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19 初めて向きあった現実と膝枕
しおりを挟む「どうかしましたか? キョロキョロして」
山中さんが背後から声を掛けてきた。
未歩ちゃんはデザートを取りにカウンターにいる。
「いえ……日向さんの姿が見えないので」
私の斜め前の席に腰を下ろした山中さんに、視線を向ける。
国谷先生にもお土産のコーヒー豆を渡し、野菜とお酒は厨房で働く方に渡した。持って来た荷物も荷解きもして、少し遅いランチのために食堂に来たのに、日向さんの姿はどこにもなかった。
いつも、私たちが食事をしてると、フラッと姿を現していたのに……
「……日向ですか……彼は今、三階で治療中です」
三階で治療? 確か……三階って、立入禁止の区域だよね。
「まさか!? 急変したんですか!?」
反射的に立ち上がり、私は山中さんに尋ねる。
「いや、熱が出ただけだから、そこまで心配しなくて大丈夫ですよ。僕も駆り出されていませんし」
確かに、山中さんはここにいるけど……
「でも、三階って!?」
私が詰め寄ると、山中さんは困り顔で私から視線を逸らす。
これ、絶対、何か隠してる。
「言った方がいいんじゃない、陽ちゃん。陽ちゃん、嘘吐くの下手だし。いずれ知ることだよ。桜ちゃんだって、そのうち体験することになるんだから」
食堂の手作りプリンを両手に持って戻って来た未歩ちゃんが、会話に入ってきた。山中さんの席に座ると、私にプリンを一個くれた。
「……どういうこと?」
「座りなよ、桜ちゃん。あのね、日向君が熱を出しているのは、病状が進んだせいなの」
プリンを食べながら、未歩ちゃんは教えてくれた。
「病状が進んだって……?」
「この病気の特徴の一つでねーー」
「ある日突然、前触れもなく高熱がでて昏睡状態になるんです。人によって日にちは様々ですが、平均は三日ですね」
未歩ちゃんの台詞を引き継ぎ、山中さんが教えてくれる。
病気が進行する。
それって、つまりーー
「…………目を覚ました時、どうなってるの?」
訊くまでもなく、容易に想像できた答え。
なのに、私の口から出たのは、明確な答えを求めるものだった。正直、聞きたくはないのに、訊かずにはいられなかった。
「進行した姿。つまり、若返っています。明らかに、見た目でわかるほどに。おおよそ、一年に一回。一気に三、四歳若返り、残りの日数は、徐々に若返っていきます」
知らなかった……
五歳、若返ることは知っていた。てっきり、ゆっくりと一年掛けて若返ると、私は勝手にそう思い込んでいたの。だとしたら、次に会う日向さんは……
「大丈夫? 桜ちゃん」
ショックを受け、固まる私を未歩ちゃんは心配する。
この時、私は本当の意味で、自分の病気に向かいあった。
「……大丈夫」
そう返すのがやっとだった。だからか、声はとても小さく弱々しかった。
「食事の前でよかった……少し、休みますか?」
いつの間にか隣に移動した山中さんが、私の背中に手を添え気遣う。
「……はい。ちょっと、外の空気が吸いたいです」
重たい貧血状態に近い感じが、私を襲う。考えていた以上にショックだったみたい。
「なら、テラスに出ましょうか?」
「はい……」
ゆっくりと、私を立たせる山中さん。
ドアを開け、食堂からテラス席へと移動する。一番近くにあったテラス席に座る。ベンチみたいに長い木の椅子だ。
山中さんは私を椅子に座らせると、頭二つ分離れて山中さんも座る。そして私の肩を掴み、自分の方に引き寄せた。
自然と、山中さんに膝枕してもらった形になった。
恥ずかしくて慌てるはずの場面なのに、アクションができない。
山中さんの手が私の目を優しく覆う。
「目を瞑って。そして、ゆっくり息をしてください。僕はここにいますから」
山中さんの声が私を落ち着かせる。まるで、催眠術に掛かったかのように素直に目を閉じた。生温かい風が私の頬を撫でていく。
「…………あれ? 寝ちゃいましたか。ほんと、桜井さんって、変わってますね。素直に喜んでいいのか、悩みますね。でも今は、ゆっくりと休んでください……僕はいつも、貴女の側にいますから」
私は山中さんが何を呟いたのか知らなかった。
ただ……とても心地よかった。
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