愛は契約範囲外〈完結〉

結塚 まつり

文字の大きさ
44 / 59

番外編 侍女は見た

しおりを挟む
「えっ......わたしが妃殿下付きに!? よろしいのですか?」
「えぇ。あなたの勤務態度は随分いいと評判だから」
「ありがとうございます、侍女長さま!」

ベルタはるんるん気分で侍女長室を出た。一代限りの騎士爵を得た商人の娘、王宮勤めの侍女となり、男爵家の子息に見初められて貴族となった。それから早15年、地道に働いていたが、ここに来て大出世である。
現国王、フェデリカは即位して僅か1年半だが、既に名君として名高い。先代国王が王位継承権を持つ貴族領へ掛けていた圧力を解いた他、海の王国からの技術輸入、税制改革など、様々な事業を手掛けている。王妃も執務を積極的に担っているそうで、大学で研究していたこともあって賢妃と呼ばれている。

「楽しみだなぁ」

どんなにか素晴らしい方なのだろう。早く帰って夫と子供に自慢しよう。


***


「ベルタ・ローザ・ディ・ガッティと申します。よろしくお願いいたします」

よろしくね、と声が返ってくる。ベルタと同じくらいの年頃の侍女が多いが、子爵家や伯爵家の人が多いのだろう。仕草や言葉遣いに気品が見える。

「ねぇあなた、陛下と妃殿下の仲については知っていて?」

ベルタは先輩侍女の笑みを見て、何と返答すべきか考えを巡らせた。

「陛下が即位された頃に、相思相愛であると、またその逆であるともお聞きしました」
「どちらだと思って?」
「わたくしにはわかりかねます」
「そう。では楽しみにしてるといいわ」

楽しみとは?
夜勤との交代で寝室に入った。主寝室夫婦共用の寝室副寝室別々の寝室があるが、なんでも国王夫妻はずっと主寝室を使っているという。国王夫妻は大きなベッドの上でまだ眠っている。だがしかし、ベルタはこの段階で噂の真偽を確信した。
何せ国王陛下が妃殿下を抱きしめるようにして眠っているのである。どう見ても相思相愛一択であろう。あぁよかった、とベルタは胸を撫で下ろす。ギスギスした雰囲気の方の傍にいると疲れてしまう。
日が昇った頃にようやくふたりとも動き出した。

「フェデリカ、おはよう。愛しているよ」
「......おはようございます、レナート」

相思相愛だな、とベルタは再び確信を抱く。おはようと同時に愛しているという夫婦がどれだけいることか。
副寝室に移り、身支度を済ませる。今日のお茶会の段取りを確認した後で、侍女長はずっと隅に控えていたベルタを手招きした。

「こちらが新任の侍女、ガッティ男爵家のベルタでございます」
「ガッティ夫人、顔をお上げなさい」
「ベルタ・ローザ・ディ・ガッティが妃殿下に拝謁いたします。この度は侍女としてお仕えする名誉を賜り、恐悦至極でございます。誠心誠意取り組んでまいります」
「8月のお茶会ぶりですね、ガッティ夫人。あなたの働きは我が侍女団に相応しいものと聞いています。今後とも王家への忠誠を忘れず務めを果たすように」

ベルタは深く頭を下げた。

妃殿下の1日は忙しい。
日の出頃に目覚め、一時間ほどかけて身支度。朝の礼拝後は慈善事業やお茶会の打ち合わせ。それが終わると、10時半頃に軽めの朝食を召し上がる。11時から13時までは謁見やお茶会があり、13時半頃に陛下と共にご昼食。14時半から18時までは休憩時間で、芸術鑑賞や散歩。その後夜の礼拝をし、ご夕食。舞踏会や夜会が開かれることもある。
今日は舞踏会や夜会がなく、お茶会だけなので比較的楽ではあるそうだ。それでも決して気が抜けない。

「ねえ聞きまして? ヴィヴァルディ伯爵夫人のこと!」
「えぇ、存じておりますわ。なんでも家の財産を改竄したとか——」

お茶会の間、侍女は給仕を担当する。同時に大事なのが、貴婦人たちの動きに気を配ることだ。お茶会は大事な情報交換の場、ひとつでも不審な動きや気になることがあれば妃殿下に奏上しなければならない。ベルタは気取られぬよう、さりとて見逃さないようにと目を配った。

「お茶会はどうだった?」
「ヴィヴァルディ伯爵夫人の横領の話や修道院への寄付の話が出ていました。それとマドレーヌが美味しかったです」
「今度作ってみようか」
「では味見係になります」
「よろしく頼むよ」

国王陛下はその身分に似つかわしくないが、時折厨房に立って妃殿下の為にお菓子を作るという。

「午後は部屋に?」
「はい。もう一度実験資料を読み直そうかと。レナートは?」
「厩にでも行こうかな。実験資料を読んでいる時の君は、周囲に目もくれないから」

妃殿下も、その地位に似つかわしくない光の実験なるものをしている。難しすぎてベルタには理解できない。

「それではまた晩餐の時間に。愛しているよ、フェデリカ」

蕩けそうな笑顔を浮かべた国王陛下は、妃殿下の髪を一筋掬って口づけを落とした。内心でうわあ甘い溶けそうだわ、などと思っていたベルタは、妃殿下に視線を移し驚愕する。あぁまたね、はいはい、とでも言いたげな表情であった。

「はい、それでは」

ベルタはたっぷり3秒ほど固まった。
はい、それでは、なの!? こういう時って私もです、って頬を染めて恥じらうもんじゃないの!? なんでそんな平然としてるの!?
ベルタの頭に大量の疑問符が飛び交う。先輩侍女たちの全く動じていない様子を見て、これが朝言われたお楽しみなのだと理解した。


***


当然のこととして、侍女は仕事のことを誰にも話すことが出来ない。数日にわたりこのような光景を——つまり陛下が愛を囁き、妃殿下が興味なさそうに返答する場面を何度も見たベルタは、完全に陛下の片思いなのだと認識を改めた。好きな人に愛していると言われて顔色を一切変えない人がいるだろうか、いやいない。
——それにしても、どうして陛下は妃殿下のことを好きになったんだろう?
かつてはある人に心を捧げていたという陛下。王命での婚姻相手に心を移すような出来事があったのだろうか。社交中は愛想笑い、部屋では無表情、研究とやらをなさっている時は頻繁に呻いている妃殿下のどこがいいのか、ちょっとよく分からない。辺境伯家の養女ではあるけれど、生まれは子爵家。寵愛している振りなんて必要ないはずなのに。
悶々と考え込んでいたある日のことである。

「妃殿下、以前仰っていた放物面鏡が、工房から届きましてございます」
「ほんとう!?」

昼餉が終わった直後、侍女長が言った。すると妃殿下は、これまで見たことがないような明るい顔で笑ったのである。思わず目を奪われるような、そんな笑みだった。元々お綺麗な方ではあるけれど、天使だと錯覚してしまう。

「なら、すぐに研究所に向かうわ。着替えをするから準備をお願い」
「畏まりました」

質素なドレスに着替えると、妃殿下は王立研究所に向かわれた。置いてある鏡をめつすがめつ眺めているその視線を見て、ベルタは妃殿下の最愛を理解したのである。
そして思った。
陛下、可哀想! 鏡に負けてる! と。

「聞いてくださいレナート、放物面鏡で実験したらやはり光の収束具合が全然違うんです。天文台との実験日に間に合ってよかった、明後日には実際に使えそうです」
「それはよかった。腕のいい鍛冶師を探した甲斐があったよ」
「ありがとうございます、レナート」

その日の晩餐である。妃殿下はいつになく艶やかな笑みを陛下に向けた。多分その脳裏に思い描いているのは先程の鏡なのだろうが、それでも陛下は嬉しそうだった。妃殿下の喜びが自分の喜びだとでも言わんばかりである。
ベルタには分からない。自分が想う相手からは、同じように想われたい。同様に、こんなにも美しく賢く地位のある方から愛されて、全く別の方向に愛を注いでいる妃殿下も理解できない。
ベルタが不信感を抱き始めた頃、国王陛下の生誕祭の時期がやってきた。

「フェデリカ、それはこっちに入れるんだよ」
「あえっ」
「一度他のものに注意しながら出してしまおうか」
「申し訳ありません.......」

どうして厨房に国王夫妻がいるのだろう。
ベルタは厨房の片隅に佇みながら思った。ベルタの目の前で陛下と妃殿下が何やらお菓子を作っている。器用に進めていく陛下と違い、妃殿下の手つきは危なっかしく、既に何度も失敗している。

「陛下と妃殿下は何を作っていらっしゃるのですか?」
「フルーツタルトですって。妃殿下がお好きみたいで、去年もこうして作っておられたわ」
「そうなのですね」

ベルタは不思議な気持ちでふたりを眺めた。料理なんて、王侯貴族には縁のないものだ。それをこも国の王夫妻がやっているなんて、どこか信じがたい。いつも澄ましている妃殿下が慌てているのがなんだか可愛らしい。包丁で指を切り落とすのではないかと、随分はらはらしたが。

「できた!」
「お疲れ様、フェデリカ」

出来上がったタルトは歪だが、フルーツの質がいいせいかおいしそうに見える。

「いえ、殆どレナートにやってもらったようなものですし。レナートこそ、執務が大変だったと聞きましたが、お疲れではありませんか?」
「一緒に作れて楽しかったよ」
「ならよかったです」

その時、妃殿下は淡く微笑んだ。鏡に向けていたのとは熱量が違う、けれど確かな笑みだった。

「切ってしまいましょうか」
「やるよ。君は指を切り落としかけた前科があるからね」
「少しは成長したはずですよ」
「出来立てのタルトに血をつけたいと言うのなら止めはしない」

たわいもないことで言い争うふたりを見ていて、唐突に、腑に落ちた。
妃殿下の一番は研究なのだろう。けれど同時に、陛下への愛も育っているのだ。きっと気づいてはいないのだろうけれど。
——きっと、妃殿下が私も好きです、と言う日は近いだろう。
タルトを互いに食べさせ合うふたりを見て、ベルタは微笑んだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ベルガー子爵領結婚騒動記

文月黒
恋愛
その日、王都より遠く離れたベルガー子爵領は、俄かに浮き足立っていた。 何せ、ついに領民一同が待ち望んでいたベルガー子爵の結婚相手がやって来るのだ。 ちょっとだけ(当領比)特殊な領地の強面領主に嫁いで来たのは、王都の男爵家の末娘・マリア。 だが、花嫁は領主であるベルンハルトの顔を見るなり泣き出してしまった。 最悪な顔合わせをしてしまったベルンハルトとマリア。 慌てるベルンハルトの腹心の部下ヴォルフとマリアの侍女ローザ。 果たしてベルガー子爵領で彼らは幸せを掴めるのか。 ハピエン確定のサクッと読めるギャグ寄り恋愛ものです。

旦那様、彼は仕事において必要不可欠なパートナーなのです

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵夫人フルールは、夫である伯爵と愛人の秘書に長年頭を悩ませていた。 何度夫に苦言を呈しても「彼女は仕事において必要不可欠なパートナーだから」と一切聞く耳を持たない。 困り果てていたそのとき、彼女は突然前世の記憶を取り戻した。 このままだと夫と愛人の真実の愛の犠牲になってしまう。 それだけは御免だ。 結婚五年目にして、彼女はようやく夫を見限り、新たな事業を立ち上げた。 そして事業を成功させたフルールの隣には、いつも同じ男が立っていた。 その男は誰なのかと問い詰める夫に、フルールはニッコリ笑って言った。 「彼は仕事において必要不可欠なパートナーなのです」と。

側近女性は迷わない

中田カナ
恋愛
第二王子殿下の側近の中でただ1人の女性である私は、思いがけず自分の陰口を耳にしてしまった。 ※ 小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。 再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。 妻を一途に想い続ける夫と、 その想いを一ミリも知らない妻。 ――攻防戦の幕が、いま上がる。

破滅フラグを回避する為に完璧な淑女になったはずが、何故私は婚約者の兄にライバル視されてるんですか!?

弥生 真由
恋愛
 6歳の誕生日に王国きっての神童と名高い王子様から求婚されたカナリアは、自分が転生して乙女ゲームの悪役令嬢になったことを自覚した。このまま行けば未来に待つのはテンプレートな婚約破棄と国外追放!そんなの困る!  そこでカナリアは考えた。 『だったら今から頑張って、ヒロインはもちろん誰も代わりが勤められないくらいの完璧な淑女になればいいんだわ!』  そうして月日は流れて15歳。ゲーム開始の直前となり、誰もが憧れる高嶺の華にまで上り詰め『さぁヒロインさん、いつでもかかってらっしゃいな!』と迎え撃つ気満々でいたカナリアに『お前は完璧な王子の婚約者にふさわしくない!』と勝負を挑んできたのはなんと……!?

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

貴方の願いが叶うよう、私は祈っただけ

ひづき
恋愛
舞踏会に行ったら、私の婚約者を取り合って3人の令嬢が言い争いをしていた。 よし、逃げよう。 婚約者様、貴方の願い、叶って良かったですね?

処理中です...