猫被り王子が出会う、本気の恋!

花垣 雷

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花屋のプライド

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数日が過ぎ、小さな花屋には、いつもの穏やかな日常が戻っていた。
リネットは毎朝欠かさず店を開け、瑞々しい花々を日の当たる窓際へと運び、一輪ずつ丁寧に声をかけていく。

(……ルカってやつ、もう来ないようね。まあ、当然か)

作業をしながら、ふと数日前の光栄な(そして最悪な)訪問者のことを思い出す。

(あんなに冷たくしたんだもの。王族様だもの、プライドだって高いでしょうし、今頃は私の顔も見たくないと思っているはずだわ。……せいぜい、お城で綺麗な令嬢たちと楽しくやっていてちょうだい)

そう自分に言い聞かせると、胸のつかえが取れたような、それでいて少しだけ静かすぎるような、妙な感覚を覚えた。リネットは首を振って雑念を払う。

「さあ、お花さん達。今日はポカポカ太陽だぞ~。今から美味しいお水を……」

ジョウロを手に取り、花びらに水滴が踊る様子を想像して微笑んだその時だった。

カランコロン

軽やかな、しかし今や聞き慣れてしまったあのカウベルの音が店内に響く。

「やあ! おはよう、リネット。今日は本当に気持ちのいい天気だね」

聞き間違えるはずもない、あの朗らかで、どこか人を食ったような甘い声。
リネットは肩をビクつかせ、ジョウロを握る手に力を込めた。

(……げっ。……出た)

振り返らなくてもわかる。そこにはきっと、キラキラとした「王子スマイル」を完璧に貼り付けた、あの男が立っている。
リネットは深く溜息をつくと、一切の反応を返さないことに決めた。

(無視よ、無視。いないものと思えばいいの。ふん!)

プイッと露骨にそっぽを向き、リネットは一心不乱に鉢植えに水をやり始めた。ジョウロの先から流れ出る水に全神経を集中させ、背後に立つ男の気配を消し去ろうとする。
だが、全属性の魔法を極めた男の眼は、彼女の「沈黙」よりも、その「指先」に釘付けになっていた。

「え……? 君、水をやる時も、さりげなく魔力を込めているのかい?」

ルカの驚きを含んだ声が、すぐ近くで聞こえた。 

「ただ水を撒いているだけに見えるけど、魔力が水に溶け込んで、根が一番吸収しやすい形に分解されている……。それに、光の魔法で水の粒子を輝かせて、葉の光合成を助けているのか。……すごいな、そんなに細やかな魔力操作、並の魔術師には一生かかってもできないよ」

感心したような、純粋な驚きに満ちた言葉。
無視しようと決めていたリネットだったが、自分の「花へのこだわり」をあまりにも正確に言い当てられ、ついピクリと反応してしまった。
ルカはリネットの隣に並び、覗き込むようにしてその手元を見つめている。

「昨日は気づかなかったけど、君の魔法……本当に『花のためだけ』にあるんだね。……ねぇ、今のどうやったの? 僕にも教えてくれないかな」

(……この人、本当に何なの!?)

プライドを傷つけられて二度と来ないどころか、好奇心を全開にして距離を詰めてくる王子の姿に、リネットの無視作戦は開始数十秒で早くも崩壊の危機を迎えていた。

「ふん! それだけじゃないわよ!」

無視を決め込んでいたはずのリネットだったが、花屋としてのこだわりをあまりに正確に、しかも「並の魔術師にはできない」などと専門的に分析されたことで、つい言葉が漏れ出てしまった。

彼女はジョウロを置くと、思い切り不機嫌な表情を隠そうともせずにルカを睨み据える。

「それだけじゃないわ。土の温度に合わせて水の魔力量を変えているし、光の屈折率だって調整してる……。あなたには分からないでしょうけどね!」

リネットの言葉には、意地と自負が混じっていた。
しかし、それを聞いたルカの瞳は、呆れるどころかますますキラキラと輝きを増していく。まるで未知の宝物を見つけた子供のような、純粋で、かつてないほど「生きた」瞳だった。

「……温度に合わせて魔力量を? なるほど、根が冷えないようにか。屈折率まで操るなんて、光属性の扱いが精密すぎる。あはは、驚いたな。君は本当に、小さな奇跡を毎日起こしているんだね」

「……っ」 

感心したように頷くルカに、リネットは毒気を抜かれそうになり、慌てて声を荒らげた。

「そ、そんなに感心したって、あなたに教えたところで出来るわけないわ! 知識で分かっても、心でお花と対話できなきゃ無理なのよ。……てか、教えませんし! さっさと帰ってください!」

リネットは力いっぱい、出口のドアを指差した。
だが、ルカは「帰れ」と言われているのにもかかわらず、その場に根が生えたように動こうとしない。むしろ、リネットの拒絶を楽しんでいるかのような、不思議な「余裕」を取り戻していた。

「できない、か。……確かに、今の僕には無理かもしれない。でもね、リネット。君にそう言われると、なんだか無性に試してみたくなっちゃうんだ」

ルカはスッと手を伸ばし、一輪の蕾の近くで指を動かした。
そこには、彼が持つ「全属性」という強大すぎる魔力が、まるで暴れ馬のように渦巻いている。リネットのような「優しさ」はまだ宿っていないが、その技術自体は恐ろしいほどに正確だった。

「やめて! お花がびっくりするでしょ!」

「おっと、ごめん。……君に認められるには、まだまだ修行が必要みたいだ」

ルカはわざとらしく肩をすくめると、ようやくドアへと足を向けた。 

「今日は帰るよ。でも、次はもっと『心』の勉強をしてから来ることにする。……楽しみにしていてよ、先生?」

「誰が先生よ! 二度と来ないでってば!」

背後から飛んでくるリネットの怒声。
ルカはそれさえも心地よい風のように受け止め、軽やかな足取りで店を後にした。
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