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22 もう過去なんだよ
しおりを挟む私はお水を一口飲んでから話を続けた。
「……普段から、栄養が足りなかったせいだと思うけど、あの日、私、家の階段から足を踏み外してね、落ちたの。幸いにも、頭は打たなかったけど、代わりに腕を強打してね、みるみるうちに赤く腫れだし、熱をもちだして、色も赤から紫色に変色したわ」
「えっ!? ……それって、折れたんじゃあ……」
未歩ちゃんは辛そうな表情で呟く。私は未歩ちゃんの頭を撫でた。
「まぁ、普通、そう考えるよね。次第に熱も出てきて、さすがに、これはヤバいかもって思ったわ。だからね、元母親に病院に連れて行ってくれるようにお願いしたの。でもね……」
「連れて行ってはくれなかった……」
低い声で、山中さんは吐き捨てる。私は小さく頷く。
「その通り。その日、元妹が風邪気味で微熱がでてたの。当然、元母親は元妹を連れて病院へ。私には『打撲したぐらいで大袈裟ね。冷やしときなさい』って、迷惑そうな声で返事が返ってきたわ。だから、私は熱で朦朧としながら、祖父母に連絡したの。前から、何かあったら連絡するように言われてたから」
「それで?」
山中さんに促される。
「私が覚えてるのは、電話を掛けたところまで。気が付いたら、祖父母と兄がいたわ。塾から帰って来た兄さんが救急車を呼んでくれたの。それから、一か月の入院。複雑骨折してたからね。入院中、元親は一度も見舞いに来なかったわね。勿論、元妹も。兄さんだけが、元親の目をかいくぐって見舞いに来てくれたわね。ほんと、懐かしい」
「懐かしくないでしょ!!」
未歩ちゃんが涙をポロポロと流しながら怒っている。
「懐かしいんだよ、未歩ちゃん。だって、そう思えるほど、それ以後の生活は幸せだったからね。祖父母の元で。私の中では、元親たちと暮らしていた生活は、もう過去なんだよ」
そう告げると、未歩ちゃんは驚いた顔をした。
「「過去……?」」
未歩ちゃんと山中さんって仲いいね。
「そう、過去。……国谷先生は痛みに慣れているって言ってたけど、少し違うかな。慣れたっていうよりは、諦めたって言った方が近いかも。それが、私なりの自己防衛だったんだと思う。結果、元親たちに対して無関心になったわね。戸籍からも抜けて、完全に切り捨てたし。まぁ、兄さんに関しては少し微妙だけどね。年に数回会うし、ラインもするしね」
満面な笑みはできないけど、私は微笑む。
「桜ちゃん……」
「桜井さん……」
未歩ちゃんは泣き止まない。山中さんも泣きはしないけど、辛そうな表情で私を見詰めている。そこに、同情はなかった。可哀想な子と憐れみの目で見ることもなかった。
ここまで話しても、この反応って……初めてだわ。
不意に思い出す。国谷先生の最後の言葉を。
――どんな私でも嫌いにならないし、見捨てはしない。
それは、自己防衛しなくてもいいってことよね……コミュ力がない私でもわかる。わかるけど、私にできるのかな? それが癖となって、今は自然と行っている私に。
ただ……こんな私でも希望はあるの。
自己防衛をする機会が次第に減っていって、いつか、しないでいい時がくるかもしれない。そうなったら、幸せだよね。
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