愛は契約範囲外〈完結〉

結塚 まつり

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第三十一話 毒

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「国王陛下、王妃殿下に拝謁いたします」
「楽にしてくれ。久しいな、エカチェリーナ皇女」
「お久ぶりでございます、陛下。この度はお茶会にお招きいただき光栄でございます」

宴が終わり、各使節団との交渉に入った。フェデリカとレナートは情報収集に勤しんでいる。
今回北の帝国から使者としてやってきたのは、かつてレナートに婚約を迫ったエカチェリーナ皇女である。とはいえ彼女も既に国内で婚約を結んでおり、初めからフェデリカには友好的な態度を見せている。

「――以前陛下から妃殿下が如何に素晴らしい方かお伺いしましたが、まさにその通りですね。妃殿下の美しさと聡明さには驚かされました」
「皇女こそ、とても賢い方と噂で聞き及びました。才色兼備とは正に皇女のことを指すのでしょうね」

世間話から国家間の話へ。探り合いになるとフェデリカは口数を減らした。下手にレナートとエカチェリーナ皇女の話に割って入ると飛び火を食らう。大人しく紅茶を啜った。南部で採れた蜂蜜を入れた紅茶は甘くておいしい。さっぱりした茶菓子にもよく合う。
——辺境伯の身の周りに気をつけろ、か。
フェデリカはカルミネから齎された警告を思い出す。なぜかは知らないが、アーキルからそう伝えられたらしい。
砂漠の民との一時停戦から然程時を置かずして再び戦線が開かれた。辺境伯が部族長を討ち取ると相手方は総崩れし、今は残党狩りの様子を呈しているという。その状況で砂漠の民に紛れるであろう刺客に注意するのは、歴戦の猛者でも厳しそうだ。無事に終わってくれるといいのだが。
それにしても、とフェデリカは思う。
砂の皇国の現王朝がフェデリカの命を狙っているのだとして、周囲を巻き込む必要があるだろうか。身内を襲撃すれば寧ろ警戒態勢が強まると予想がつきそうなものだが。
フェデリカは皇女とのお茶会の後に予定される会談を思い、小さく息を吐いた。アーキルに教えてもらった要注意人物だらけの会談だ。いつ毒を盛られるかもわかったものではない——

「――陛下?」

浅い呼吸音に、フェデリカは視線を上げた。レナートは喉を押さえ蒼白な顔をしている。毒味役が倒れたのを視界の端に捉えた。

「レナー、ト」

金色の頭がこちらに傾いてくるのがやけにゆっくり見えた。フェデリカの肩に乗った頭はぴくりとも動かない。
吐息が、聞こえない。
フェデリカは意味が分からずレナートを見下ろし、皇女の甲高い悲鳴を聞いて我に返った。

「侍医を呼びなさいっ! 料理人とここまで運んできたメイドを捕らえよ!」

命じながら、フェデリカは騎士と共にレナートを地面に横たえる。服のことなど気にしている暇はなかった。レナートの顔は青白いを通り越して紫色に見えた。ラヴィニアはなんと言っていた。知らない。分からない。頭の中を巡る論文は、なにひとつ役に立たない。
——蘇生法が口づけみたいで。
不意に己の声が脳裏に蘇る。あれはいつだ。手紙が届いた。ラヴィニアから。王都で文句を垂れていた。海の王国の合同研究会に出られなくて。
フェデリカは震える手でレナートの鼻をつまんだ。重ね合わせた唇は冷えている。己の息を相手の口から吹き込むと書いてあった気がするけれど、わからない。正解が、何も見えない。計算式は何も答えない。
何度か息を吹き込み、フェデリカは身を起こした。己の息すら苦しかった。
庭園は未だに騒々しい。皇女は立ったまま険しい顔をしている。まずい、何も言っていなかった。主催であるフェデリカとレナートが依頼する形で、庭園から出さなければ。

「っ、皇女、部屋にお戻りを。外には出ないように。後程侍医を遣わします」
「いいえ結構ですわ、使節団に医師もおりますから。ではごきげんよう、妃殿下」

皇女は優雅に一礼して去って行く。

「――レナート」

呼びかけた声は、自分でも笑ってしまうくらい震えていた。

「起きて。目を開けて......お願い」

それから何度息を吹き込んだだろう。数秒のような気もするし、数時間のような気もする。

「――けほっ」

空気が吸い込まれていく感覚にフェデリカが身を起こした瞬間、レナートが咳き込んだ。ゆっくりと青い瞳が開かれる。

「けほっ、けほっ......ふぇ、りか?」

フェデリカは身を乗り出した。レナートの顔色は紫色から青色くらいにまで戻っている。

「レナート。苦しいところは」

レナートは口を開いたが、思うように言葉が出ないらしい。微かに顔を歪めるばかりで分からない。

「っ......侍医がもうすぐ来ますから、それまで待っていてください。水は飲めますか?」
「き、」
「気持ち悪いですか!?」
「き、み.......は?」
「......は?」

フェデリカは目を瞬いた。レナートが何を言っているのか、本気で分からなかった。無事かと問われているのだと数拍の後に理解して、顔を歪める。

「......私には盛られておりません」

レナートは深く息を吐いた。安心したのだと、それで理解した。
——この人は、どうしてこんな時に自分を優先しないのだろう。
意味がわからない。

「――陛下! ご無事ですか!?」
「侍医、先程まで陛下は呼吸が止まっておられた。それを鑑みた治療を」
「は、はい! 畏まりました!」

侍医が慌てた様子でレナートの側にしゃがみ込む。フェデリカは土まみれのまま立ち上がると、午後に予定していた砂の皇国との会談を取りやめるよう、またその他の使節団には外に出ないよう言伝させた。


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