猫被り王子が出会う、本気の恋!

花垣 雷

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一輪の薔薇

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彼が去った後の店内で、リネットは真っ赤になった顔を両手で覆った。

(何なのよ、あの男……! 私の魔法をあんなに真っ直ぐ褒めるなんて…これは王子の気まぐれよ!)

怒っているはずなのに、心臓がいつもより少しだけ速く打っていることに、リネットはまだ気づかないふりをしていた。

店を出たルカは、そのまま真っ直ぐ城へは戻らなかった。
彼は薄い街着のフードを深く被り、人混みに紛れる。しかし、雑踏の中にいても、その洗練された立ち振る舞いや、無意識に背筋の伸びた歩き方は、隠しきれない高貴な育ちの良さを物語っていた。

ルカが足を止めたのは、大通りに面した一軒の立派な花屋だった。そこは王宮へも納品しているという、王都でも指折りの有名店だ。

「いらっしゃいませ。……おや、お客様。何かお探しで?」

店主はルカの纏うただならぬ空気を感じ取り、揉み手で近づいてくる。ルカは「仕事モード」の、隙のない優雅な微笑を浮かべて口を開いた。

「すみません、お花を一輪ください」

「左様でございますか。どなたに差し上げるのですか?」

店主の問いに、ルカは一瞬だけ、路地裏の小さな店で憤慨していた少女の姿を思い浮かべた。

「……とても可憐な。……けれど、鋭い棘(とげ)のある方に」

「おや、それはまた……。では、こちらの見事な赤い薔薇などいかがでしょう。温室で最高級の肥料を使って育てられた、今が盛りの一品です」

ルカは差し出された薔薇を買い取り、城の自室へと持ち帰った。
執務机の上に置かれたその薔薇は、確かに美しい。形も整い、色も鮮やかだ。しかし、ルカが手をかざして魔力を探ると、そこにあるのはただの「植物の生命力」だけだった。

(……やっぱり、違うな)

リネットが育てる花にあった、あの水が血管を流れるような瑞々しさや、土と光が呼吸を合わせているような一体感が、この最高級の薔薇には決定的に欠けていた。

「『知識で分かっても、心でお花と対話できなきゃ無理』……だったかな」

ルカは独り言をこぼすと、じっとその薔薇を見つめた。
全属性を操り、どんな高位魔法も初見で再現してきた天才が、今、少女に言われた「対話」という難題に挑もうとしていた。
彼は見よう見まねで、リネットの指先の動きを再現するように、ゆっくりと魔力を練り上げた。

「土の温度に合わせる……そして、光の屈折率を……」

まずは掌に小さな光を灯し、それを水の魔法に溶け込ませていく。強大な魔力が薔薇に触れた瞬間、花びらがビクリと震えた。

「……あ。……ごめん、驚かせたね」

ルカは慌てて魔力を絞った。今まで、魔法とは「対象を屈服させ、意のままに操るもの」だと思っていた。だが、今は違う。
彼はかつてないほど繊細に、薔薇が何を求めているのかを探るように、静かに目を閉じた。

部屋の隅、影に溶け込むように立っていたセバスは、主人の背中をじっと見守っていた。
かつて戦場で敵を焼き払い、あるいは冷徹に政務をこなしてきたその指先が、今はたった一輪の薔薇を前に、震えるほど繊細に魔力を編み上げている。

(……静かなもんだ。あんなに必死なルカ、初めて見たよ)

セバスは声をかけず、静かにその場を立ち去った。主人が「心」という、魔力よりも扱いにくいものと向き合い始めたことに、柄にもなく感心してしまったからだ。

ルカは夜が更けるのも忘れ、一輪の薔薇に語りかけ続けた。

「喉は乾いていないかい?」

「光は眩しすぎないかな」

返事のない植物を相手に、彼は自分の内側にある傲慢さを一つずつ削ぎ落とすように、静かな時間を過ごしていた。
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