愛は契約範囲外〈完結〉

伊沙羽 璃衣

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第二十三話 凶報

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フェデリカは王立研究所に行った日から忙しくしていた。物理学専攻の学士や教授とのやりとり、計算式に関するカルミネからの微修正、実験器具の用意、1か月先に控えた己の誕生日パーティーの準備など、やることは目白押しだった。そのせいで、まだレナートとピクニックに行けてない。

「誕生日パーティーなんてこの世から消えてしまえばいいのに......」

恨みがましい口調で呟くと、同じ執務室で書類を捌いていたレナートが苦笑した。

「物騒なことを言うな」
「祝い事は建国祭と収穫祭と新年祭、それで十分ではありませんか」
「いいお金の循環にはなる」
「確かに」

フェデリカはいつか見た王太子の誕生祭を思い出して頷く。関係ないはずの平民でさえ、屋台を広げ歌い踊っていた。

「何か、欲しい物はあるか? できる限り叶える」
「欲しい物、ですか」

キエザに瞬間移動できる幻の機械が欲しいです、なんて言えるわけもない。

「......あ。新婚旅行に行きたいです」

レナートはペンを取り落とし、そのまま固まった。どうしたのだろうか。

「......行き先はキエザかな」
「はい」
「わかった。建国祭の後になってしまうが、調整しておこう」
「......よろしいのですか?」

フェデリカが目を丸くすると、レナートは悪戯っぽく笑った。

「視察と銘打って、合法的に滞在しよう。私も大学という施設に興味がある」
「でしたら、私がご案内します。きっと気に入ってくださると思います。あ、変な人ばかりですけれど、全員悪気はありません......多分」
「そこは断定してくれ」

一頻り笑ったところで、レナートが話題を変えた。

「建国祭に砂の皇国が使節を寄越すそうだ。老齢の貴族を中心に、未だ現王朝を快く思わない者もいる。リストアップしておいたから後で目を通しておいてくれ」
「わかりました」

砂の皇国。我が国とは異なる文化を持つ東の国。アーキルが最後に言った気を付けて、という言葉の意味は、今もまだ分からない。

「――フェデリカ?」
「申し訳ありません。少し、ぼうっとしていました。誰がお越しになるのですか?」
「第十三皇子のアーキル・ザイン・タイスィールだ。キエザに留学していそうだが、面識はあるか? 専攻は生物学だった気がするが」
「はい。大学の演奏会でお会いしました」

フェデリカは掻い摘んで演奏会のことを説明した。そういう人物なら安心だ、とレナートは言う。
穏やかにケマンチェを奏で、まつりごとも結婚もどうでもいいと笑った研究者。
——今、大学の皆はどうしているだろう。
賑やかな手紙を思い出して、フェデリカは小さく微笑んだ。


***


アーキルはその時、深く絶望していた。
皇孫女バドリーヤから手紙が届いたのは、つい先程のことだった。年が明けて以来、一通もアイシャからの手紙が来ず心配していたところ。砂の皇国からの文、と聞いて飛びついたが、アイシャを目の敵にしていたバドリーヤからのものである。まさか何かあったのかと血相を変えて封を開けると、淡い金色の髪が落ちてきた。柔らかな髪とその色には見覚えがある。アーキルの全身から血の気が引いた。
バドリーヤからの手紙には事件の顛末が記されていた。文字は震えており、末尾には小さいながらも謝罪の言葉が書かれていた。しかしアーキルの目にその言葉は映らない。

『どうして......アイシャ』

己が贈ったネックレスが妹の死を招いたということ、また死した後に妹が侮辱を受けたこと。アーキルにとってはどちらも受け入れがたい事実であった。

『どうして俺はアイシャの傍を離れたんだ......!』

アイシャの命をちらつかされてこんなところまでやってきた。だというのにアイシャは殺され、その尊厳まで奪われた。

『許さない......』

許さない。許してなるものか。
きっかけとなったバドリーヤもそもそもバドリーヤがアイシャを憎むようになったきっかけである皇太子異母兄も手を下した兵士も彼を止めなかった兵士たちも罪を隠蔽した兵士の父親も命令を下した己の父も止めなかった臣下も遺体を切り刻んだ処刑執行人も、誰一人として許してなるものか!
何より、ネックレスを贈った己も、アーキルは許すことが出来なかった。
殺そう。
泣いて泣いて泣き疲れて、アーキルはその結論に至った。

『誰を殺すべきか......』

最も憎いのは手を下した兵士だが、どうやら彼は今家に引きこもっているらしいので難しいだろう。仮に侵入できたとして、その男を探すまでに捕らえられることが目に見えている。とすると誰を殺すべきだろうか。

『......皇帝か』

あの男は母を殺し、この上妹の尊厳までも奪った。アイシャ亡き今男の言いなりになる理由はない。

『――殺してやる。絶対に、僕が、この手で』

だが、どうすれば皇帝の下に行けるか。名ばかりの皇子であるアーキルは、皇帝の部屋に易々と行くことはできない。
そこでアーキルはもう一通の手紙を思い出した。忌まわしき父からの手紙である。あの男がアーキルに私信なんぞ寄越すわけがないので、公務であるはずだ。果たして読み通りであった。一か月後に迫った建国祭、国交樹立の要となる場に赴けというのだ。そして、王妃を捕らえてこい、と。
これはちょうどいい、とアーキルは思った。どうやら父は王妃にひどく怯えているらしい。文字は乱れ、紙は歪んでいた。
であれば、臣下たちの企みを妨害し、王妃の誘拐を阻止しよう。前王朝の血筋に怯えさせたまま、報告の為と言って皇帝の部屋を訪れることができる。武芸の心得がない皇子だからと、これまでも一切警戒されてこなかった。しかし、床から動けない老人ひとりならば、殺すことも出来よう。
——待っていてくれ、母さん、アイシャ。必ず僕が、ふたりの仇を討つ。
アーキルは凄絶な笑みを浮かべた。
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