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21 特に隠してることじゃないからね

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「……桜ちゃん」

 国谷先生の診察を終え、廊下を歩いてると、未歩ちゃんが柱にもたれて待っていた。

「未歩ちゃん……」

「ごめんなさい。国ちゃんに変なことを話しちゃって……謝るから、嫌わないで」

 泣きそうな声で、未歩ちゃんは謝ってきた。

「何言ってるの。嫌うわけないでしょ。私を心配して、想ってくれてのことだよね。だったら、何で嫌うのよ」

 未歩ちゃんはまだ子供。問題があれば、大人に相談するのは当たり前。担当医が同じなんだから、国谷先生に相談するのは当然のこと。始めから怒ってないわ。

「本当に? 怒ってない?」

 上目遣いで訊いてくる。

「怒ってないわよ。ただ……ちょっと、ショックというか、自分の生き方を否定されたような……私の方がおかしいってわかってはいるんだけどね。何か……わからなくなってきたわ」

 これは、素直な気持ち。大人げないよね。八歳も年上の大人が子供にたいして、自分の気持ちを吐露するなんて。私って、駄目な大人よね。

「……理由訊いていい?」

 そう訊いてくる未歩ちゃんの方が、よほど私より大人よね。

「別にいいわよ。特に隠してることじゃないし。まぁ、長くなるから場所変えない? 何だったら、山中さんもどうですか?」

 私は後ろを振り返り誘った。一人が二人に増えても構わない。それが山中さんならね。




 場所を移動することにした私たちは、食堂に移動した。

 お菓子とケーキ、それに飲み物を用意して、私たちは席に着く。テラス席がよく見える窓際の席に。

「私がお祖父ちゃんの養子になってること、未歩ちゃんも山中さんも知ってるでしょ」

 そう尋ねると、未歩ちゃんも山中さんも小さく頷く。

「原因は、私が家族を捨てたからよ。まぁ、家を出たのは十歳の時だけどね。二十歳になったら、自分で戸籍を抜いたわ」

「……虐められたの?」

 未歩ちゃんがオズオズしながら訊いてきた。私は軽く首を横に振る。

「虐待されたわけじゃないわよ。そうね、しいて言うなら、ネグレクトに近いわね」

「ネグレクト……」

 山中さんが小さく口の中で呟く。

「私には元兄が一人と元妹が一人の三人兄妹でね、私が真ん中。元兄はとても優秀で、今は大学病院で医者をしているらしいわ。元妹は綺麗でね、小さい頃からよく熱を出してた。病弱だったのね。真ん中の私は、頭も普通で健康だった」

 そこまで話してから、紅茶を一口飲む。

「元兄は両親から期待され、元妹は溺愛され甘やかされる。自然と、元兄と元妹中心の生活になっていったわ。面白いようにね。そして同時に、私の存在は忘れていった」

「えっ!? 忘れたって!? 親子だよね?」

 その疑問はもっともだわ。

「ええ、親子よ。生物的な面からみればね。でも、忘れたの。戸籍を抜いた今でも、元親たちは一切自分たちの非は認めてないけどね」

 元親と元妹は、押し切れば、まだどうとでもなると今でも思っている。私が拗ねてると思っているからね。でなければ、アパートに元妹が突撃するはずないもの。そして、それが叶わないと知ると、お祖父ちゃんに抗議の電話をかけてはこないわ。

 さっきから黙ったままの山中さんは、眉間に皺を寄せ、怖い表情で手元のコーヒーを睨み付けていた。

「始めは些細なことからだったわ。名前を呼ばれなくなって、学校からの返信プリントも記入されなくなった。かろうじて、給食費は出してくれたけどね。……次第に、ご飯が用意されてなくて、洗濯もされなくなった。体調を崩しても放置。だけど、元妹がしんどいって言ったら、夜間病院に駆け込んでたわね。優秀な元兄にも、気を配ってたわ。元妹ほどじゃなかったけど」

「…………信じられない」

 淡々と語る私に、未歩ちゃんは山中さんと同じで怒りを滲ませる。

「幸いにも、祖父と祖母がいち早く気が付いてくれて、何度か注意してはくれてたんだけど、元親たちは全く聞く気はなかったわね。反対に、我儘だと私を詰り叩くだけ。見兼ねた祖父母が私を保護してくれても、二人の留守中に無理矢理、引き摺って連れ帰るし。そんなことを繰り返してるうちに、次第に、祖父母が悪者になっていってね……私は祖父母を避けるようになったわ。唯一、私の名前を呼んでくれる二人を守りたかったからね」

 少し喉が乾いたから、私は冷めた紅茶を一気に飲み干す。カップをソーサに戻してから、私は告白をつづけた。

「でもね、十五年前、私と元親たちとの中を決定付けることが起きたの。そして、私は地獄から抜け出せることが出来たの」 

 そう……あれがなければ、私は今も利用されるだけの人生をおくってたわね。


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