只の歌詠みと侮る勿れ ~関ヶ原逸聞伝・弐~

佐倉伸哉

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三 : 困った息子

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 会談を終えて大坂へ向かうべく屋敷を出ると、思わぬ人が待っていた。――如水である。
「幽斎殿、お急ぎですかな?」
 ニコニコと笑みをたたえながら投げ掛ける如水。相手の意図が読めず幽斎は警戒心を抱く。
「これから大坂へ向かいますが……」
「それはちょうど良かった。宇治川に船を待たせておりますので、ご一緒に如何いかがですか?」
 これ幸いと如水は誘ってきた。宇治川は大坂湾へ流れるので伏見から大坂まで楽に移動が出来る。そして何より、乗船可能な人員は限られる上に川沿いに声が届く事は無いので密談に適していた。足が不自由で輿こしの移動になる事が多い如水があらかじめ手配していたと思われるが、あまりにも都合が良い展開に疑いの目を向けてしまう。
 しかし、幽斎にとって願ってもない話でもある。馬なり輿なり移動するより船の方が早いし楽だ。如水が何を企んでいるか分からないが、時間短縮の利は大きい。
「いいですよ。船旅も風情ふぜいがありますからな」
 こころよく応じた幽斎に、うんうんと頷く如水。船着き場まで幽斎は馬で、如水は輿で向かう。
 船に乗ったのはそれぞれ供が一人、それ以外の者は陸路で大坂へ向かう。大坂の降り場で受け入れの者を用意させる為に長岡家の方は早馬を出さねばならず、幽斎は心を痛める。
 発進して暫くは流れく風景を揃って眺めていたが、やがて如水の方から口火を切る。
「ウチの息子は困ったものです」
「困った、とは?」
 予想外の発言に反復する幽斎。それに対し、フウと溜め息を吐いてから如水は続ける。
「いやなに、普段はよく考えて行動するような性格なのですが、一度ひとたび戦場いくさばに立ちますと敵へ突っ込む猪武者に豹変ひょうへんしまして……親としてヒヤヒヤしております」
「ははは。我が家も似たようなものでして。戦場いくさば独特のに当てられてか、目の前の敵へ一直線にございます。大将たる者、もっとどっしりと構えてもらいたいのですが」
 如水のぼやきに幽斎も同意を示す。忠興は嫡男が居るものの、長政にはまだ男子が居ない。嗣子しし不在のまま討死・後継不在で改易なんて笑い話にもならない。気が気でない如水はさらに言葉を紡ぐ。
今時いまどきの若いもんは戦を知らん。兵と鉄砲さえ多く揃えれば勝てると思っている節がある。異国の地で苦しい戦いを味わったから多少なりとも考えを改めたかと思えば、そうではない。如何いかに知恵を絞り、工夫をらし、少ない兵で勝つか。そうした視点に欠けておる」
 その苦言に、幽斎も深く頷く。
 長政も忠興も“大名になってから”家督を継いでいるので、親世代から苦労を知らないように映る。寡勢かせい多勢たぜいの敵を退しりぞける、味方の助けが来るまで堪え忍ぶ、敵に打撃を与える為に策を巡らす、そうした“将の技量”こそ戦の醍醐味と如水は語る。播磨の国人だった小寺家の家老として、羽柴・豊臣家の躍進を支えた知恵袋として、その人生をささげてきた如水の言葉は重たい。そしてまた幽斎も何者でもなかった覚慶を公方へ押し上げ、他の者の手を借りながらも丹後半国を治めるまで辛苦を重ねてきた。苦労の連続だった前半生を過ごした幽斎も如水の歯がゆさはよく分かる。
 だが、次に発した如水の言葉に、幽斎は思わず息を呑んだ。
「これなら、儂でも天下を獲れる」
 も当然のように、空気を吸うが如く告げる如水。それから「幽斎殿」と水を向ける。
ちまたではやれ“内府”だ“治部”だと騒ぎ立てておるが、別に誰かが割って入っても何の問題もなかろう。戦国乱世を渡り抜いてきた者は大なり小なりそうした気概きがいを持っていた筈が、今は皆牙を抜かれ飼い馴らされておる。こんな奴等、儂の敵ではない」
 自信満々に語る如水の表情は、実に活き活きとしていた。例えるなら、水を得た魚のようだ。老いてなお軒昂けんこうとは何ともうらやましい気分に幽斎はなる。
 他人事の気分だった幽斎に、ギラリと怪しい光を帯びた目を向ける如水。
「幽斎殿もそうではござらんか?」
「……とは?」
 発言の真意を図りかねる幽斎がとぼけるが、如水は逃すまいと畳み掛ける。
「この機に乗じて、自らの武名をげようとされておる。そういう魂胆がおありでは?」
 核心を突いてきた如水に、口をつぐむ幽斎。下手に何か言えば誰にも明かしてない胸中を悟られる恐れがある。川沿いの風景に目をるフリをしながら思案を巡らせ、言葉が整ってからゆったりとした口調で返す。
「……まさか。こんな老いれに何が出来るとお思いか。人手が足りず駆り出されただけ、買いかぶり過ぎですよ」
 努めて自然に振る舞う幽斎に、表立った反応を示さない如水。「そうですか」と短く述べるだけに留めた。幽斎の真意を読んだか読めないか分からぬまま、関心を失った如水は話題を転じた。その後は当たり障りのない話が続き、大坂の船着き場に到着した。
 先にりようとする幽斎へ向け、如水が声を掛けてきた。
「隠居した者同士、やれるだけの事はやりましょうぞ」
 意味深な発言に幽斎は曖昧あいまいな笑みを浮かべ、用意させた馬にまたがる。幽斎が無言で会釈すると、如水は人のい笑顔で手を振り応じた。
 この緊迫した状況に家康も利家も戦を望んでなかった事から、忠興達を中心に仲裁へ動いた。二月二日、家康と四大老五奉行の間で誓紙が交わされ、一先ひとまず戦は回避された。
 家康と利家はそれぞれの屋敷を訪れ融和《ゆうわ》の雰囲気を周囲に示したが、利家は日に日に衰弱しているのは明らかだった。そして――慶長四年うるう三月三日、前田利家死去。享年六十二。かつて“うつけ”と呼ばれ奇行が目立つ信長とつるんでいた“傾奇者《かぶきもの》”は人々に愛され、天下人にも後輩にも慕われた生涯だった。
 家康と張り合える唯一の存在の死で、たがが外れた面々が豊臣家を揺るがす大事件を起こす。日頃から鬱憤うっぷんの溜まっていた武断派の面々が三成を討つべく行動に移したのだ!

 その報に接した幽斎は、呆れていた口がふさがらなかった。
 確かに、三成は秀吉の威光を背景に居丈高いたけだかな態度や冷淡な物言いで周囲の反感を買っていたし、幽斎自身も好きではない。かと言って、気に喰わない奴を殺してしまおうなんて、法も規律もあったものではない。これでは単なる私怨しえんによる蛮行ばんこうだ。情けない事に、この愚行に忠興も加わっているなんて……。
(幾ら短気でも自制するくらいの思慮はあると思っていたのに、な)
 頭を抱える幽斎。それもその筈で、行動だけでなく時機も場所も最悪である。
 豊臣家の重鎮で大老の一人だった利家が世を去った当日、本来なら喪に服すべきなのに真逆の事をしてどうする。おまけに秀頼公の居座おわす大坂での騒ぎ、これで仮に石田がたが戦う構えを見せれば抗争に発展してしまう。軽くて蟄居ちっきょ減封げんぽうむ無し、最悪改易も有り得る。それくらいの重罪になると何故分からないのか!? と百雷を落としてやりたい。
 伝え聞くところでは、三成襲撃の参加者は加藤清正・福島正則・池田輝政てるまさ・細川忠興・浅野幸長ゆきなが・黒田長政の七名(史料で変更あり)。大方おおかた大酒呑みの正則が三成の不平不満をぶちけてたら火が点き、勢いそのまま決行した……といったところか。幽斎が気になるのは長政が居る点だ。武断派の頭目格の清正も(頭に血が上ってなければ)知的な面を兼ね備えるが、長政は先立って名前の挙がった七名の中で一番理知的な性格の持ち主。言い換えれば、打算が働く。誰かの意思で止めるのではなくけしかけた? とも勘繰かんぐれる。では、誰の指図か。父の如水? いや、如水は混沌とした盤面を望んでいる節があるから、むしろ家康か。利家が亡くなった状況で噛み付いてくるのは三成だけ、その三成さえ除けば家康は敵なしだ。もし七名が失敗しても家康は『世を騒がした』として処罰すれば済み、文字通り“蜥蜴とかげ尻尾しっぽ切り”である。どちらに転んでも家康に損はない。
 幽斎は長岡家にとがが及ぶ事の無い事を祈りながら、この大事件の顛末てんまつを静かに見守るしかなかった。
 片や、三成の方も事前に襲撃を知らされ屋敷から避難、最終的に伏見城内の治部丸屋敷へ逃れた。伏見は家康の管轄下で、七名は翌日に家康へ三成の身柄を引き渡すよう迫るも拒否。『悪いようにしないから』と言い含め七名を下がらせた。後日、『秀頼公のお膝元を騒がせた罪は重い』とし三成は奉行職を解かれ、隠居し佐和山で謹慎する処分を下した。
 何かとうるさい政敵を退場させた家康は、大老筆頭の地位を濫用らんようし専横を極めていく。
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