ダブルボディガード

佐倉華月

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第三章

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 ルミエールの休業が明けて日常の生活に戻った翌日は、昼過ぎから今にも雪の降りそうな厚い雲が空を覆っていた。

 レイナとミユウを自宅へ送り届けた深夜の帰り道、車が赤信号で止まったところで悠利が小さく欠伸をした。

「めずらしいな。眠いのか」

「少しな」

 この三日間ほどで、夜はしっかり眠るという習慣ができてしまったらしい。

「最近、今までになくよく眠れていたからな」

「それって俺と一緒に寝てるからか?」

 冗談ぽく言った快に、悠利がふっと笑う。

「そうだな」

 声を上げて笑うようなことはないものの、彼はたびたび笑顔を見せるようになった。

 そのせいだろうか。このごろ雰囲気が柔らかくなったように感じるのは。

「お前は最近悩んでいるな」

「え、俺?」

 運転中にも関わらず、快は思わず悠利のほうへ顔を向けてしまった。

「お前はわかりやすいからな。隠していてもすぐにわかる」

「別に隠してるわけじゃ」

 言いかけて、快が一度言葉を止める。

「いや、まあたしかに悩んでるっていうか考え事はしてるけど」

「同じことだろう」

「違うだろ、微妙に」

 何を考えているのか、とは聞いてはこなかったので快も言わなかった。

 アパートの駐車場に戻ってくると、榎本探偵事務所の部屋には明かりがついていなかった。

「あれ、亮次さんいないのかな」

 深夜三時のこんな時間に出かけているなんてめずらしい。

 車を降りてアパートの部屋に入ったものの、やはり亮次がどこへ行ったのか気になって、連絡を取ってみようと
コートのポケットを探った。

 だがそこに入っていると思っていた携帯電話がない。

「あ、車に携帯忘れたかも。ちょっと取りに行ってくる」

「それなら俺も一緒に」

「いやいや、すぐそこだし。寒いから部屋にいろよ」

 快は先ほど脱いだばかりの靴を履いて玄関のドアを開けた。すると目の前を小さな白い粒が通り過ぎていく。。

「うわ、雪降ってる」

 細かな雪が冷たい風に舞っている。

 快はコートの襟元を引き寄せながら階段を下りた。そこで事務所の明かりがついていることに気づく。

(あれ、亮次さん帰ってきたのか?)

 しかし快が部屋に入ってから携帯電話を忘れてもう一度出て来るまで、数分ほどしか経っていない。

 少し不思議に思いながら、快は事務所のドアを開けた。

 部屋に亮次の姿はなかった。代わりに亮次の机のところからはっとした顔で振り返ってきたのは朋希だった。

「お前、なんでこんな時間に」

 するとすかさず朋希がたずね返してくる。

「あんた、なんでここに。さっき部屋に戻ったはずじゃ」

「車に携帯を忘れて取りに来たんだよ」

 どうやら彼は、快と悠利が部屋に入ったのを見計らって事務所に侵入したようだ。

「で、うちに何の用だ?」

「それは……」

 言葉を詰まらせたまま黙ってしまった朋希に、快が言う。

「無断での侵入は犯罪だぞ。ついでになんか盗もうとしてたなら」

「盗もうとなんてっ……」

 言い返そうとした朋希の勢いはすぐにしぼんだ。

「……ちょっと、しようとしてましたけど」

「正直だなお前」

 どうやら彼は嘘が苦手な性格らしい。

「うちで雇ってる探偵が言ってたんですよ。見つからない初音家の箱はあんたやここの所長が隠し持ってるんじゃないかって」

「は? なんで俺と亮次さんが」

「だって本家と関わりがあったじゃないですか」

「確かにそうみたいだけど、こんなところに箱なんかねえって」

「どうでしょうね。少なくとも僕はあなたよりも探偵のほうを信じてますから」

「そう言われてもないもんはないし、万が一あったとしても無断で持ち出したら警察沙汰だろ」

「あなたに警察沙汰とか言われたくないですね」

「なんだよそれ。どういう」

「殺したんですよね。両親を殺した犯人を」

 発せられた思いがけない一言に、快の言葉が止まった。

「いくら両親が殺されたからって、殺したら同じ人殺しじゃないですか。そんな人が悠利さんと一緒にいるなんて、僕は絶対に認めませんから」

 朋希が事務所を出て行くのを止めることはできなかった。亮次の机の引き出しは、彼が開けたままになっている。

 盗まれたものはないか、確認することもせずに快はその場に立ちつくした。奥底に仕舞い込まれていた過去が押し寄せてきて、動くことができない。

「快?」

 声がして振り返ると、いたのは亮次だった。

「どうした、何か用でもあったか? 悪いな、ちょっとコンビニに行ってて」

「あ、いや……」

「ん?」

 快が言いあぐねているうちに、亮次が開けっ放しに引き出しに気づいた。

「なんで引き出しが開いてんだ? なんか探しもんでもしてたのか」

 だがその問いかけは快の耳には届いていなかった。何を言えばいいのかわからないまま頭の中では朋希の言葉が回り続けていて、足元が揺らぎそうになる。

「快」

 はっと気づくと、目の前には心配そうな亮次の顔があった。

「なんかあったのか」

 亮次は、快の過去を全部知っている。

 だから話しても大丈夫なはずなのに、言えない。

「なんでもないよ。ちょっと車に携帯忘れて取りに来ただけだから。じゃ、おやすみ」

「え、おい」

 呼び止めようとした声に振り返ることなく、快は事務所を出て行った
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