猫被り王子が出会う、本気の恋!

花垣 雷

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敗北の王子

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翌朝、まだ露店が開き始めたばかりの早い時間。
昨日よりも心なしか力強いカウベルの音が、静かな店内に響き渡りました。

「いらっしゃ……はぁ」

入ってきた人物を見るなり、リネットの口からは深いため息が漏れました。そこに立っていたのは、供の執事も連れず、一人でやってきたルカ・エインズワース。

昨日、あれほど完膚なきまでに拒絶したというのに。リネットは一瞬で表情をこわばらせ、威嚇するようにカウンターに手をつきました。

「昨日も言ったはずよ。あなたにうちの子は……」

「『やりません!』」

リネットの言葉を遮るように、ルカが声を張り上げました。図らずも重なった二人の声が、小さな店内に奇妙に響きます。

「…………っ!」

リネットは絶句しました。
あろうことか、この王子は自分が言われるはずの拒絶の言葉を、まるで楽しい合言葉か何かのように、満面の笑みで横取りしたのです。

「おはよう、リネット。君がそう言うと思ったから、先に言っておいたよ。どうだい、これなら僕たちの意見は一致しているね?」

「……何が『一致している』よ。ふざけてるの?」

ニコニコと、昨日の落ち込みなど微塵も感じさせない輝かしい笑顔を向けてくるルカ。その「王子スマイル」が、リネットには火に油を注ぐ挑発にしか見えません。
リネットの額には青筋が浮かび、花鋏を握る指先がプルプルと震えています。ブチギレ寸前の彼女に対し、ルカは一歩歩み寄ると、いたずらっぽく小首を傾げました。

「怒った顔も可愛いけれど、そんなに怖い顔をしていたら、お花たちが怯えてしまうよ。……今日は買いに来たんじゃないんだ。君に『謝る機会』を貰いに来たんだよ」

「謝る機会……?」

「そう。昨日の僕は、確かに君の言う通り『気持ち悪い』不作法な男だった。だから今日は、それを正すために来た。」

ルカは殊更に殊勝な態度で、だがその瞳の奥には隠しきれない好奇心を滲ませて一歩踏み出した。

「まずは、この店のことをもっと知りたいんだ。……リネット、僕とお話ししてくれないかい?」

王子としてではなく、ただの少年のような無邪気さで名前を呼ばれ、リネットの眉間の皺が一段と深くなる。

「……なぜあんたなんかと、いちいち話す必要があるのよ?」

「うーん。そうだね……」

ルカは人差し指を顎に当て、少しだけ考える素振りを見せた後、拍子抜けするほどあっさりと、そして真っ直ぐに答えた。

「君のことが、気になっちゃって」

嘘偽りのない、あまりに素直な言葉。全属性の魔力を持つ彼が、その力を使うまでもなく、ただ一人の人間として向けた興味。
だが、その言葉を受け取ったリネットの胸に去来したのは、ときめきなどではなく、燃え上がるような憤りだった。

「――私をバカにしに来たのね」

リネットの声が、低く鋭く店内に響いた。

「王子様のいいおもちゃにでも見えたのかしら。貴方みたいな人が、そうやって『気まずさ』を『面白半分』で上書きして、ただの暇つぶしに来たんだとしたら……。悪いけど、仕事の邪魔だわ。今すぐ帰って」

リネットはカウンターを強く叩くと、ルカを真っ向から睨み据えた。
彼女にとって、花を愛でる時間は神聖なものであり、自分自身の人生そのものだ。それを、退屈を紛らわせるための「ちょっかい」の対象にされたことが、何よりも許せなかった。

「……暇つぶし、か」

ぴしゃりと言い放たれた拒絶の言葉。それ以上にルカの足を止めさせたのは、彼女が吐き出した「王子様のおもちゃ」という言葉に含まれた、冷ややかな軽蔑だった。
ルカはしばし沈黙し、それからふと思い当たったように首を傾げた。

「……ねぇ、一つ聞いてもいいかな。どうして僕が君を『リネット』だと知っていることに、驚かないんだい?」

その問いに、リネットはハッとしたように目を見開いた。確かに、彼女は一度も名を名乗っていない。昨日のセバスとのやり取りでも、名前を告げた記憶はなかった。

「……あ」

リネットの表情に、一瞬だけ動揺が走る。だが、彼女はすぐに唇を噛み締めると、どこか投げやりな、不貞腐れたような顔で視線を逸らした。

「……そんなの、王族様には筒抜けなんでしょう? 私たちみたいな平民の名前なんて、調べればすぐにわかることだもの。不公平よね」

彼女の頭の中では、権力を使って裏で調査をさせた「傲慢な王子」の図が出来上がっていた。
本当は、セバスが持ち帰った地図の端に、彼自身の誠実さゆえに記されていたメモをルカが覗き見ただけなのだが、今のリネットにそれを説明しても、さらに火に油を注ぐだけだろう。

「……なるほど。権力で調べた、か」

ルカは苦笑した。
いつもなら、その「不公平な特権」を謳歌し、余裕の笑みで煙に巻くところだ。だが、自分に向けられた「不貞腐れた視線」が、なぜだかひどく胸に刺さる。

「……君の中の僕は、よっぽど嫌な奴なんだね」

「そう言っているじゃない。……自分の立場を自覚しているなら、早く帰って。お花たちがあなたの『嘘』に当てられて、萎えてしまいそうだわ」

リネットはわざとらしく、ルカから背を向けて奥の棚へ向かった。

全属性魔法を操り、望めば何でも手に入るルカ・エインズワースが、今、小さな花屋のカウンター越しに、かつてないほどの「敗北感」と「独占欲」の間で揺れ動いていた。

リネットの不貞腐れた態度が、ルカの「本気」に火をつけたようですね。
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