猫被り王子が出会う、本気の恋!

花垣 雷

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隣人

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それ以来、リネットの周囲にはセバスが厳選した精鋭の「影の護衛」が配置されるようになったのだが……。

「おい! そこの護衛! さっきからリネットに話しかけすぎだろ! 仕事は監視だ、私語は慎め!」

店内にルカの怒声が響く。

「ルカ、やめてよ。彼はただ、お花の名前を質問しただけじゃない」

「名前を教えるのは僕の役目だ! ……いいか、今日から俺がここに寝泊まりする! お前はもう帰れ、今すぐだ!」

王子の立場を完全に忘れて護衛を追い払おうとするルカ。リネットは「もう、バカじゃないの……」と額を押さえてため息をつく。

そこへ、店の片隅で優雅に茶を啜っていたセバスが、呆れ果てた様子で口を開いた。

「はぁ。ルカ様、みっともないですよ。一国の王子が平民の店に居座るなど、城の重鎮たちが聞けば卒倒してしまいます。それに、貴方がここに寝泊まりすれば、リネット殿の評判にも関わります」

「……っ、そんなこと言ったって、またあんなことがあったら……!」

「ですから、提案がございます」

セバスは不敵な笑みを浮かべ、一枚の図面を取り出した。

「この店の隣、ちょうど空き家になっていましたよね。そこを私が買い取らせていただきました。今日からそこを『王子の臨時執務室』兼『宿泊所』とします。これなら、リネット殿のプライバシーを守りつつ、貴方は二十四時間体制で彼女を見守ることができます。……いかがです?」

「セバス……! お前、たまには気の利くことをするじゃないか!」

「……ただし、昼間の公務は二倍の速さで片付けていただきますがね。さあ、ルカ様。引越し作業の前に、山積みの書類が待っていますよ」

セバスに首根っこを掴まれるようにして引きずられていくルカ。
リネットは、隣に引っ越してくるという「お隣さん」の顔を思い浮かべ、顔を赤らめながらも、少しだけ嬉しそうに花の世話を再開した。

引越し当日

王城の執務室では、かつてないほどの速度でペンを走らせ、魔法のように書類を捌く王子の姿があった。セバスですら「これほどの集中力を公務で見せるとは」と舌を巻くほどの執念である。

そして、夕暮れ時

リネットが店の片付けを終えた頃、目の前に現れたのは、目の下にうっすらとクマを作り、げっそりと頬をこけさせた、しかしこれ以上ないほど満面の笑みを浮かべたルカだった。

「リネット……! 終わった、全部終わらせてきたぞ……!」

「ちょっと、ルカ! 顔色が最悪じゃない。いつでも会えるんだし、自分のことも大切にしなさいよ」

リネットは呆れながらも、そのあまりに真っ直ぐな、自分に会いたい一心で無理をした王子を見て、堪えきれずにクスクスと笑い出した。

「へへ、おはようリネット。……今日から、よろしくな」

まだ日は沈みかけているが、ルカにとってはここからが新しい一日の始まりのようなものだ。

「はいはい、おはようルカ。……とりあえず、その顔じゃお花が怖がるから、隣で一眠りしてきなさい?」

「えー、せっかく来たのに……。じゃあ、リネットの淹れたお茶を飲んだら、そうするよ」

二人は隣り合った店の軒先で、心地よい風に吹かれながら見つめ合う。
その様子を、新居の二階から荷解きをしながら眺めていたセバスは、手に持ったティーカップを軽く掲げた。

「……やれやれ。お隣さんになった途端、これですか。主人の『全力の片想い』は、どうやら第二章に突入したようですね」

明け方、まだ街が深い藍色に包まれている頃。

ルカは、リネットの家の隣にある新しい寝室でパチリと目を覚ましました。
昨日の疲れと安心感からか、泥のように眠り込んでしまったようです。窓の外を見やれば、隣の家——リネットの部屋の窓はまだ暗く、彼女が穏やかな眠りの中にいることを物語っていました。

「……さすがにまだ、寝てるよな」

ルカは寝癖のついた頭をかきながら、リネットの気配を探るように壁を見つめました。全属性の魔力に長けた彼には、壁一枚隔てた隣で、リネットの規則正しい、安らかな寝息が微かな魔力の揺らぎとして伝わってきます。

それを確認してホッと胸をなでおろすと、ルカは机の上に山積みにされた、セバスが「転居祝い」と称して運び込んだ公務の書類に視線を落としました。

「……よし。あいつが起きて電気が着くまでは、これに目を通しておくか」

リネットが起きるまでの数時間を、無駄にするつもりはありませんでした。早く終わらせれば、それだけ彼女との「おはよう」の時間を長く確保できるからです。
魔道具の小さな灯りを点け、ルカは静かにペンを走らせ始めました。

静寂な夜明け前、カリカリと紙を滑る音だけが響きます。

(あいつが起きたら、今日はあの花に一番に水をあげようって言ってたな……)

ふとした瞬間に隣の主を思い出し、ルカの口元には自然と柔らかな笑みが浮かんでいました。それは、かつて「神の加護」を持ちながらも孤独だった王子の顔ではなく、恋する一人の青年の顔でした。
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