愛は契約範囲外〈完結〉

伊沙羽 璃衣

文字の大きさ
22 / 59

第二十二話 実験

しおりを挟む
即位式から1か月。公務が落ち着いた日に、フェデリカは王立研究所を訪れた。かつて一度見学させてもらったところだが、研究許可をもらえたと思うと感無量である。

「妃殿下。道具はこちらでよろしいですか?」
「ええ、ありがとう」

フェデリカは汚れてもいいように、簡素なドレスを着ていた。本音を言えば寝巻に白衣くらいの適当さがよかったが、新米王妃としてはいただけないので涙を呑んで諦めた。

「回折現象は波動によく見られる現象よね。けれど教授が発表した理論では微粒子だという......」

確かにプリズム実験で証明された光の分散は波動とは言い難い。しかし回折現象や屈折の法則は果たして粒子によるものと言えるのか。

「光速の扱いについて、二つの説は異なる理論を持つ……」

粒子説では光速が屈折率に比例し、波動説には屈折率に反比例すると考えられている。5年前に天文学者のピオジェ教授が発表した論文によると光の速さは22万km/sということだから、異なる媒質を利用して光の速度の変化を確かめるというのも困難だろう。

「......光の速度の測定を地上で完結させることができれば、或いは」

しかし、22万km/sの恐るべき速さのものを如何にして測定すればいいのだろう。二地点を選び比べるというのは論外だ。

「逆に、0.0001秒単位で計ることができれば」

しかし、それほど綿密に時間を計ることができる機械など存在しない。

「時計......針......」
「時計針がどうかしたのか」
「0.0001秒単位で動く時計が欲しい......」
「0.0001秒? それは難しいね。歯車が壊れてしまいそうだ」
「ええ......歯車が......」

歯車。歯車?

「っ、それだわ!」
「え?」
「歯車よ! どうして思いつかなかったのかしら!? 歯車の歯を増やして、距離を取って......時間の概算と距離の算出は......ラ・ヴァッレにも検算してもらおう」

フェデリカの頭の中は即座に計算で埋め尽くされる。ああ、手の動く速度が遅い。早く、もっと早く書き写さないと——
歯車と言った方はどなただったのかしら、と思い至ったのは夜になってからだ。


***


「――大変失礼いたしました」

ベッドに座り本を読んでいたレナートは、部屋に入ってきて早々に頭を下げたフェデリカを見遣り苦笑する。研究所に行ったというので様子を見に行ったのだが、レナートが来たことにも気づかず考え事をしていて、何か思いついた後は楽しそうに紙を計算式で埋め尽くしていた。

「いや、随分楽しそうだったからよかったよ」
「はい、それはもう! 陛下には感謝してもしたりません。上手くいけば光学の歴史に新たな項目が刻まれるかもしれないのです」
「私は何もしてないけれど」
「いえ、歯車というご発言をしていただきました」

レナートはいささか面食らって過去の発言を思い返す。そういえば、歯車と言った後からフェデリカは猛烈にペンを動かし始めたような気がする。

「何に使うんだい?」
「光の速さを測定するのです。5年前に天文学者のピオジェ教授が発表した論文によると光の速さは22万km/s、到底地上で計ることができないと思ったのですが——」

フェデリカは楽しそうに実験計画を語った。
レナートは、夜にフェデリカと語り合う時間が好きだった。普段はまつりごとや何気ない日常の話が多いが、フェデリカはいい意味で他者とずれているところがあるので、そういう発言を聞く度に楽しくなるのだった。

「――申し訳ありません、長々と語りすぎました」
「構わないよ。君が楽しそうだと私も嬉しい」
「ありがとうございます......殿下は、何か好きなことはおありですか?」

レナートは少し考え込んだ。幼い頃から国の為に生きよ、と言われて育った。同じ年頃の子らと遊ぶのは、いい顔をされなかった。楽しいことから遠ざかる内、政務に追われるようになった。

「......ピクニックに行くのが好きだったな。幼い頃は両親と。亡くなってからは……先王たちと。サンドイッチくらいしか作れなかったが、準備の時から楽しかった」
「いいですね。今度、行きましょうか」
「......そうだな。いいかもしれない」
「明日、日程を調整しましょう」

フェデリカはもう眠りの国にいるのか、随分瞼が重そうだ。レナートも目を閉じて眠りを手繰り寄せた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

毒姫ライラは今日も生きている

木崎優
恋愛
エイシュケル王国第二王女ライラ。 だけど私をそう呼ぶ人はいない。毒姫ライラ、それは私を示す名だ。 ひっそりと森で暮らす私はこの国において毒にも等しく、王女として扱われることはなかった。 そんな私に、十六歳にして初めて、王女としての役割が与えられた。 それは、王様が愛するお姫様の代わりに、暴君と呼ばれる皇帝に嫁ぐこと。 「これは王命だ。王女としての責務を果たせ」 暴君のもとに愛しいお姫様を嫁がせたくない王様。 「どうしてもいやだったら、代わってあげるわ」 暴君のもとに嫁ぎたいお姫様。 「お前を妃に迎える気はない」 そして私を認めない暴君。 三者三様の彼らのもとで私がするべきことは一つだけ。 「頑張って死んでまいります!」 ――そのはずが、何故だか死ぬ気配がありません。

義務ですもの。

あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。

ベルガー子爵領結婚騒動記

文月黒
恋愛
その日、王都より遠く離れたベルガー子爵領は、俄かに浮き足立っていた。 何せ、ついに領民一同が待ち望んでいたベルガー子爵の結婚相手がやって来るのだ。 ちょっとだけ(当領比)特殊な領地の強面領主に嫁いで来たのは、王都の男爵家の末娘・マリア。 だが、花嫁は領主であるベルンハルトの顔を見るなり泣き出してしまった。 最悪な顔合わせをしてしまったベルンハルトとマリア。 慌てるベルンハルトの腹心の部下ヴォルフとマリアの侍女ローザ。 果たしてベルガー子爵領で彼らは幸せを掴めるのか。 ハピエン確定のサクッと読めるギャグ寄り恋愛ものです。

【完結】婚約を解消されたら、自由と笑い声と隣国王子がついてきました

ふじの
恋愛
「君を傷つけたくはない。だから、これは“円満な婚約解消”とする。」  公爵家に居場所のないリシェルはどうにか婚約者の王太子レオナルトとの関係を築こうと心を砕いてきた。しかし義母や義妹によって、その婚約者の立場さえを奪われたリシェル。居場所をなくしたはずの彼女に手を差し伸べたのは、隣国の第二王子アレクだった。  留学先のアレクの国で自分らしさを取り戻したリシェルは、アレクへの想いを自覚し、二人の距離が縮まってきた。しかしその矢先、ユリウスやレティシアというライバルの登場や政治的思惑に振り回されてすれ違ってしまう。結ばれる未来のために、リシェルとアレクは奔走する。  ※ヒロインが危機的状況に陥りますが、ハッピーエンドです。 【完結】

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

裏で国を支えていた令嬢「不純物だ」と追放されるも、強面辺境伯と共に辺境を改革する ~戻ってきてと嘆願されましたが、それに対する答えは……~、

水上
恋愛
「君のような地味な不純物は不要だ」と婚約破棄され追放されたルチア。失意の彼女を拾ったのは、皆から恐れられる辺境伯レオンハルトだった。だが彼には意外な一面があって!? ルチアはレオンハルトと共に、自らの知識や技術で領地を改革し始める。 一方、ルチアを追放した王国は、彼女の不在によって崩壊の危機に陥る。 今更戻ってきてほしいと嘆願されましたが、それに対する答えは……。

『めでたしめでたし』の、その後で

ゆきな
恋愛
シャロン・ブーケ伯爵令嬢は社交界デビューの際、ブレント王子に見初められた。 手にキスをされ、一晩中彼とダンスを楽しんだシャロンは、すっかり有頂天だった。 まるで、おとぎ話のお姫様になったような気分だったのである。 しかし、踊り疲れた彼女がブレント王子に導かれるままにやって来たのは、彼の寝室だった。 ブレント王子はお気に入りの娘を見つけるとベッドに誘い込み、飽きたら多額の持参金をもたせて、適当な男の元へと嫁がせることを繰り返していたのだ。 そんなこととは知らなかったシャロンは恐怖のあまり固まってしまったものの、なんとか彼の手を振り切って逃げ帰ってくる。 しかし彼女を迎えた継母と異母妹の態度は冷たかった。 継母はブレント王子の悪癖を知りつつ、持参金目当てにシャロンを王子の元へと送り出していたのである。 それなのに何故逃げ帰ってきたのかと、継母はシャロンを責めた上、役立たずと罵って、その日から彼女を使用人同然にこき使うようになった。 シャロンはそんな苦境の中でも挫けることなく、耐えていた。 そんなある日、ようやくシャロンを愛してくれる青年、スタンリー・クーパー伯爵と出会う。 彼女はスタンリーを心の支えに、辛い毎日を懸命に生きたが、異母妹はシャロンの幸せを許さなかった。 彼女は、どうにかして2人の仲を引き裂こうと企んでいた。 2人の間の障害はそればかりではなかった。 なんとブレント王子は、いまだにシャロンを諦めていなかったのだ。 彼女の身も心も手に入れたい欲求にかられたブレント王子は、彼女を力づくで自分のものにしようと企んでいたのである。

『やりたくないからやらないだけ 〜自分のために働かない選択をした元貴族令嬢の静かな失踪〜』

鷹 綾
恋愛
「やりたくないから、やらないだけですわ」 婚約破棄をきっかけに、 貴族としての役割も、評価も、期待も、すべてが“面倒”になった令嬢ファーファ・ノクティス。 彼女が選んだのは、復讐でも、成り上がりでもなく―― 働かないという選択。 爵位と領地、屋敷を手放し、 領民の未来だけは守る形で名領主と契約を結んだのち、 彼女はひっそりと姿を消す。 山の奥で始まるのは、 誰にも評価されず、誰にも感謝せず、 それでも不自由のない、静かな日々。 陰謀も、追手も、劇的な再会もない。 あるのは、契約に基づいて淡々と届く物資と、 「何者にもならなくていい」という確かな安心だけ。 働かない。 争わない。 名を残さない。 それでも―― 自分の人生を、自分のために選び切る。 これは、 頑張らないことを肯定する物語。 静かに失踪した元貴族令嬢が、 誰にも縛られず生きるまでを描いた、 “何もしない”ことを貫いた、静かな完結譚。

処理中です...