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第三話 貴族議会
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会議室には、情報交換の密やかな声だけが落ちていた。ところが辺境伯家の順番になった途端、会議室全体が水を打ったように静まり返る。
アンヌンツィアータ辺境伯家の代表として姿を現したのは、養女・フェデリカであった。国内でも指折りの名門大学の学士服をまとった姿は、砂漠の民と交戦する武門の名家に重ならない。
「アンヌンツィアータ辺境伯は、随分と王家の行く末を軽んじておられるようだ」
「アンヌンツィアータ辺境伯と小辺境伯は、現在砂漠の民と交戦しております。貴族法第三章第五節第十八項によれば、已むを得ない状況では貴族議会に名代を立てることが可能です。私が養子になりました際、名代として立つことのお許しを国王陛下よりいただいております」
「当事者に近しい者が、斯様に多くの票を持っていいと思うてか!」
「確かにデアンジェリス令嬢と私は姉妹ですが、共に暮らしたことはないに等しく、また言葉を交わしたことも殆どございません。聴聞と観察使の調査を既にご覧のこととはございますが」
「それは......だがっ、そなたが私情を持ち込む可能性が」
「――何の騒ぎだい」
静かな声に、老いた伯爵は肩を跳ねさせた。穏やかな微笑みを浮かべてフェデリカの背後に立つのは王弟である。
「――殿下」
「アンヌンツィアータ令嬢は騒動に関与せず、との結果がある。それに、私情如何を語るのならば、まず私がいなくなるべきだろうね」
「お戯れを」
「そうだね。戯れもほどほどにしておこうか」
微笑んだ王弟は一度もフェデリカを見なかったが、庇われたことは理解できる。
「――それでは、会議を始めます」
議長が着席し、会議が始まる。木槌を打ち付ける乾いた音が響いた。
「王太子殿下とカヴァリエリ令嬢の婚約は正式に解消されました。しかし、この決定が為されるに至るまでの王太子殿下のご発言と態度には、国王として即位なさるためのご覚悟に欠けているのでは、という声が上がりました。これを受けて、王太子殿下の廃嫡如何を問います」
***
昼前から始まった議論は、太陽が中天を過ぎた頃にようやく終わりを迎えた。王太子の外戚を筆頭とする継承権剥奪反対派は、王太子本人が子爵令嬢との貴賤結婚を望んでいること、叶わぬならば聖職者になると宣言していることを鑑みて主張を取り下げた。貴賤結婚をすると、生まれてくる子供に何ひとつ地位を継承できないので当然だろう。賛成多数で王太子の廃嫡は可決された。
フェデリカは暇を持て余し、光の回折の別の計算方法を考えていたので、議決の時にうっかり手を挙げ忘れるところであった。
「では、続いて王太子候補の選定を行いたいと思います。異例のこととなりますが、6年前に継承権を放棄した方々の継承権回復を求めます」
6年前、3人の子と妻を立て続けに失った国王が、王位継承順位が高い貴族ら14名に放棄を促した。王太子の地位を脅かすことを恐れた為と言われている。この6年間で二名が亡くなっているが、それでも数名の回復が叶えば随分王太子候補の選定は楽になるだろう。
フェデリカは面倒事が嫌いなので、放棄したままでいいのだが。
「――私は除外していただけないだろうか」
今まさに考えていた発言を先に越され、フェデリカは目を瞬いた。会場が騒めく。
なぜならその発言をしたのは、かつて継承順位第二位だった男――誰よりも王統に近い、王弟であったからだ。
「理由をお伺いしても宜しいでしょうか」
「私は王位継承権を放棄して以来、殆ど政に関わっていない。今更王となるに適しているとは思われない」
「しかし......」
「それと、私は妻を娶る気がない。子を残さなければ、再び継承で揉めることになるだろう――ゆえに私は、継承権回復を辞退したい」
貴族らの頭に過ったのは、いくら縁談を進めても首を縦に振らない王弟の姿だ。彼は毎回、心を捧げた人がいるから、と言って断っていた。一途な姿が更に令嬢からの人気を高めていたが、それでも彼は決して女性を傍に寄せなかった。舞踏会のダンスが唯一の例外と言っても過言ではない
「心変わりされることもあるのではありますまいか。今は妻帯なさる気がなくとも、いずれは......」
「どうであろうか」
微笑むばかりの王弟を前に、貴族たちは頭の中で素早く計算を始めた。
令嬢に靡かない彼は、同時にどの貴族とも親しくせず、絶対的な中立を貫いている。彼が王になることは、誰にとっても利益にも不利益にもならないのだ。
結果的に、彼の提案は保留とされた。確かに政から離れてはいたが、血統は誰よりも近く、また外交の手腕が認められたためだ。
「――アンヌンツィアータ辺境伯家三名も、回復を望みません」
ここでフェデリカは声を上げた。
アンヌンツィアータ辺境伯家は砂漠の民に対する抑止力であり、彼らが王位継承をすることは絶対にありえない。子爵家の血を引くフェデリカは論外だ。
「令嬢の回復はなしとのこと、理解いたしました。けれど辺境伯と小辺境伯のお二人については、ご本人の口から伺う必要があるでしょう」
「お二人は現在、砂漠の民と交戦中でございます。鳩を飛ばし、直筆の書類をいただくことで代替としていただきたい」
「許しましょう。ただし筆跡鑑定を致します。確実にご本人のものと確認が取れましたら、回復をなさらないとのことで承りましょう」
辺境伯という特殊な家柄とフェデリカの血筋は、王弟の時より遥かに容易に継承権の完全放棄を認めさせた。ついでに実父が、ジュリアマリアの継承権も放棄させていた。これは当然とばかりに受け入れられていた。
「――それでは、8名の方々の王位継承権の回復を。国王陛下に奏上し、王嗣の選定を行います」
貴族議会が終わり、フェデリカは王宮図書館に向かった。デビュタントの時の曖昧な記憶を頼りに歩を進める。
――それから十数分後、フェデリカは困っていた。
美しい装飾はどれも似たように見える。人が少なく、足音もしない。さてどうしたものか。
「――おや、アンヌンツィアータ令嬢? こんなところでどうされたのですか」
「王弟殿下」
背後からフェデリカに声を掛けたのは、彫刻が走って逃げ出しそうな美貌の持ち主、王弟だ。フェデリカはにっこり微笑んだ。
「誠に申し訳ないのですが、図書館はどちらの方角か教えていただけませんか?」
アンヌンツィアータ辺境伯家の代表として姿を現したのは、養女・フェデリカであった。国内でも指折りの名門大学の学士服をまとった姿は、砂漠の民と交戦する武門の名家に重ならない。
「アンヌンツィアータ辺境伯は、随分と王家の行く末を軽んじておられるようだ」
「アンヌンツィアータ辺境伯と小辺境伯は、現在砂漠の民と交戦しております。貴族法第三章第五節第十八項によれば、已むを得ない状況では貴族議会に名代を立てることが可能です。私が養子になりました際、名代として立つことのお許しを国王陛下よりいただいております」
「当事者に近しい者が、斯様に多くの票を持っていいと思うてか!」
「確かにデアンジェリス令嬢と私は姉妹ですが、共に暮らしたことはないに等しく、また言葉を交わしたことも殆どございません。聴聞と観察使の調査を既にご覧のこととはございますが」
「それは......だがっ、そなたが私情を持ち込む可能性が」
「――何の騒ぎだい」
静かな声に、老いた伯爵は肩を跳ねさせた。穏やかな微笑みを浮かべてフェデリカの背後に立つのは王弟である。
「――殿下」
「アンヌンツィアータ令嬢は騒動に関与せず、との結果がある。それに、私情如何を語るのならば、まず私がいなくなるべきだろうね」
「お戯れを」
「そうだね。戯れもほどほどにしておこうか」
微笑んだ王弟は一度もフェデリカを見なかったが、庇われたことは理解できる。
「――それでは、会議を始めます」
議長が着席し、会議が始まる。木槌を打ち付ける乾いた音が響いた。
「王太子殿下とカヴァリエリ令嬢の婚約は正式に解消されました。しかし、この決定が為されるに至るまでの王太子殿下のご発言と態度には、国王として即位なさるためのご覚悟に欠けているのでは、という声が上がりました。これを受けて、王太子殿下の廃嫡如何を問います」
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昼前から始まった議論は、太陽が中天を過ぎた頃にようやく終わりを迎えた。王太子の外戚を筆頭とする継承権剥奪反対派は、王太子本人が子爵令嬢との貴賤結婚を望んでいること、叶わぬならば聖職者になると宣言していることを鑑みて主張を取り下げた。貴賤結婚をすると、生まれてくる子供に何ひとつ地位を継承できないので当然だろう。賛成多数で王太子の廃嫡は可決された。
フェデリカは暇を持て余し、光の回折の別の計算方法を考えていたので、議決の時にうっかり手を挙げ忘れるところであった。
「では、続いて王太子候補の選定を行いたいと思います。異例のこととなりますが、6年前に継承権を放棄した方々の継承権回復を求めます」
6年前、3人の子と妻を立て続けに失った国王が、王位継承順位が高い貴族ら14名に放棄を促した。王太子の地位を脅かすことを恐れた為と言われている。この6年間で二名が亡くなっているが、それでも数名の回復が叶えば随分王太子候補の選定は楽になるだろう。
フェデリカは面倒事が嫌いなので、放棄したままでいいのだが。
「――私は除外していただけないだろうか」
今まさに考えていた発言を先に越され、フェデリカは目を瞬いた。会場が騒めく。
なぜならその発言をしたのは、かつて継承順位第二位だった男――誰よりも王統に近い、王弟であったからだ。
「理由をお伺いしても宜しいでしょうか」
「私は王位継承権を放棄して以来、殆ど政に関わっていない。今更王となるに適しているとは思われない」
「しかし......」
「それと、私は妻を娶る気がない。子を残さなければ、再び継承で揉めることになるだろう――ゆえに私は、継承権回復を辞退したい」
貴族らの頭に過ったのは、いくら縁談を進めても首を縦に振らない王弟の姿だ。彼は毎回、心を捧げた人がいるから、と言って断っていた。一途な姿が更に令嬢からの人気を高めていたが、それでも彼は決して女性を傍に寄せなかった。舞踏会のダンスが唯一の例外と言っても過言ではない
「心変わりされることもあるのではありますまいか。今は妻帯なさる気がなくとも、いずれは......」
「どうであろうか」
微笑むばかりの王弟を前に、貴族たちは頭の中で素早く計算を始めた。
令嬢に靡かない彼は、同時にどの貴族とも親しくせず、絶対的な中立を貫いている。彼が王になることは、誰にとっても利益にも不利益にもならないのだ。
結果的に、彼の提案は保留とされた。確かに政から離れてはいたが、血統は誰よりも近く、また外交の手腕が認められたためだ。
「――アンヌンツィアータ辺境伯家三名も、回復を望みません」
ここでフェデリカは声を上げた。
アンヌンツィアータ辺境伯家は砂漠の民に対する抑止力であり、彼らが王位継承をすることは絶対にありえない。子爵家の血を引くフェデリカは論外だ。
「令嬢の回復はなしとのこと、理解いたしました。けれど辺境伯と小辺境伯のお二人については、ご本人の口から伺う必要があるでしょう」
「お二人は現在、砂漠の民と交戦中でございます。鳩を飛ばし、直筆の書類をいただくことで代替としていただきたい」
「許しましょう。ただし筆跡鑑定を致します。確実にご本人のものと確認が取れましたら、回復をなさらないとのことで承りましょう」
辺境伯という特殊な家柄とフェデリカの血筋は、王弟の時より遥かに容易に継承権の完全放棄を認めさせた。ついでに実父が、ジュリアマリアの継承権も放棄させていた。これは当然とばかりに受け入れられていた。
「――それでは、8名の方々の王位継承権の回復を。国王陛下に奏上し、王嗣の選定を行います」
貴族議会が終わり、フェデリカは王宮図書館に向かった。デビュタントの時の曖昧な記憶を頼りに歩を進める。
――それから十数分後、フェデリカは困っていた。
美しい装飾はどれも似たように見える。人が少なく、足音もしない。さてどうしたものか。
「――おや、アンヌンツィアータ令嬢? こんなところでどうされたのですか」
「王弟殿下」
背後からフェデリカに声を掛けたのは、彫刻が走って逃げ出しそうな美貌の持ち主、王弟だ。フェデリカはにっこり微笑んだ。
「誠に申し訳ないのですが、図書館はどちらの方角か教えていただけませんか?」
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