猫被り王子が出会う、本気の恋!

花垣 雷

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イタズラ王子

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リネットは奥の部屋で、自分の昂ぶった感情を鎮めるように大きく深呼吸をした。

「何なのあいつ! ムカつくわ……。みんな、ごめんね。私もうるさかったでしょう?」

彼女は棚に並ぶ蕾たちにそっと指を触れた。リネットの心に呼応するように、指先から淡い光が溢れ、鉢の中の土が柔らかく命を宿し、水が茎の先まで瑞々しく行き渡っていく。
彼女にとって、それは呼吸と同じ。愛する「家族」への無意識の献身だった。

カランコロン

(……よし。あいつ、帰ったわね)

ドアが閉まる音が聞こえてから数分。ようやく静寂を取り戻した店内に、リネットは少しだけ安心しながら戻った。

「さて、お仕事お仕事。みんなにもお水をあげ……」

そう言って奥の部屋から出たリネットは、そのまま固まった。

「――おかえり、リネット」

そこには、帰ったはずのルカが、何食わぬ顔でカウンターに肘をついて笑っていた。

「あんた……! なんで居るのよ! 今、ドアの音が……!」

「ああ、あれ? 入ってくるふりをして、ドアを開けて閉めただけだよ。君が奥へ行った隙にね。……そんなに驚くことかい?」

ルカは悪戯が成功した子供のように、片目を瞑ってみせた。だが、その瞳は笑いながらも、リネットが今しがた無意識に放っていた「魔法」の名残をじっと見つめていた。

「それより、今の魔法……。土と水、それに光まで混ぜていたね。あんなに繊細な多重属性の行使、宮廷魔術師でもなかなかお目にかかれないよ」

ルカの表情から、いつもの「嘘臭い余裕」が少しだけ消えていた。
全属性を扱える彼だからこそわかる。リネットの魔法は、ただ「強い」のではない。花という命に寄り添うために磨き抜かれた、驚くほど純粋で、慈愛に満ちた力だ。

「……見てたの?」

「うん。……ねぇ、リネット。君、本当にお花が好きなんだね」

茶化すような言葉を期待していたリネットは、ルカの少しだけ真剣なトーンに、毒気を抜かれたように立ち尽くした。
不貞腐れたように顔を背けるリネット。
だが、ルカはそんな彼女の反応さえも楽しむように、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。

「わからないから、教えてよ。……ねぇ、僕が真剣に『知りたい』って言ったら、信じてくれる?」

ルカが踏み込んだ一歩に対し、リネットは守るように抱えていたジョウロをきつく握りしめた。

「無理ね。あんたみたいに、何でも手に入るからって適当に生きてる人には、わからないでしょうけど」

「んー、厳しいな。実際に、君のお花はまだ一つも買えていないんだけどね」

ルカは努めて明るく、冗談めかして微笑んだ。だが、その声は心なしかいつもより低く、湿り気を帯びている。
自分でも気づかないうちに、彼は「拒絶」という名の痛みに、静かに、そして深く落ち込んでいた。全属性の魔力をもってしても、この小さな店の敷居を超えることさえ許されない現実に。

「ねぇ、リネット。……僕、また来るよ」

ルカはカウンターから身を離し、真剣な眼差しを彼女に向けた。

「君に嫌われてることは、もう痛いほどよくわかった。……でもね、僕は本気で君のお花に興味があるんだ。あんなに幸せそうに咲く花を、僕は他に知らないから」

(……まぁ、『君のお花』と言ったけど。本当は君自身にも、どうしようもなく興味が湧いているんだけどね)

その本心は、いつもの「猫かぶり」の裏にそっと隠して。
しかし、そんなルカの真剣な横顔にさえ、リネットは容赦をしない。彼女はスタスタと入り口まで歩くと、勢いよくドアを押し開けた。

「……お高くとまってる王子様なら、噴水通りの向こうにあるオシャレな専門店にでも行けばいいわ。そこなら、あなたの高い身分も、中身のない笑顔も、喜んで歓迎してくれるでしょうから」

ドアの隙間から、外の喧騒が流れ込んでくる。

(さっさと帰って!)

言葉にせずとも、その鋭い視線がそう物語っていた。

「……あはは、徹底してるね。わかったよ、今日はここまでだ」

ルカは降参だと言うように両手を上げ、リネットの脇を通り抜けて店を出た。カランコロン、と再びカウベルが鳴る。
今度は本当に、一人で外へ。閉まったドアを見つめながら、ルカは小さく溜息をついた。

「……セバスの言う通り、いつか刺されちゃうかな。あんなに綺麗な目に睨まれるなら、それも悪くないかもしれないけど」

一方、店内に残されたリネットは、ドアに背を預けて大きく息を吐き出した。

「何なのよ、あいつ……。本当に二度と来ないでほしいわ。……絶対、来ないでよね」

そう自分に言い聞かせながら、リネットは無意識に、ルカが立っていた場所の残香――王宮の香料とは違う、どこか寂しげな魔力の匂いを感じ取っていた。
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