一途くんの、失恋物語。

イヌノカニ

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初稿

お兄さん24歳 一途くん18歳

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ベージュのセーターに、黒いスカート。お兄さんは髪色をブロンドから黒色にして一つに結んでいた。スカートを履いている事には変わりなかったけれど、いつもと違ってスカートか、ズボンなのか、分からないような物を履いていて、いつもだったら女の人にしか見えなかったお兄さんも、今の姿だったらきっと、女の人か、男の人か分からないと言う人が出て来るだろう。

十六歳のあの出来事以降、お兄さんは変わった。
お兄さんはアルバイトを辞めて、僕らが出会うきっかけになった、あのカードの会社で契約社員として働き始めたらしい。通販サイトの運営に関わっていると教えてくれた。いつもはすぐに辞めるのに、もう二年も働いている。やっと、高校を卒業することが出来るのに、お兄さんがまた、僕よりも何歩も、何歩も先を歩いて、大人になってしまっている事に焦る。

「もう一途くんも高校を卒業するのか、早いな。」
「はい。僕、来年には、あと少しで高校を卒業します。あの、卒業したら……」

言いかけた言葉が続けられなかったのは、ドカッと音を立てて、僕の目の前、――お兄さんの隣に見知らぬ男の人が座ったからだ。

「はぁ?なんでここにいんだよ。」
「胸に手を当てて、自分の素行の悪さを思い出してみろ。」

お兄さん不貞腐れたように言っているのに、顔はほんのり赤く照れている様子だった。その男の人への態度が、今まで見て来たどんな人とも、僕とも違うもので、嫌な予感がした。ドクリと心臓が嫌な音を立てた。その男の人は僕を睨みつけるように見た後すぐに、胸ポケットにあったお兄さんから貰った万年筆に気が付くと、ハッとしたように「君が……」と呟いた。その後すぐに姿勢を正して僕に言った。

「無礼な態度を取ってしまってすまない。初めまして、君が一途くんだね。彼からよく話を聞いています。私は彼とお付き合いをさせてもらっている―――

その人は名乗りながら、名刺を取り出して僕に渡した。そこには、その人の名前と、あのカード会社の名前と、営業部と書かれていた。言われた言葉が上手く呑み込めずにいるのに、どこか頭は冷静で、目の前に現れた男の人を観察していた。
この人は、休日だというのにスーツを着ていて、僕が持ったことのないような皮の鞄と、何かの紙袋を持っていた。働いている、大人の、あと少しで高校を卒業して大人になれるような気がしていた僕とは、全く違う、大人の人だった。
「面倒な奴が何人かいただけで、とっくに遊んでねぇーよ。」と、また不貞腐れるように言うお兄さんの纏う空気は、どこか穏やかだった。今まで見かけた、どんな男の人とも違う人なんだという事が、痛いくらいに分かってしまった。そして、お兄さんが今、少し緊張した面持ちで指をクルクルと回して、僕の反応を恐る恐る待っている事も分かっていた。ぐっと机の下で拳を握りしめて、涙を堪えながら言う。

「あのっ、お兄さんは、お兄さんはっ、貴方の前では、男の人の格好、―――ありのままの姿でいられますか。」

目の前にいた男の人は真剣な表情で、一言「あぁ。」と答えた。
その言葉を聞くと、緊張の糸が切れたかのように肩の力が抜けて、自然と涙が一粒落ちていった。

「よかったっ、よかった。よかっ、たっ、よかった……」

堪えていたはずの涙は一度流れてしまうと止まってくれなかった。よかった、よかった、と繰り返し言って泣いている僕を、心配してくれるお兄さんに、安心してもらえるように大丈夫だよと笑う事も出来ずに、僕は何度も、何度も、涙を溢しながら、よかったと言った。



お兄さんたちから結婚式の招待状を受け取ったのは、あれから、そう遠くない日だった。それからまた時間が経って、僕が高校を卒業して、大学生になる前の温かな春の日に、森の中にある教会風の小さな撮影スタジオで、お兄さんたちの結婚式は行われた。お兄さんの旦那さんとなる人の知り合いが運営しているらしく、快く貸してくれたらしい。

小さな黄色い花が芽吹き、優しい風が二人を祝福するかのように通り抜けた。
穏やかな日差しに反射して二人の服がキラキラと輝いている。二人の晴れ姿は、きっと僕がこれから先に見る、どんなに美しい景色よりも僕の心に深く残るだろう。
誓いのキスを交わして、嬉しそうに二人で顔を見合わせて笑っている。
僕のずっと見たかった、お兄さんの笑顔が見られた。
――二人とも、純白のタキシード姿がよく似合っている。

挙式が終わると、ドリンクや食べ物が運ばれてきて今はパーティーのように色々な人たちがお兄さんたちを囲んで話している。知り合いがお兄さんたちの他にいない僕は、邪魔にならないように日陰のほうへ行って、空を見上げる。いい天気になって良かった。そんな僕に気が付いて、お兄さんが声を掛けにやって来てくれた。

「今日はわざわざ来てくれて、ありがとうな。一途くん、スーツ凄く似合ってる。」

今日は、お兄さんに見てもらいたくて、大学の入学式で着る予定のスーツを着て来た。お兄さんは僕の成長を嬉しそうに笑ってくれた。

「お兄さんも、タキシード、すごく、すっごく、似合っています。」

スーツの内ポケットから、いつも渡しているシルバーのラメが入った便箋に入った手紙と、僕は初めて会った時にもらった、あのレアカードを取り出した。お兄さんは驚いた顔をしていた。

「お兄さんへ渡している手紙、このカードをイメージしていたんですけど気付いてましたか。」
まだ驚いた表情をしているお兄さんに手紙を渡す。
「僕は一途だから、これから先のカッコいいは彼に全部あげたと思っていたけれど、違いました。今日のお兄さん、キラキラこのカードみたいに輝いていて、誰よりも、素敵で、世界で一番、カッコいいです。お兄さん、大好きです。どうか、あの人と一緒に、ありのままのお兄さんで、幸せになってくださいね。」

お兄さんは、今にもこぼれ落ちそうな涙を堪えるように、くしゃくしゃに顔を歪めて、僕を強く抱きしめた。

「俺、一途くんの前では格好つけてて、全然良い大人じゃなかったのに、ガキだったのに、大人なフリをしてて、でも、一途くんが俺の事、こんなダメな俺の事、素敵だって、真っ直ぐ伝えてくれたから、いい大人になろうと思えたんだ。ありがとう。一途くんがいなかったら、こんな幸せ手に入らなかった。いっぱい、いっぱい、俺、一途くんに救われてきた。ありがとう。」

今日は泣かないって決めていたのにな。
また優しい風が吹いて、小さな黄色い花々や木々が穏やかに揺れる。抱きしめられた時に、お兄さんからミントの香りも、苦い香りもしない事に気が付いた。僕もそっと、お兄さんを抱きしめ返して、それから二人で、しばらくのあいだ泣き続けた。
そんな僕らに気が付いた、お兄さんの旦那さんが迎えに来て、お兄さんは彼に手を引かれて日陰から陽だまりが当たる方へ歩いて行った。二人は少し歩くと、僕の方を振り返って「一途くんもおいで」と声を掛ける。僕も笑って、陽が当たる方へ大きく一歩を踏み出した。

二人の笑顔を見ていると、温かな気持ちでいっぱいになる。
僕にもきっと、これから先、お兄さんと出会ったから気付ける幸せがあるだろう。

あぁ僕は、お兄さんを好きになって良かった。

これで僕の失恋
――ううん、初めて一途に恋をした物語は、ここで終わりだ。
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