【短編小説】四季猫のシロ[日常]

とあるPdM / 短編小説

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四季猫のシロ

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春の陽射しが暖かく感じられるようになったころ、庭のハーブに水をやっていた綾音は、ふと植木鉢の陰にうずくまる小さな生き物に気がついた。「猫……?」白と黒の毛がまだらに混じった猫が、じっとこちらを睨んでいる。耳を伏せ、体を小さく縮めていて、警戒しているのが一目でわかった。

「どうしたの、そんなところで」声をかけても、猫はピクリとも動かない。綾音が近づこうとすると、すぐに植木鉢の向こうへと逃げ込んでしまった。――迷い猫、かな?気になった綾音は、キッチンの棚から買い置きのキャットフードを取り出し、小皿に少し盛って玄関先に置いておくことにした。食べに来るかはわからないけれど、空腹ならきっと見つけてくれるはず。翌朝、皿を確認すると、キャットフードはきれいに平らげられていた。庭を見渡すと、花壇の隅であの白黒の猫が日向ぼっこをしているのが見えた。「おはよう」綾音が声をかけると、猫はちらりと視線を向けたものの、今度は逃げることなく、その場でゆっくりと目を細めた。それからというもの、猫は綾音の家に居つくようになった。朝になると庭の隅に座り、日中はどこかに出かけ、夕方には戻ってくる。綾音がキャットフードを用意すると、少し距離を保ちながらも、猫は律儀に毎日食べに来るのだった。「君は、もうここが気に入っちゃったのかな」綾音はそんな猫に「シロ」と名付け、毎日の訪れが楽しみになっていた。

シロが綾音の家に通うようになってから数週間が経った。最初は用心深く距離を取っていたが、次第に綾音の前でもリラックスするようになり、庭の花壇で気持ちよさそうに丸くなって眠る姿も見せるようになった。ある日、シロが庭の隅から綾音の後をついてきた。最初は気まぐれだろうと気にしていなかったが、郵便局までの道中、少し離れた場所からずっとついてくる。時折、植え込みの影に隠れながら、こっそり後ろを歩いていた。

「もしかして、ついてきてるの?」立ち止まって声をかけると、シロはぴたりと止まり、慌てたように背中を向けて毛づくろいを始めた。その仕草があまりに滑稽で、綾音は思わず笑ってしまった。「じゃあ、一緒に行こうか」そう言って歩き出すと、シロは小走りでついてきた。その日から、シロは綾音の散歩の“相棒”になった。近所の川沿いを歩いたり、商店街の外れにある小さな公園に立ち寄ったり。シロは道端に生えた草の匂いを嗅いだり、風に舞う花びらを目で追ったり、時折立ち止まっては辺りを見渡していた。

「この辺に、こんな花が咲いてたんだ」綾音は、シロが立ち止まるたびに新しい発見をすることに気づいた。春の風が吹き抜ける中、綾音はシロの小さな背中を見つめながら、ふと感じた。――この子が来てから、毎日がちょっとだけ楽しくなったかもしれない。ふと見上げた空は、穏やかな春の色に染まっていた。

夏が近づき、気温が一気に上がり始めたころ。シロはすっかり綾音の家に馴染み、いつの間にか部屋の中で過ごすことが当たり前になっていた。朝、綾音が目を覚ますと、枕元にシロが寝転がっていたり、仕事中は机の端でうとうとしながら丸まっていたり。気づけばシロは、綾音の生活のあちこちに顔を出すようになっていた。そんなある日、事件が起こった。「えっ、何これ……?」台所の床がびしょ濡れになっていた。シンクの蛇口がわずかにひねられていて、水がチョロチョロと流れ続けている。「……シロ、まさか?」視線を動かすと、シロが椅子の上から知らんぷりした顔で毛づくろいをしていた。「やったの、あんたでしょ」問い詰めると、シロは尻尾をぶんぶんと振り、視線をそらした。どうやらシンクに飛び乗ったシロが、偶然蛇口に触れてしまったらしい。綾音は苦笑しながら床を拭き、「もうやめてよね」と声をかけると、シロはふわっと伸びをしてあくびをした。それからというもの、シロのいたずらは増える一方だった。玄関先の靴がいつの間にか並べ替えられていたり、綾音の仕事中にキーボードの上を堂々と横切ったり。「ほんと、手がかかる子ね」そう言いながらも、シロのやんちゃぶりに綾音はどこか嬉しさを感じていた。部屋の隅で遊び疲れて眠るシロの姿を見ながら、綾音は思う。

――この子が来てから、静かだった家がちょっとにぎやかになったな。夏の風がカーテンを揺らし、シロの柔らかな毛がゆらりと揺れた。ある蒸し暑い午後、綾音はリビングのソファで読書をしていた。窓を少しだけ開け、外から吹き込む風がかすかに涼しさを運んできていた。シロは庭に出たまま姿が見えなかったが、最近は勝手に遊んで帰ってくるので、特に気にせず本に目を落としていた。「……ん?」しばらくして、庭からバタバタと音が聞こえてきた。何かが駆け回る音に混じって、葉がガサガサと揺れる音。「シロ、何してるの?」不安になりながら庭に出ると、そこには泥だらけのシロがいた。「ええっ、どうしたの、それ!」シロの白黒の毛は土にまみれ、背中に小さな葉っぱまでくっついている。よく見ると、シロの前足の近くには何かの羽が散らばっていた。

「虫、追いかけてたのね……」シロはまるで誇らしげな顔をして、綾音を見上げた。「そんなドヤ顔しないでよ」綾音はため息をつきながら、ぬるま湯を張った洗面器にシロを抱き上げる。シロはじたばたと暴れたが、「はいはい、大人しくして」と声をかけると、諦めたのか湯の中で不満そうに小さく鳴いた。シロの体を丁寧に拭いてやると、ふかふかの毛が戻ってきた。拗ねたように丸くなったシロの背中を優しく撫でながら、綾音はふと思った。――この子は、自由気ままに見えて、ちゃんと私のそばにいてくれてるんだな。その夜、シロはいつも以上に綾音のそばを離れず、くっつくように眠っていた。「おやすみ、シロ」静かな寝息が聞こえる中、窓の外には夏の星が瞬いていた。

秋の訪れを感じる頃、シロは相変わらず綾音の暮らしに溶け込んでいた。涼しくなったせいか、最近はシロが布団の上で寝ることが増えた。夜、綾音が本を読んでいると、シロが当たり前のように足元に丸まり、ゆっくりと喉を鳴らす。その低く響く音が、綾音にとっては心地よい子守唄のようだった。「ずっとこうしていてくれたらいいのに」ぽつりと呟くと、シロが一瞬顔を上げた。しかし、そんな穏やかな日々は長くは続かなかった。ある日の夕方、綾音が仕事を終えてリビングに行くと、シロの姿が見当たらなかった。「シロ?」庭を探しても、玄関を開けて近くの路地を見回しても、姿はない。「きっと、いつもの散歩でしょ」そう言い聞かせながらも、胸の奥に小さな不安が広がる。夜になっても、シロは帰ってこなかった。「シロ……どこ行ったの……」

懐中電灯を手に、綾音は夜の街を探し回った。路地裏や駐車場の隅、シロがよく寝そべっていた塀の上……どこにもいない。焦る気持ちと、もし事故に遭っていたらという不安が押し寄せる。「お願い、無事でいて……」半ば泣きそうになりながら探し続けたそのとき、物陰から小さなうめき声が聞こえた。「シロ……?」ライトを向けると、暗がりに縮こまるシロがいた。足をかばうようにしてうずくまり、体には泥や葉っぱがついていた。「よかった……本当によかった……」涙をこらえながら、綾音はシロをそっと抱き上げ、その体温に安堵するのだった。「大丈夫、もう大丈夫だからね……」シロを抱きかかえながら、綾音は急いで獣医のもとへ駆け込んだ。診察の結果、シロの右前足に擦り傷があり、軽い捻挫のような状態だった。幸い、大きな怪我ではないと聞き、綾音はようやく胸を撫で下ろした。「驚かせないでよ、ほんとに……」帰宅後、包帯を巻かれたシロは、痛むのかじっと丸まって動こうとしなかった。目はうっすらと開いていたが、心なしか元気がない。

綾音はそっとシロの隣に座り、毛並みに優しく手を伸ばした。指がシロの背を撫でると、シロはわずかに顔を上げ、綾音の手のひらに頭をこすりつける。「帰ってきてくれて、ありがとう……」シロの小さな寝息が聞こえ始め、綾音もその隣で目を閉じた。それから数日間、シロは膝の上が定位置になった。綾音が仕事をしていると、シロは膝の上に丸くなり、喉を鳴らしながらじっとしている。その温もりが、綾音の不安を溶かしていった。

ある日、綾音はふと気がついた。シロの目が、以前よりも優しく綾音を見つめているような気がする。「お前、私のこと、ちゃんとわかってるんでしょ」声をかけると、シロは静かに目を細めた。秋の夕暮れ、庭の木々は赤く染まり、風が冷たくなり始めていた。けれど、膝の上で丸くなったシロの体温は、そんな寒さを忘れさせるほど、暖かく感じられた。――これからも、この温もりがずっとそばにありますように。綾音はシロの背にそっと手を置き、その優しい温もりを確かめるように、ゆっくりと撫で続けた。

冬の訪れとともに、シロはこたつの中がすっかりお気に入りの場所になった。「そんなにそこが好きなの?」綾音が笑いながら布団をめくると、シロは丸くなったまま「にゃあ」と短く鳴き、抗議するように前足で布団を引っ張った。「はいはい、わかったよ」布団を元に戻すと、シロは満足そうに目を閉じた。仕事の合間にふとこたつをのぞくと、シロが気持ちよさそうに伸びをしながら眠っている。ほんのりと温まったシロの毛はふわふわで、撫でると心がほっとした。

「君がここにいてくれるだけで、冬も悪くないね」綾音がそう声をかけると、シロは喉を鳴らして応えた。しかし、ある日、綾音は風邪をこじらせてしまった。「ん……」目を覚ますと、体がだるく、頭がぼんやりと重い。部屋の中はどこか冷たく感じ、外は灰色の空が広がっていた。「水……飲まなきゃ……」体を起こそうとしたが、だるさに負けて再び布団に沈み込んだ。そのとき、何かがふわりと胸の上に乗った。「……シロ?」うっすら目を開けると、シロが布団の上でじっと綾音を見つめていた。「心配してくれてるの……?」綾音がかすれた声でつぶやくと、シロはそっと頭を擦り寄せるようにして綾音の手に顔を寄せた。

――温かい……。そのまま綾音は、シロの体温に包まれながら、深い眠りに落ちていった。翌朝、綾音が目を覚ますと、体の重さが少し軽くなっていた。熱はまだ残っているものの、昨日よりも楽になった気がする。「シロ……?」布団の隙間から顔をのぞかせると、シロは布団の端にちょこんと座っていた。「ずっといてくれたの?」声をかけると、シロはのそりと起き上がり、綾音の胸の上に乗ってきた。いつもよりしっとりとした毛並みが、シロが自分の体温で温め続けてくれていた証のように感じられた。「ありがとう……」綾音がシロの頭を撫でると、シロは静かに喉を鳴らしながら目を細めた。午後になって熱が下がり、綾音はようやく体を起こしてリビングへ向かった。カーテンの隙間から見える外の景色は、うっすらと雪が積もり始めていた。「雪、降ってるよ」

シロを抱き上げて窓辺に連れて行くと、シロはじっと外を見つめ、しばらく目を細めていた。玄関先には、小さな足跡が点々と残っている。昨夜、綾音が寝込んでいた間に、シロは外に出ていたのかもしれない。「私のこと、ずっと気にしてくれてたんだね」シロの背中を優しく撫でると、シロはふわりと綾音の腕の中に顔を埋めた。「お前がいてくれて、本当によかったよ」その夜、シロはいつもよりさらに綾音のそばに寄り添って眠った。シロの穏やかな寝息と、綾音の心の中に広がる温かさは、どんな暖房よりも心地よく感じられた。――シロがそばにいるなら、寒い冬も悪くない。そんなことを思いながら、綾音はシロの背に手を添え、静かに目を閉じた。

春の風がやわらかく吹き始めたころ、シロは再び庭で過ごす時間が増えていた。「今日はどこに行ってたの?」綾音が声をかけると、シロは庭の隅でのんびりと毛づくろいをしていた。あの日の怪我はすっかり良くなり、相変わらず気ままな性格は変わらない。

それでも、以前よりもシロはよく綾音のそばにいるようになった。散歩のときは、後ろをついてくるだけでなく、時折綾音の足元に絡むように歩く。読書中には、いつの間にか膝の上に乗ってくることが増えた。「甘えん坊になったね」そう言いながらシロの頭を撫でると、シロは喉を鳴らして満足そうに目を細めた。ある日、綾音は仕事の合間に庭へ出た。ハーブの葉が芽吹き始め、花壇には小さなつぼみが顔をのぞかせている。シロはそのそばで寝転がり、穏やかな目で空を見上げていた。「何を見てるの?」隣にしゃがみ込んでシロの視線を追うと、空には一羽の小鳥が風に乗って舞っていた。「きれいだね」そっとシロの背中に手を置くと、シロは一度だけ「にゃあ」と鳴いた。

「今年もまた、春が来たね」穏やかな風が吹き、シロの柔らかな毛がふわりと揺れた。その感触に、綾音は心の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。――この子がそばにいてくれるだけで、こんなに心が満たされるなんて。綾音はシロの背を優しく撫でながら、これからも続いていく日々の幸せを静かに噛みしめた。春が深まるにつれ、綾音の庭は色とりどりの花でにぎわい始めた。ハーブの香りが漂い、チューリップの鮮やかな赤が風に揺れている。シロはというと、庭の真ん中に陣取り、まるで庭の主のように堂々と寝そべっていた。「まるで王様みたいね」綾音が笑いながら声をかけると、シロはのんびりと目を細め、満足げに喉を鳴らした。そんなある日、近所の子どもがシロを見つけて駆け寄ってきた。

「この猫、ここの子なんですか?」「うん、シロっていうの。もううちの子みたいなもんかな」そう答えると、シロはまるで誇らしげに胸を張り、その姿に子どもたちは笑顔をこぼした。「おとなしいんだね」「そう見えるだけで、結構わがままだよ」そんな会話をしながら、綾音はふと気づいた。

――あの頃、警戒心ばかりだったシロが、今ではこうして子どもたちにも慣れ、綾音のそばにいるのが当たり前の存在になっていた。夕方、子どもたちが帰った後、シロは庭でひとり丸くなっていた。「シロ、そろそろ家に入ろう」そう声をかけると、シロは耳をぴくりと動かし、少し間をおいてからのっそりと立ち上がった。その背中を見つめながら、綾音は思う。――この子は、私の生活の一部になったんだ。いなくなったら、きっと寂しくなる。けれど、それでも今は、シロがそばにいるこの時間が何より大切だった。「ねえ、これからもずっとそばにいてね」シロは小さく「にゃあ」と鳴き、綾音の足元に頭をこすりつけた。その温もりに、綾音は笑顔を浮かべ、空を見上げた。空は、穏やかな春の色に染まっていた。
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