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第3話 立太子式
しおりを挟む祭りから半月が経った日、立太子式が行われた。
グランヴィル公爵が嫡男・セオドリックは居を王宮に移し、王太子教育が始まる。
これに伴って、公爵位継承権が第一位に繰り上がったアイリスは次期公爵に決定。その婚約者にヴィノグラード侯爵の次男・レイが選ばれたことが公にされた。
まだ14を迎えていないが、アイリスはこの立太子式を機に社交界入りすることとなった。立太子式では公爵家の家紋の色である緑を纏い、その後の舞踏会では、デビュタントの慣例に即して白を纏った。レイは全ての儀式と宴でアイリスの横に立ち、揃いの衣装を身につけた。
「ご婚約おめでとうございます」
「両家に益々の繁栄がもたらされますよう」
「しかしアルビノが公爵とは」
祝いと嘲りと、器用にふたつを併せ持つ言葉への対処には困らない。懸念するはアルビノを妹に持つ新たな王太子への批判だが、本人の有能さのおかげか、そうした言葉は殆ど聞かれなかった。
「お疲れではありませんか?」
「問題ありません。公女さまこそ、少し休息を取られた方が宜しいのでは」
アイリスは緩く首を横に振る。この程度の罵詈雑言、受け流せずして次期筆頭公爵と名乗れない。
アイリスとレイの周りは、祝いの言葉を述べる人が絶えない。けれどその最中にあっても、群衆のさざめく声はよく聞こえた。四方から向けられる冷ややかな眼差しは、祝いの言葉の温度差と相まって凍りつきそうなほどである。
――それが、どうした。
「気味の悪い」「よくも人前に顔を出せたもの」「殺されなかっただけ御の字」「王家に連なる娘とは思えぬ」「見るだけで忌々しい」「公爵は何をお考えなのか」「あの血のような眼差し」「得体の知れぬ娘が公爵になるなど」
「消えて仕舞えばいいのに」
公爵家を貶め、アイリスの死を願う言葉は、羽根のように軽やかだ。
だから、アイリスは笑った。その程度の軽さしか持たない言葉で、揺らぎはしないと示すために。
蔑まれることも死を願われることも慣れた。心は鈍麻し、今更傷つきはしない。
「……それにしても、ヴィノグラード侯爵も随分と思い切りましたなぁ」
誰かの呟きに、ぴくりと眉が動いた。
「己の息子を悪魔に売って、次期国王に擦り寄るとは」「侯爵位の中では下の家柄が、身の程知らずも甚だしい」「息子の方も、婚約者として平然と隣に立つとは」「ともするとヴィノグラードの子息もどこかおかしいのかもしれませんなぁ」「異常者と異端と、お似合いでは?」
視線をそちらに向けて微笑むと、中年の男たちはぴたりと口を閉ざした。
「……公女さま」
「はい」
「人混みに酔ってしまったようです。テラスで涼みたいのですが、ご一緒していただけませんか?」
「……勿論ですわ。参りましょう」
空は澄んでいた。テラスから見下ろす庭園は、昨夜まで降り続いた雨でしっとりと濡れている。
人に酔ったと言う割に、レイの顔は普段と変わらない。アイリスを連れ出すための口実だったのだろう。
「……申し訳ありません。わたくしのせいで、あなたまであのような言われ様」
「構いません。価値のない者たちの囀りに痛むほど、繊細な心の持ち合わせはございませんので」
ふ、とアイリスは笑う。お似合いという言葉は、ある意味で事実かもしれない。
「それならば、宜しいのですけれど」
「それよりも、公女さまはご自身を気遣われたら如何です」
「……わたくしを?」
レイの視線はいつもよりどこか鋭い。ともすれば苛立っている様にも見えた。
「どうして私をお使いにならない。私はあなたの盾です」
「秘蔵の盾の使い所はここではないでしょう」
レイを矢面に立たせれば、確かにアイリスへの罵倒は減るだろう。だがそれでは、次期公爵としての器を疑われかねない。
「聞かずとも済む戯言を、聞く必要もないでしょう」
アイリスは目を見開いた。
「——確かに、そうかもしれません」
この人は、あの言葉の数々を戯言と断じてくれるのか。
アイリスのために、怒ってくれるのか。
「バレぬように腹下しの魔術をかけることくらい、造作もないというのに」
「……その盾、物理ですのね?」
「当たり前でしょう。塵芥は視界から排除するに限る」
「あなたが言うと、恐ろしいのですけれど」
アイリスは思わず笑ってしまった。いつかアイリスを殺す目の前の男が、アイリスのためにくだらない魔法を使おうと言うのがおかしかった。
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