猫被り王子が出会う、本気の恋!

花垣 雷

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先生と生徒?

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翌朝

カランコロン

「は? 嘘でしょ……」

開店直後の店内に響いた音に、リネットは手に持っていた霧吹きを落としそうになった。まさか二日連続、しかも昨日あんなに追い返したのに。
固まるリネットの前に立ったルカは、いつもの「王子スマイル」を封印していた。どこか寝不足気味で、それでいて憑き物が落ちたような、不思議に柔らかい顔をしている。

「……おはよう、リネット」

ルカは背中に隠し持っていた手を、ゆっくりと前に出した。
そこには一輪の、少しだけ首を項垂れ、花びらの端が茶色くしおれ始めた薔薇があった。

「これ……」

ルカの声には、隠しきれない悲しさと、自分自身の無力さに対する悔しさが混じっていた。

「僕には、無理だったよ。……君の真似をして話しかけてみたんだ。でも、僕の魔力が強すぎたのか、それとも『心』が足りなかったのか。……結局、元気にしてあげられなかった」

ルカはリネットの拒絶を想定し、反論されるのを待つようにグッと奥歯を食いしばった。

また「気持ち悪い」と言われるかもしれない。あるいは「才能がない」と笑われるかもしれない。 

しかし、返ってきたのは予想外の、どこか感心したような穏やかな声だった。 

「……お話し…。」

リネットはカウンター越しに身を乗り出し、ルカの手の中にあるしおれた薔薇をじっと見つめた。

「『無理だった』なんて言いながら、よく見なさいよ。花びらは少し萎れているけど、茎は昨日よりずっとシャンとしているわ。……あんたの不器用な魔力が、この子を必死に支えようとした証拠ね。まだまだ雑だけど」

リネットはルカの顔を真っ直ぐに見た。そこには不貞腐れた様子も、トゲのある怒りもなかった。

「お花に謝りながら魔法を使ったでしょう? その『申し訳ない』って気持ち、ちゃんとこの子に伝わってるわよ」

完璧に咲かせることだけが正解だと思っていた自分に、リネットは「心」の痕跡を見つけてくれたのだ。

「え……?」

ルカは呆然とリネット見つめた。

「茎は昨日より??」

「あ……」

リネットの言葉に、ルカは目を丸くして固まった。そして、手元の薔薇とリネットの顔を交互に見て、震える声で尋ねる。

「……リネット。今、『昨日より』って言った? 君、昨日のこの薔薇を見たのかい?」

リネットは一瞬「しままった」という顔をして視線を泳がせたが、すぐに開き直ったように鼻を鳴らした。

「……昨日、あんたが店を出た後、大通りの高級店に入っていくのが見えたのよ! フード被ってたって、その無駄に良い姿勢でバレバレなんだから。一輪だけ買って、大事そうに抱えて帰るから……何事かと思っただけよ」

リネットは顔を赤らめ、誤魔化すように乱暴にジョウロを動かす。
実は、彼がどんな花を選び、どう持ち帰ったのか、気になって窓の隙間からずっと目で追っていたのだ。

「……見ていてくれたんだね」

ルカの顔に、今日初めての、そして今までで一番「中身のある」柔らかな笑みが浮かんだ。それは王子スマイルのような計算された輝きではなく、心の底から溢れ出した安堵の色だった。

「……うるさいわね! 偵察よ、偵察! どこの馬の骨ともしれない花屋にうちの客を取られたら困るでしょ」

「うん、そうだね。……でも、嬉しいよ。君に、僕の『昨日』を知ってもらえていて」

ルカが愛おしそうに薔薇を見つめる。
その横顔を見て、リネットは毒気を抜かれたように溜息をついた。

「……もう。そんなに反省したような顔されると、こっちが悪者みたいじゃない。……貸しなさい、その子」

リネットはカウンター越しに手を伸ばし、ルカからしおれた薔薇を受け取った。

「一晩中あんたの慣れない魔力に付き合って、この子も疲れちゃってるわ。……特別に、うちの特等席(窓際)で休ませてあげる。その代わり、あんたは――」

リネットは空いている手で、店の隅にある小さな椅子を指差した。

「そこに座って、練習でもしていなさい! これからこの子のお世話をするんでしょう? ……ル……王子様」

初めて呼ぼうとしたその名前に、リネットは一瞬だけ口籠った。そして、照れ隠しのようにわざとぶっきらぼうに「王子様」と呼び直す。
それを聞いた瞬間、ルカは目を見開いた。
昨日まで自分を拒絶し、店から追い出そうとしていた少女が、自分の拙い努力を認め、居場所をくれた。

「…………っ」

ルカの顔に、これまでのどんな社交辞令でも見せたことのない、くしゃっとした子供のような、柔らかい微笑みが浮かんだ。完璧に計算された「王子スマイル」が、完全に崩れ去った瞬間だった。

「ルカでいいよ」

彼は噛み締めるように、静かに、けれどはっきりと言った。

「ここではただのルカだ。エインズワースも、王子も、ここには必要ない。ただ……君に教わりたい一人の男だと思ってほしいな」

リネットは、そのあまりにも無防備な笑顔に心臓が跳ねるのを感じ、慌てて背を向けた。

「……勝手にしなさい! 邪魔したら、今度こそバケツの水をぶっかけるからね!」

窓際で薔薇を活け直すリネットの背中は、どこか昨日よりも丸みを帯びていた。
ルカは言われた通りに椅子へ腰を下ろすと、自分の掌を見つめる。
昨日までは、強すぎる魔力を持て余し、すべてが退屈だった。
けれど今は、この小さな店に流れる穏やかな時間と、時折振り返って「ほら、そこはもっと優しく!」と叱ってくる少女の声が、何よりも待ち遠しくてたまらなくなっていた。
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