只の歌詠みと侮る勿れ ~関ヶ原逸聞伝・弐~

佐倉伸哉

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四 : 発露される底企

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 閏三月に事件があって以降、政情は安定していた。家康の存在感は日に日に増していた。
 その家康が、“重陽ちょうようの節句”に合わせて九月七日に上坂するという。
「此度も、内府様は何か仕掛けますかね?」
 大坂にある細川屋敷の茶室で、てた茶を出しながら訊ねてくる忠興。先日の三成襲撃の件では軽挙妄動けいきょもうどうを幽斎から厳しく叱責されたのもあり、最近は大人しくしている。
 この茶室も忠興の創意工夫が凝らされ、師の利休とは別の道を歩もうとする思いが随所に感じ取れる。真似や模倣もほうの域から脱却してない凡人も多い中、その枠からはみ出そうとする心意気はいい。こういう面がまつりごとや性格に反映されればと幽斎は常に思う。
「さて、どうだろうな」
 言いながら、茶碗を受け取る幽斎。普段は京に暮らす幽斎も、御伽衆として“重陽の節句”に合わせて大坂にやって来ていた。
 幽斎も千利休の師匠・武野たけの紹鷗じょうおうから茶の湯の作法を教わった茶人だ。足利義輝や今井宗久・松永久秀など鬼籍きせきに入った門人もんじんも多い中、流行している利休の“侘び寂び”とはまた違った捉え方の幽斎から茶の湯を学ぶ者も居た。
 茶碗を口に運ぶ様、飲み終えた茶碗を置く所作、一貫して凛としている。息子とは言え茶人として名を馳せる忠興に、幽斎も真っ向から相対あいたいした恰好だ。
「お主が内府様の立場なら、如何いかがする?」
 空になった茶碗を差し出しながら、問い掛ける幽斎。受け取った茶碗をすすぎ、布巾ふきん水気みずけを拭き取った忠興はポツリと漏らした。
「……大坂へ移る、でしょうか」
 その答えに幽斎は無言で頷く。茶碗に新たな抹茶を入れ、柄杓で少量の湯をそそぐ忠興。
 茶を練る忠興に、幽斎は声を掛ける。
「どうして、そう思った?」
「大坂には秀頼公という“ぎょく”がございます。まつりごとを太閤殿下からゆだねられた内府様にとって、喉から手が出る程に欲しいことでしょう」
 茶筅ちゃせんを回しながらスラスラと述べる忠興に、うんうんと首を縦に振る幽斎。
 ただ、予想は簡単でも実現には壁がある。
れど、太閤殿下の遺命に背きますぞ」
 練った茶へ湯を注ぐ忠興が、懸念を述べる。
 自らの死後に家康が天下獲りに動く事は秀吉も想定しており、対策を講じていた。まつりごとを担当する家康は伏見に留まり、幼君秀頼から隔離する方針をった。もし家康が大坂へ乗り込もうとすれば傅役の利家が阻む考えだったが、その利家が半年足らずで秀吉の後を追うように死去した事は最大の誤算だ。
 点てた茶を父の前に差し出すと、うやうやしく受け取った幽斎はサラッと答えた。
「さて。内府様がどう動かれるか、見物みものだな」
 他人事のように発すると、茶を喫する。口の中に広がる茶の苦味や甘味を、幽斎は時間を掛けてゆっくりと堪能していた。

 慶長四年九月九日、大坂城に出仕した家康は秀頼と対面。重陽の節句の祝意を述べた。
 用事を済ませてからも大坂に留まり続けた家康は、秀吉の正室・北政所から西ノ丸を譲る旨の提案を受けた。北政所は秀吉が晩年京に滞在する為の城(通称“京都新城”)へ転居し、空いた西ノ丸に家康が入った。これで家康は大坂に腰を据える基盤を手に入れた。
 それから間もなく、俄かに信じがたい情報が飛び込んできた。重陽の節句に合わせて上坂する家康を暗殺する計画があったというのだ。実行役は大野治長・土方雄久かつひさ(“よしひさ”とも)、指示役は浅野長政。十月二日に処分が発表されたが、ここで驚愕の事実が明かされた。先述した三名を前田利長が黒幕で裏からあやつっていたというのだ!

「まさか、あの加賀“権中納言殿ごんのちゅうなごん”がそんな大それた事を企てていたとは……」
 発表された内容の衝撃にただただ驚く忠興。しかし、そこへ横から声が掛かる。
たわけ。あの御仁ごじんに限ってそんな身の丈の合わない博奕を打てると思うか?」
 事態を知り駆け付けた幽斎からたしなめられ、冷静になる忠興。確かに、縁戚や同じ利休門下もんかの弟子として人となりを知る忠興も、あの方がそんな事をするとは思えなかった。
 前田“権中納言”利長。永禄五年〈一五六二年〉一月十二日生まれで三十八歳。前田利家の嫡男に生まれた利長は信長に仕え、信長の四女(三女・五女の説あり)永姫を正室に娶るなど将来を嘱望しょくぼうされたが、本能寺の変で信長が横死すると利家の麾下に入った。天正十五年の島津征伐では四月一日に堅固で知られる豊前・岩石がんじゃく城を搦手からめて口から攻め、一日で陥落させる事に貢献している。慶長三年には利家から家督を引き継いだ。
 利長の性格を表すと“慎重居士こじ”。危険を冒して勝負に出るよりも、今の規模を維持し後世に託す方を間違いなく選ぶ。前田家八十三万石と過分な扱いを受けているなら尚更だ。
「では、此度の騒ぎは」
「間違いなく、内府様のはかりごとだな」
 断言する幽斎。遂に自らの天下獲りに向けて家康が本性ほんしょうを表したのだ。
 嫌疑けんぎを掛けられた三名の内、雄久は利家の正室・まつの縁者の説があり、浅野長政も嫡男・幸長と利家の五女・与免と婚約を結んだ経緯があり(与免夭逝により破談)、繋がりがある。明らかに前田家を狙い撃ちにした形だ。
「分かっていると思うが、当家も他人事ではないぞ」
「……はい」
 幽斎の指摘に、険しい表情で応じる忠興。
 忠興の嫡男・忠隆の正室は利家の七女・千世。もし家康が前田家追討の軍を起こせば、前田家は縁戚にある長岡家に協力を仰ぐのは明白である。忠興は難しい決断を迫られた。
 奇しくも、本能寺の変直後と酷似している。当時は藤孝が隠居し忠興も玉を隔離した上で中立を保ち乗り切ったが、今回同じ手は使えない。徳川か前田か、選ぶ必要がある。
「もし徳川と前田で争う事態に発展した時、どうするつもりだ?」
「考えるまでもありません。徳川です」
 即答する忠興。幽斎が目で理由を促すと、忠興は訥々と語り始めた。
「第一に。内府様は秀頼公という“ぎょく”を握られてます。国許から前田勢が攻めるとなれば大坂を目指す事となり、『豊臣家へ刃を向ける不届者』と成敗する大義が成立します」
 今年八月、秀吉の容体悪化や畿内の情勢不安から長らく伏見・大坂に駐在していた四大老へ、家康は帰国を促した。転封からろくに領国運営が出来ていなかった上杉景勝、家中に不和が生じている毛利輝元・宇喜多秀家は受け容れ、利長も金沢へ帰国した。不在を好機に利長へ言い掛かりを付けたが、前田家が兵を挙げれば家康が望む戦へ雪崩なだれ込める。
「第二に。同じく大老職にある宇喜多家は再建の真っ只中。助力の余裕などありません」
 宇喜多“権中納言”秀家。元亀三年〈一五七二年〉生まれで二十八歳。権謀術数を駆使し落魄らくはくした家を再興させた“謀聖”直家の嫡男で、その器量を高く評価した秀吉が一時猶子ゆうしにした程だ。その功績や将来性を考慮し二十七歳の若さで大老に任じられた。正室は利家の四女・豪姫で、忠興と同じく縁戚にある。
 ただ、石高に対して直轄領が少なく、天下普請の賦役ぶえきや二度の朝鮮出兵等で財政は火の車。国許を離れる事が多い秀家に代わり改革派が検地や開墾など再建に乗り出すも、それに反発する勢力と亀裂が生まれる。今年一月には反発する家臣が屋敷に立て籠もる事案が発生し、多くの家臣が流出する騒動になった。
「第三に。これが最大の理由ですが……亡き大納言様ならまだしも、中納言殿では内府様を敵に回してまで加勢する者はりません」
 非情とも取れる忠興の発言に、幽斎は無言。沈黙こそ答えだった。
 利家は武断派・文治派双方から信頼され、御家が滅ぶ覚悟で馳せ参じる者も多くり、三成を唾棄する者も恩讐おんしゅうを超えて結集しただろう。それだけの人望や求心力があったからこそ、家康に唯一対抗出来る人物だった。
 ひるがえって、利長はどうか。嫌われてないが、好かれてもない。実直で誠実だが、それだけ。武家は家名と土地を次の代に繋ぐのが第一、義理や好嫌こうおで負ける戦に加われないのだ。
「今回の件、どうなりますかな」
「さて、それは儂にも分からん。意地を貫くか、こうべを垂れるか。見守るしかなかろう」
 あとは前田家当主・利長の胸三寸むねさんずん次第。事の成りきを注視する他なかった。

 あらぬ疑いをかけられた前田家は沸騰するも、利長は弁明の使者として家老・横山長知ながちかを送った。長知はあるじの潔白を主張し、罠にめるのを諦めた家康はある条件を突き付けた。
『ならば、証左しょうさとして芳春院ほうしゅんいんを差し出せ』
 家康の無理難題に、長知は絶句した。芳春院は利家の正室で前田家を大大名に押し上げた功労者だ。蜻蛉とんぼ返りで長知が条件を伝えると、家中は憤激した。利長も一時戦いに出る肚を固めたも、芳春院が『わらわの身で前田家が助かるなら』と応じる構えを見せ、決着した。
 五大老の一角である利長が家康に膝を屈した事実を、世間は驚きをもって受け止められた。
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