レプリカのキスじゃ、呪いは解けない。

イヌノカニ

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レプリカのキスじゃ、呪いは解けない。

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いつの間にか、雨は土砂降りに変わっていたらしく、外から聞こえてくる雨音は激しくなっていた。

カーテン越しにチカッと光が入り込んで、そのすぐ後に、地面が揺れるほど大きな音が聞こえてくる。雷が近くに落ちたんだろう。

「先輩っ!」

雷の光に一瞬だけ照らされた美森の姿は、全身びしょ濡れだった。

「な、なん、で、えっ、だって鍵、」

「開いてましたよ。そんなことよりも先輩、俺の質問に答えて下さい。その気持ち悪い人形に、何をしようとしたんですか?」

「な、何って、」

聞いたくせに答える暇なんて与えないくらい、美森はすぐに苛立った様子で言う。

「先輩、キスしようとしてましたね?コイツに。」

ガッと足蹴りされて、フィギュアは机の上から落とされた。

「なんて事すんだよ!」

創人のフィギュアについて嬉しそうに語る姿が思い浮かぶ。
アイツがどれだけ、情熱をかけて作ってくれたと思ってんだよ。
俺は知っているからこそ、見てきたからこそ、こんなことをした美森が許せなかった。

慌ててフィギュアを拾い、くまなく見ていく。
良かった、傷は付いていないみたいだ。
あれ、でも目の辺りが濡れているような……。

「なんで!」

その声に驚いて、フィギュアに集中していた意識を美森にうつした。
美森……?

「なんで、なんで、そんな物に……、あぁ、そっか、アイツのせいか。アイツが先輩に呪いを掛けたんだ。その人形が呪いの人形なんだ。」

体を震わせながら、力いっぱい握っている手からは血が滲んでいた。
ポタポタと髪から落ちる雫に構いもせずに、俯いてブツブツと何かを言っている美森は、いつもと様子が違う。

こんな美森は見たことがなくて、さっきまでの怒りよりも、心配の方が大きくなってしまった。

「美森、どうした大丈夫か。絆創膏……いや、とりあえずタオルを持ってくるから、そこで待っ、いっ……!」

洗面所まで行こうとしたら引き止めるように、腕を強く掴まれた。
まるでもう逃がさないって言われているような、公園の前で掴まれた時とは比べものにならない強い力だった。

「先輩は人を愛した事はありますか?」

「急に何の話……」

「先輩は誰にでも優しいから、分からないでしょうね。一人の相手を、こんなにも狂おしく想う気持ちが……!」

美森は苦しそうに顔を歪めて、胸元を握りしめながら言う。

「アイツだってそうだ、俺から先輩を奪った!もっと強くいけば良かった!フィギュアばっかり作ってるオタクだと思って油断した!
クソっ、クソっ、クソっ!アイツだって俺と同じように、先輩しかいないって思っても不思議じゃないのに。
先輩を自分のものだけにしようと呪いを掛けたんだ!俺だったらそうする!」

切羽詰まったような、必死の形相で叫ぶように言う美森は苦しそうだ。美森が苦しいなら、どうにか助けたいけれど、さっきから言っていることがよく分からない。

「呪い?何言ってんだよ。とりあえず落ち着けって、なっ?」

「あぁ、そっか。呪われている自覚がないんだ。やっぱり俺が先輩を助けないと。

……そうだ、キス。
キスをすれば良いんだ。

小さい頃にイトコに見せられた物語があったんです。
真実の愛とか言ってキスをすれば、全てが解決してハッピーエンドを迎える物語で、なんてツマラナイんだろうとか思ってたんですけど、あれは俺と先輩のためにある物語だったんですね。

先輩は忘れているでしょうけれど、俺と先輩、何回もキスしているんですよ。

先輩は簡単に誰とでも仲良くなっちゃうから、きっと勘違いした奴らに呪いを掛けられていたんだ。その度に、きっと俺が!あの時も!あの時も!あの時も!呪いを解いてたんだ!」

呪い……?
忘れている……?

どういうことか詳しく聞こうと思っても、きっと今の美森じゃ無理だろう。

どうにか落ち着かせないと。
なるべく優しい声で名前を呼びながら、俺を掴んでいる美森の手に、自分の手を重ねようとした。
その瞬間、床に勢いよく押し倒された。

「痛っ、」

背中に走る痛み。床の冷たさ。
顔を上げると、背筋がゾッとしてしまうくらい、恍惚とした笑みを浮かべた美森と目が合った。

眼鏡を乱暴に外し、俺の頭に手をまわすと、かぶりつくように口を重ねてくる。
いつもとは全く違う、熱いキスだった。

雨の音に混じって聞こえる水音。
何度も角度を変えて合わさる唇の隙を探して、必死に名前を呼ぶ。
居酒屋で、人気のない夜道で、何度も重ねてきた冷たい唇の先に、こんな熱いものがあるなんて知らなかった。

――好きだ。
美森の事が、好きだ。
ずっと、こんなキスをしてみたかった。

頭がぼんやりと熱に溶かされていき、もっと美森を知りたくなって、背中に手を回そうとした瞬間、手を止める。
霧が晴れていくかのように、美森と彼女が楽しそうに笑い合っている姿が思い浮かんだ。

ハッとして美森の舌を思いっきり噛むと、そのまま思いっきり突き飛ばす。

「ふざけんなっ!彼女がっ、いるくせに、キスなんかすんなっ!」

はぁはぁと息を整えながら睨みつけたが、美森には全く響いていないようで、口から垂れた血を拭いながら、冷たい目でジッとこちらを見てくる。

「痛いなあ……、大人し……
…………………………ん?彼女?」

……。
えっ、なにその顔。
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