8 / 23
第6話 記憶の扉の塔
しおりを挟む塔の内部はひときわ冷たく、外部とは異なる時間の流れを持つかのように静寂に包まれていた。螺旋状の階段が無限に続くこの空間には、壁面から淡い青白い光が漏れ出し、記憶の断片が絶え間なく映し出されている。
「ここが……記憶の扉へ続く道なのか?」レイが剣を握り直しながら呟いた。
イリスが壁面に手を触れ、映し出される記憶の断片をじっと見つめた。「ただの道じゃないわ。この塔そのものが、私たちの記憶を試すための場なのよ。」
カイエルが短剣を構えたまま、険しい表情で周囲を見回した。「そうだとしても、ここで立ち止まるわけにはいかない。進むたびに、塔が何を見せようと覚悟を決めるしかないな。」
三人はそれぞれの思いを胸に、階段を一歩一歩登り始めた。
最初に訪れた記憶は、レイの過去だった。壁面に映し出されるのは、裂け目の村での穏やかな日々――幼いレイが家族と共に過ごした幸福な時間だった。母の微笑み、父の力強い声、そして幼い妹の笑顔。全てが、彼の心の奥深くに封じ込められた大切な記憶だった。
「こんなものを……見せるな……」レイの声は震えていた。
しかし、その記憶は次第に変化し始める。平穏だった村が突如として裂け目の崩壊に呑まれ、家族が深淵へと消え去る光景が浮かび上がった。レイの幼い声が必死に家族を呼び続けるが、その声は虚空に吸い込まれていくだけだった。
「やめろ!」レイが叫び、剣を振りかざして壁を叩いた。しかし、映像は消えない。むしろ、その記憶はさらに鮮明になり、彼を追い詰めていく。
「レイ!」イリスが彼の肩に手を置き、強く声をかけた。「これは塔が見せている記憶よ。過去に縛られたら負けるわ。」
「俺が縛られてるだと?」レイはイリスを睨み返したが、その瞳の奥には葛藤が見えていた。「俺は家族を守れなかった。それが事実だ。これが俺の運命だと言うのか?」
「運命じゃないわ。」イリスは毅然とした声で続けた。「でも、それをどう乗り越えるかは、あなた次第よ。」
レイはしばらく視線を彷徨わせたが、やがて剣を握り直し、前を向いた。「……行こう。俺が答えを見つけるのは、この先だ。」
次に映し出されたのは、イリス自身の記憶だった。そこには彼女の故郷――静謐な森に囲まれた美しい村の風景が広がっていた。村の中心には「暁の苑」と呼ばれる花畑があり、その中に放出型の扉が立っていた。
イリスはその扉を前に幼い頃の自分と向き合っていた。彼女はまだ無邪気だったが、村人たちは彼女に「選ばれた者」としての期待を寄せていた。その重圧に耐えきれず、彼女は村を飛び出したのだ。
「私は……逃げた。」イリスが壁に映る自分の姿を見つめながら言った。「村が裂け目に呑まれる前に。守るべきだったのに、私は――」
その時、映像が急に変わり、裂け目に呑まれた村が現れた。村人たちの叫び声、崩壊する大地、そして扉が力を失い、消えていく様子が映し出された。
「違う……!」イリスが小さく叫び、映像から目を逸らした。
「逃げたからこそ生き延びたんだろう?」カイエルが冷たい声で言った。「それが正しかったのかどうかなんて、今さら考えることじゃない。」
「でも……私は……」イリスは視線を落とし、拳を握りしめた。
レイがその横に立ち、静かに言った。「俺だって似たようなもんだ。過去に何があったって、今さら変えられない。それでも前に進むしかないんだ。」
イリスは彼の言葉を聞き、少しだけ力を取り戻したように頷いた。「そうね……。ありがとう、レイ。」
三人がさらに進むと、今度はカイエルの記憶が映し出された。それはかつて彼が護り手として仕えていた「静止の街」の風景だった。街は冷たく美しかったが、その中で彼の仲間たちは一人、また一人と犠牲になっていった。
「ここは……」カイエルが低く呟いた。
壁に映る映像には、カイエルが護り手としての使命を果たすために多くの犠牲を強いられた場面が次々と浮かび上がった。仲間たちの顔、彼らが残した言葉、そして彼自身が下した非情な決断の数々。それらが彼の心を抉るように迫った。
「これが俺の背負うものか。」カイエルは冷ややかに呟きながらも、瞳の奥には隠しきれない痛みが滲んでいた。
「あなたの選択もまた、正解だったとは限らない。」イリスが慎重に言葉を選びながら声をかけた。「でも、それを否定することが未来を切り開くわけでもないわ。」
カイエルは短剣を握りしめ、壁に向き直った。「俺は答えなんて求めてない。ただ、この塔を突破して次に進む。それだけだ。」
やがて三人は螺旋階段の最上部にたどり着いた。そこには、荘厳な扉が待ち受けていた。その扉は巨大で、複雑な紋様が輝き、三人を迎え入れるように脈動している。
「これが……記憶の扉?」レイが息を飲む。
イリスが扉に近づき、断片を取り出した。「私たちの記憶が、ここで試されるわ。でも、突破すればきっと次の答えが見つかるはず。」
「さっさと終わらせよう。」カイエルが短剣を収めた。「これ以上、過去に付き合うのはごめんだ。」
三人がそれぞれ断片を扉にかざした瞬間、扉が眩い光を放ち始めた。次の瞬間、全員の視界が真っ白になり、記憶と未来が交錯する未知の空間に引き込まれていった。
この先に待つ試練と真実は、彼らの選択に委ねられる。扉の向こうに広がる世界が、どのような運命を示すのか――それはまだ誰にも分からない。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる