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決意
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店内に残されたリネットは、バタンとドアが閉まる音を聞くと、溜め込んでいた息を大きく吐き出した。
(なんだ、あっさり帰るのね。良かったわ……)
長引いて議論にでもなったらどうしようかと思ったけれど、拍子抜けするほど静かな幕切れだった。リネットは少し乱れた髪を払い、店先に並ぶ瑞々しい花々に目を向ける。
(あんなやつに、うちの子を誰があげるもんですか! 冗談じゃないわ)
リネットの内心は、自分でも驚くほど激しく怒っていた。
町で何度も見かけたことがある、あの「ルカ・エインズワース」。誰もがうっとりと見つめる、あの眩しい王子のどこがいいのか、リネットにはさっぱり理解できない。
(いつも作り笑顔で、人々を気にかける素振りをしながら、真剣に考えてなんていないじゃない。ずっと上の空で、薄っぺらな表の顔。……まるで……)
ふと、記憶の隅にある一人の女性の姿が脳裏をかすめる。
(……私の母みたい)
自分の感情さえも衣装のように着飾っていた母親の影が、ルカの「猫かぶり」に重なり、余計に苛立ちを募らせる。
(まあ、でも、権力にものを言わせて無理やり花を奪っていかなかったことだけは、救いだわ。……もう二度と顔を合わせることは無いわね。別の、お上品な花屋にでも行ってちょうだい!)
リネットは花鋏を握り直し、少しだけ荒い手つきで作業に戻った。彼女の中では、ルカという存在はもう「終わったこと」だった。
しかし、その頃。
店を出た後の王都の喧騒は、ルカの耳には遠く響いていた。
「……気持ち悪い、か」
ぽつりと漏らした独り言に、いつもの余裕は微塵もなかった。
ルカは慣れ親しんだ完璧な笑顔を浮かべてはいたが、その瞳には、隠しきれない影が落ちている。神の加護を受け、全属性の魔法を極めた自分が、一人の少女から魂の根底を否定されたのだ。
「ルカ……」
隣を歩くセバスが、かける言葉を失って立ち止まった。
主人のこれほどまでに脆く、寂しそうな横顔を見るのは、幼少期に泥まみれで泣きべそをかいていた時以来かもしれない。
セバスは何も言わず、ただルカの肩にそっと手を置いた。
(相当、堪(こた)えてるな……。あんなに直球で本性を突かれたのは初めてだもんなァ)
そんな、腐れ縁ゆえの同情と励ましを込めた無言の行動だった。
しかし――。
「よし。……決めたよ、セバス」
不意に、ルカが顔を上げた。
その瞳には、先ほどまでの沈鬱(ちんうつ)な色は消え、代わりに奇妙なほどの熱が灯っていた。
「また明日、あのお店に行く。……今度は、もっと早くにね」
「はぁっ!? お前、正気か!?」
セバスの驚愕の声が、路地裏に響き渡った。
「気持ち悪いって言われたんだぞ! 門前払いどころか、存在を否定されたんだぞ!? 普通、そこまで言われたら一生立ち直れないか、二度と近づかないかの二択だろうが!」
「だからこそだよ」
ルカは、セバスの抗議を柳に風と受け流し、どこか晴れやかな表情で歩き出した。
「あんな風に僕を見た人は、彼女が初めてだ。……僕がどれほど中身が空っぽで、どれほど退屈していたか、彼女は一瞬で見抜いた。だったら、彼女に『気持ち悪くない僕』を認めさせてみたいと思わないかい?」
「思わねぇよ! 俺の心配を返せ、この性格破綻者(サイコパス)王子!」
セバスの毒づきも、今のルカには心地よい音楽のようにしか聞こえていなかった。
一方的な支配と退屈に飽き飽きしていたルカ・エインズワースという怪物が、リネットという「真実の鏡」によって、ついにその眠りから揺り起こされたのである。
(なんだ、あっさり帰るのね。良かったわ……)
長引いて議論にでもなったらどうしようかと思ったけれど、拍子抜けするほど静かな幕切れだった。リネットは少し乱れた髪を払い、店先に並ぶ瑞々しい花々に目を向ける。
(あんなやつに、うちの子を誰があげるもんですか! 冗談じゃないわ)
リネットの内心は、自分でも驚くほど激しく怒っていた。
町で何度も見かけたことがある、あの「ルカ・エインズワース」。誰もがうっとりと見つめる、あの眩しい王子のどこがいいのか、リネットにはさっぱり理解できない。
(いつも作り笑顔で、人々を気にかける素振りをしながら、真剣に考えてなんていないじゃない。ずっと上の空で、薄っぺらな表の顔。……まるで……)
ふと、記憶の隅にある一人の女性の姿が脳裏をかすめる。
(……私の母みたい)
自分の感情さえも衣装のように着飾っていた母親の影が、ルカの「猫かぶり」に重なり、余計に苛立ちを募らせる。
(まあ、でも、権力にものを言わせて無理やり花を奪っていかなかったことだけは、救いだわ。……もう二度と顔を合わせることは無いわね。別の、お上品な花屋にでも行ってちょうだい!)
リネットは花鋏を握り直し、少しだけ荒い手つきで作業に戻った。彼女の中では、ルカという存在はもう「終わったこと」だった。
しかし、その頃。
店を出た後の王都の喧騒は、ルカの耳には遠く響いていた。
「……気持ち悪い、か」
ぽつりと漏らした独り言に、いつもの余裕は微塵もなかった。
ルカは慣れ親しんだ完璧な笑顔を浮かべてはいたが、その瞳には、隠しきれない影が落ちている。神の加護を受け、全属性の魔法を極めた自分が、一人の少女から魂の根底を否定されたのだ。
「ルカ……」
隣を歩くセバスが、かける言葉を失って立ち止まった。
主人のこれほどまでに脆く、寂しそうな横顔を見るのは、幼少期に泥まみれで泣きべそをかいていた時以来かもしれない。
セバスは何も言わず、ただルカの肩にそっと手を置いた。
(相当、堪(こた)えてるな……。あんなに直球で本性を突かれたのは初めてだもんなァ)
そんな、腐れ縁ゆえの同情と励ましを込めた無言の行動だった。
しかし――。
「よし。……決めたよ、セバス」
不意に、ルカが顔を上げた。
その瞳には、先ほどまでの沈鬱(ちんうつ)な色は消え、代わりに奇妙なほどの熱が灯っていた。
「また明日、あのお店に行く。……今度は、もっと早くにね」
「はぁっ!? お前、正気か!?」
セバスの驚愕の声が、路地裏に響き渡った。
「気持ち悪いって言われたんだぞ! 門前払いどころか、存在を否定されたんだぞ!? 普通、そこまで言われたら一生立ち直れないか、二度と近づかないかの二択だろうが!」
「だからこそだよ」
ルカは、セバスの抗議を柳に風と受け流し、どこか晴れやかな表情で歩き出した。
「あんな風に僕を見た人は、彼女が初めてだ。……僕がどれほど中身が空っぽで、どれほど退屈していたか、彼女は一瞬で見抜いた。だったら、彼女に『気持ち悪くない僕』を認めさせてみたいと思わないかい?」
「思わねぇよ! 俺の心配を返せ、この性格破綻者(サイコパス)王子!」
セバスの毒づきも、今のルカには心地よい音楽のようにしか聞こえていなかった。
一方的な支配と退屈に飽き飽きしていたルカ・エインズワースという怪物が、リネットという「真実の鏡」によって、ついにその眠りから揺り起こされたのである。
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