【完結】貴方の愛は信じても良いのでしょうか?【大正恋愛奇譚】

白井ライス

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酒に溺れる

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その日の先生の荒れぶりは酷いものでした。
朝っぱらから酒を飲み、一瓶空けたかと思えば部屋で吐き、女中の皆で先生を止めるも一向に聞かず酒を飲み続けていました。
まさに酒乱といった有り様です。

「どうしたんだろうねぇ先生」

ツネさんが言いました。

「こんなに酒を飲む人じゃないのに」

イネさんも言いました。
内心、私が関係しているのでは……と思いましたが、狡い私は黙っていました。
すると梅さんが言います。

「多分、原稿のことで荒れてるんじゃないでしょうか?
吉田さんが先生にしては珍しい純愛を書いていたと言ってらしたから」

「先生が純愛!」

驚いたのはキヌさんでした。
いつもは梅さんを無視するのにキヌさんは好奇心に駆られたのか梅さんに話しかけていました。

「どんな内容なんだい?」

すると梅さんの顔が曇りましたが渋々といった感じで話し始めました。

「“初恋”が題目の話らしいんです。昔、身分違いの恋をして引き裂かれた二人がひょんなことから再会する所から始まります。男の方は覚えていたのですが女の方はすっかり忘れていて思い出せないんです。ですが、時と共に女の方も男を思いだし、再び恋に落ちるという流れだったと思います」

梅さんが説明し終わるとキヌさんは腕を組み「成る程」といった表情をしていました。

「へぇ~何だか先生にしてはありきたりな話だねぇ」

「ですよね。多分、今になって原稿に納得がいかなくなったんじゃないんでしょうか」

「そうだね。そんな話つまらなさそうだものね」

梅さんとキヌさんが二人で納得しています。
私は、先生の書いた“堕落”や“夕日”よりもその“初恋”の方が面白そうに感じました。
純愛の方が何の障害もなく良い話で終わるのに、と。
するとツネさんが言います。

「先生もそろそろ才能が枯渇してきたかね」

「今までが凄かったからね」

イネさんも頷きます。

純愛の何処が悪いんだろうと私には甚だ疑問でしたが、いかんせん私は本すら読めないので作品の善し悪しが分からず皆の言う通りなのかもしれないと思いました。

そんな風に女中達でやんややんやと話していたら遠くから先生の声がしました。

「酒がないぞ~早く持ってきっウエッウエッ」

先生がまた吐いたようです。
大慌てで女中達で先生の吐瀉物としゃぶつを掃除に行きました。
掃除係のツネさん、イネさんが手早く吐瀉物を片付け始めます。
するとキヌさんが先生に駆け寄りました。

「先生、飲みすぎです。もう辞めましょう」

梅さんも止めます。

「そうです。辞めた方が良いです」

「僕は、僕は……酒がないと駄目なんだ」

「いけません!先生!」

その後は女中達で徒党を組み、先生に酒を渡さないようにしました。
先生はぶつくさ文句を言っていましたが、明らかに飲みすぎなのでフラフラしていました。
そして、その夜は先生は気持ち悪いと言って夕飯を召し上がらず、すぐに床についたのでした。

ーーー

女中達が寝静まった後も私は中々寝付けず、考え事をしていました。
今日は大変な一日でした。
先生が朝から酒を飲み、吐きまくり、部屋を滅茶苦茶にしました。
それもこれも、先生が出来た原稿が気に入らなかったと言うことらしかったのですが、私には一つ気になることがありました。
それは、玄関の掃除の際に言っていた「もうそろそろ思い出しても良いんじゃない?」という言葉です。
私は何を忘れているというのでしょうか。
あの時、先生にその場で聞けば良かったと後悔しました。
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