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第2章
19.それは「特別」な印
しおりを挟む次の日、ミラは生徒会室の前に居た。
あまりに一瞬の昨日の出来事に、言われた言葉は空耳じゃ無いか…と不安にもなる。
普段立ち入ることがない生徒会室の荘厳な扉を前にすると、ノックするのに躊躇してしまい、立ち止まったまま暫く時間が経つ。
「ふーっ」
深呼吸をする。
コンコンッ
「どうぞ。」
誰かを確認することもなく、中から殿下の声がした。
「ミラ。ありがとう、来てくれて。」
軽く一礼をして、中に入る。
「失礼します。」
「ふふっ、そんなに緊張しないで。誰も居ないし、来ないから。」
生徒会長の椅子に座っていた殿下が立ち上がり、こちらに近づく。
「ほら、こっちにおいで。」
手を連れられ、そのまま引っ張られる形で生徒会長の椅子の前まで来た。
「座って。」
「いやいや、それは畏れ多いです…っ!殿下が座ってください!」
「いいの。ほら。」
トン、
腰を支えられながら、肩を押されてバランスを崩し、見事に椅子に座り込んだ。
「あぁ…なんてこと…。」
「ふふっ、いいね、そのリアクション。」
殿下がクスクスと笑っている。
「……面白くないですよ…。ここに座れるのは殿下だからなんですから…。」
「ごめんごめん。たまにはいいでしょ。」
(たまに、がある話ではないんだけど…)
「……リネット様にこの状況を見られたら、怒られそうです。」
無言の間が流れる。
(…しまった、)
パッと殿下の顔を見上げると、驚いた表情をしている。
「…すみません、出過ぎた事を申しました…。」
「あぁ、うん。いや、全然。」
少しどきまぎした様子で殿下が話す。
「勘違いというか、いや、勘違いされていないかもしれないけど。まあ、勘違いされることは何も無いよ。」
(勘違い…?)
2人の間柄について、だろうか。
詳しい関係性は分からないが、2人はそこまで特別な仲ではないということだろうか。
少し考えていると、頬に手が触れる。
「でもそうか…、そう考えてさせてしまうなんで、私もまだまだのようだね。」
殿下は何故か嬉しそうな表情をしている。
頬に触れた手が、以前のパーティーでの出来事を思い出させる。
「あの日、初めてミラに会った時も、こうやって触れてしまったね。その頃よりは、お近づきになれているだろうか。」
「はい…。」
その声で名前を呼ばれる度、心が波打つことを感じている。
その事は、殿下には秘密だ。
「良かった。」
そのまま手が耳元に触れる。
パチンッ
耳元でした音に驚き、肩が跳ねる。
「ごめんね、驚かせて。」
何が起きたか分からないまま、耳に触れる。
「これ…、殿下の…?」
耳にはピアスが着いている。
殿下は片耳に、瞳の色と同じエメラルドの魔石をピアスとして着けていた。
魔石は自分の魔力から作り出すことができる。
その色は、瞳と同じになることが知られているのだ。
「そう、無理やりごめんね。もうすぐ魔術訓練もあるから、魔除けとして。」
「そんな、大丈夫です…!殿下が使ってくださいっ。」
「私は元々1つ着けているし、これで十分。
それに、ミラにつけていて欲しいんだよ。嫌かな?」
「……嫌ではないです。」
「ありがとう。」
(勘違いしてしまうじゃないか。)
とても嬉しそうに笑う殿下を見て、ミラは思う。
お揃いのピアスなんて、2人の仲を言っているようなものだ。
「殿下こそ、良いんですか…?」
不安げに尋ねる。
「今日ミラを呼び出したのはそのためだよ?」
何の迷いもない表情に、思わず拍子抜けしてしまう。
「嫌だったら外せるようになってるからね。」
ポンポン、と頭を撫でられる。
その優しさは、少し寂しさを感じさせた。
「そういえば、殿下にこの前のお礼がしたかったんです。なのに今日も頂いてしまって…。何か欲しいものはないですか?」
「欲しいものかあ…。」
少し逡巡する表情を見せた後、
「今は無いんだけど、今度お願いしても良いかな。」
「はい、もちろんです。いつでも…。」
それがいつか分からないけど、こちらで勝手に何かを渡すよりは、ご所望の物を渡せるのが良いだろう。
「ありがとう。」
「いえ、こちらこそありがとうございます。」
頂いたピアスは、紛れもなく殿下と自分の存在が特別なものであることを周りに示唆するものだろう。
(たとえ、事実がどうであれ、)
ちゃんと感情に向き合わないのは卑怯かもしれない、そう思いながらも、自分が特別であるように感じる今に嬉しさがある。
「送るよ。」
差し出された手を手に取る。
そのまま、2人は一緒に生徒会室を出た。
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