猫被り王子が出会う、本気の恋!

花垣 雷

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嫉妬

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ルカはリネットに言われた通り、店の隅の椅子に腰を下ろした。長い足を窮屈そうに折り畳み、掌の上の魔力と格闘するその姿は、高貴な王子というよりは、初めての課題に挑む熱心な学生のようだった。
そんな彼の横へ、リネットが一つの小さな鉢植えを運んでくる。

「……じゃあ、これが今日の課題。この子、私が昨日見つけたんだけど、ちょっと風邪気味で葉が弱ってるの。今のあんたの魔力なら、少しずつ温めてあげられるはず。……この子をまず、助けてあげて」

「この子を、助ける……」

ルカは緊張した面持ちで鉢植えを受け取った。リネットは彼のすぐ隣に立ち、花の知識を教え始める。 

「いい? 闇雲に魔力を流しちゃダメ。茎の奥にある、細い血管を通る水のリズムを感じるの。……そう、そこ。ゆっくり、優しく」

リネットの指先がルカの手に重なり、魔力の導き方を教える。ルカは、彼女の指の温かさと、花の繊細な鼓動に、かつてないほど集中していた。
そんな二人の様子を、店の外から伺っている影があった。

(……ほう。あのルカ様が、あんなに神妙な顔をして。……よほど、居心地が良いらしいな)

セバスは手にした包みを持ち直し、静かにドアを開けた。

カランコロン

「失礼します、ルカ様。……お仕事の邪魔かとは思いましたが、差し入れを持ってまいりました」

「あ、セバス。……ちょうどいいところに。今、リネットに教わっていたんだ」

ルカが少し誇らしげに顔を上げる。セバスが持ってきたのは、城の料理人に作らせた最高級の焼き菓子と、香り高い茶葉だった。
それを見たリネットは、ジョウロを置いてセバスへと向き直る。

「……セバス……さん、と言ったかしら。先日は、酷い態度をとってしまって申し訳なかったわ。……あなた、すごく誠実そうね。こんな王子の元に仕えるの、相当大変でしょう?」

リネットは心底同情するように、セバスを労った。

「いえ、滅相もございません。リネット殿、主がご迷惑をおかけしております」

セバスは慇懃に一礼し、リネットと視線を合わせる。誠実な執事と、職人気質の花屋の少女。二人の間には、どこか通じ合うような、穏やかで信頼の置ける空気が流れていた。
だが。

「……セバス。差し入れは助かるけど、リネットとあまり話しすぎないでくれないか。彼女は、今僕の『先生』をしているんだから」

椅子に座ったままのルカが、不意に口を挟んだ。
その声は少しだけ尖っていて、眉間には微かな皺が寄っている。リネットに向けられたセバスの穏やかな微笑みが、なぜだかひどく癪に触ったのだ。

(……おや?)

セバスは、主人のその僅かな変化を逃さなかった。
全属性の魔法を使いこなし、何事にも無関心だったはずのルカ様が、自分と少女が親しげに話しているだけで、あからさまに「モヤモヤ」としている。

(なるほど。……これは、ヤキモチですか)

当のリネットは「何が先生よ、呆れた王子様ね」と、言いつつもルカの元へ座り、お花に向きあう。
セバスだけは、ルカの中に芽生えた初めての感情に、密かに口角を上げた。

「……では、ルカ様。私は外で控えております。リネット殿、主をよろしくお願いいたしますね」

セバスが店を出ていく際、リネットは心からの親愛を込めて、彼にふわりと柔らかな笑顔を送った。

「どうもありがとう、セバスさん。またね!」

その瞬間、ルカの胸の奥で、正体不明のどろりとした感情が渦巻いた。
これまで、彼は微笑みかけられる側の人間だった。どんな令嬢も、どんな臣下も、彼の顔色を窺い、機嫌を取るために微笑んできた。だが、今リネットが向けたのは、立場も下心も関係ない、対等な人間としての温かい笑みだ。

(……僕には一度も、あんな風に笑ってくれないのに)

ルカは自分でも驚くほど、激しい焦燥感に駆られていた。
「僕を見ろ」と、喉まで出かかった言葉を飲み込む。王子としてのアピールならいくらでも知っている。権力を見せつけることも、甘い言葉で誘惑することも容易い。
けれど、……リネット相手には、どうすればいいかわからず、ルカは子供のように唇を尖らせ、不器用な手つきで鉢植えに魔力を注ぎ込む。

「……っ、あ……!」

「ああっ、もう! 力が強すぎるってば!」

モヤモヤとした感情が魔力に混じり、弱っていたはずの花がびりりと震えた。リネットが慌ててルカの手を上から包み込み、その暴走を抑える。

「……ごめん。少し、集中が乱れた」

「全く、さっきまではいい感じだったのに。……何よ、そんなにセバスさんの差し入れが食べたかったの?」

「……そんなんじゃないよ。ただ……」

ルカは、自分を叱るリネットの瞳をじっと見つめた。
彼女の手のひらの温もりが、自分の甲に伝わっている。リネットは真剣に花の状態を心配しているが、ルカにとっては、この一瞬の接触だけが今の苛立ちを鎮める唯一の薬だった。

「リネット。……僕、もっと上手くなるよ。君に、さっきみたいな顔で笑ってもらえるくらいにね」

「……はぁ? 意味わかんない。……ほら、もう一回。今度はもっと、深呼吸して」

呆れたように言いながらも、リネットは手を離さずに魔力の調整を助けてくれる。

ルカは鼻先を掠める彼女の髪の香りと、花が放つ清らかな魔力の匂いの中で、不器用な独占欲を静かに、けれど確実に育て始めていた。
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