空っぽの私は嘘恋で満たされる

井藤 美樹

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嬉しくても涙が出るんだね

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 空気重っ。

 会話一切なしだよ。

 亮君と立花ちゃん、後ろを振り返ることもなく黙々と歩いている。基本、蓮君は口数少いし、亮君と立花ちゃんは人見知りする方だから、こっちも慣れるまでは口数少ない。そもそも、始めから会話する雰囲気じゃないわ。

 それにしても、どうしてホームセンターに? 買う物があったとしても、今なの? 連絡がつかない私を心配して、蓮君が唯一の接点である亮君たちに訊こうと、二人を呼び出したのはわかるけど……空気が読めない亮君と立花ちゃんじゃないから、何か意図があってだと思うけど……なんか、モヤモヤするよ。

 そんなことを考えつつ、バスに乗って十分。この地域では結構大きいホームセンターに到着した。

「はぁ~さっさと買って来いよ」

 入口で、蓮君が超不機嫌モードで吐き捨てるように言った。正直、かなりの迫力だったよ。平日の親子連れのお客さんが避けてたからね。

「北林さんも来るんですよ」

 そんな魔王化している蓮君に恐れることなく、亮君は言った。

「なんでだ?」

 うわっ、地を這う声。

 まぁ、理由が知りたいよね。私のことを訊きたいのにお預けされて、ホームセンターに付き合わされてるのだから。

「一緒に買いたいんですよ」

「何を?」

「かすみ草の種です。姉さんが好きな花なんですよ。知ってました?」

 亮君と立花ちゃんは、蓮君の前でいつも私のことを姉だと言ってくれる。それが、蓮君の神経を逆撫でしてるってわかっていながらね。まぁ、そう言われた私も嬉しかったけど。

 だから、ホームセンターに来た理由を知った時、涙が出そうなほど嬉しかった。なんか、胸の奥が熱くなったよ。また、泣きそうになる。っていうか、涙が出てきたよ。

 あの花壇でかすみ草の花が咲く度に、亮君も立花ちゃんも、立木さんも、私を思い出してくれる。それが、とても嬉しいの。皆の中で、私は年を取らずに生き続けることができるからね。勉強苦手だったから、嬉しいという単語しか思いつかないけど、感情が止めどなく溢れ出てくるくらい感激したよ。

 ぼろぼろと涙を流している私の背中を、ラキさんの大きな手がポンポンと叩く。

『これは、貴女自身が築き上げた絆ですよ。よかったですね』

 素直に褒めてくれた。それがまた嬉しくて、さらに涙が止まらなくなる。それでもちゃんと、お礼は言ったよ。

『…………ありがとう、ラキさん』

 そんな和やかな会話をしている私たちの前で、全く正反対の様相をした会話がされていた。

「……知らなかった」

 かなり面白くない様子で、蓮君は答える。

「俺たちも知ったのは、偶然ですけどね。姉さんはあまり自分のことを話したがらないから。でも、好きな花だけは教えてくれたんです。その理由が、姉さんらしくて笑ったけど」

 寂しそうに、そう言う亮君。立花ちゃんも寂しそうだ。

 別に話したがらなかったわけじゃないの。話すことがなかったんだよ。

 好きな物とか嫌いな物、特に考えもしなかった。苦手な食べ物でも、食べなきゃいけなかったし、好きな食べ物も食べれないことが多かった。言ったところで改善されないし、買ってきてももらえないから口にするのを止めたら、それが当たり前になっただけ。だから、別に亮君たちに不満があったり、信頼していなかったわけじゃないの!!

「たぶん……そういうことが普通に言える環境じゃなかったんだよ」

 立花ちゃんが沈んだ声で言った。蓮君は眉間にしわを寄せて聞いている。蓮君も薄々気付いていたからね、私の家庭環境が普通じゃないって。

「だから、一緒に撒きませんか? 姉さんのために」

 亮君は蓮君を誘うと、返事を待たずに五袋持ってレジに向かった。立花ちゃんも一緒に。

『蓮君……』

 心配になった私は、近寄って下から顔を覗き込むと、蓮君は唇が切れそうなほど強く噛み締めていた。思わず、私は蓮君の口元に手を添えようとする。

 すると、「クソッ」と小さな声で吐き捨てる声が聞こえた。思わず、手と足が止まる。私を残して、皆はレジへと歩いて行った。

「金は俺が払う」

 そう言って、蓮君は亮君より早くお金をトレイに置いた。

 
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