行くしかないのでは」

「桜井さん!!」

 山中さんが厳しい表情をして私を止める。やばい、ちょっと言い過ぎた。

「お前、仙人か!! 何、悟ってるんだよ!!」

 今度は、日向さんが顔を歪め怒鳴ってくる。

「日向!!」

 山中さんが怒鳴る。

「仙人? 違うわよ。悟ってなんかないわ。しいていうなら、諦めてるのかな。だって、日向さん、数年内で、この病気が治るとは思ってないでしょ。そんな奇跡、起きるなんて思ってもいないわ。そこまで目出度くないしね。限られた時間しかないのなら、嘆く時間は勿体ないでしょ。だったら、その時間、自分が楽しむために使うわ。例えば、美味しいツマミに生ビール。最高の組み合わせよね」

 にっこりと笑いながら、箸で熱々の唐揚げを摘むと、日向さんの口元に持っていく。

 呆気に取られている日向さんは、まるで本当に子供のようだった。うん、可愛い。

「えっ!?」

 てっきり、払いのけられると思ってたけど違ったわ。モグモグと唐揚げを頬張りながら、私の隣にドカッと座る。

「文句あるか?」

 睨み付ける顔も可愛い。この病院、美形率高くない?

「……別にないけど」

 断る理由ないし。それに、座ってしまったのに「退け」なんて言えないわ。

「陽平は不服そうだな」
 
 悪人顔した少年が、意地の悪い笑顔で笑う。

 山中さんは苦虫を噛み砕いたかのような、険しい表情のまま、ビールを一気飲みする。それを見て、更に日向さんは笑った。

「あっ、それ、私のビール!!」

 口を付けたビールを日向さんに取られた。

「別にいいだろ?」

「駄目です!! ビジュアル的に駄目です」

「拘るのはそこか?」

 呆れながら笑うと、日向さんは私のビールを飲もうとした。だが寸前で止められた。

「ビジュアル関係なく駄目だろ」

 体は子供。未成年。未成年のお酒は法律で禁止されています。誰でも知ってるよね。

「え~~」

 新しいツマミを持って来てくれた食堂の人に、ビールを取られた日向さんは文句をたれむくれる。だが、納得したのか、渡されたノンアルコールビールを渋々飲む。

 体的には大丈夫。でも、やっぱりビジュアルが……うん。ここは気にしないでおこう。別に、法には触れてないからね。

 ちょっと、空気は気まずいままだけど、ツマミ、すっごく美味しい。同じ唐揚げでも、こっちは柚子胡椒風味。ビールに唐揚げ、最高よね。でも、ここって病院だよね。今更だけど。明日、検査がないからいいか。一人で飲むのもいいけど、皆でワイワイ言いながら飲むのもいいわね。


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