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最高のお隣さん
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幸せな朝食の時間は、和やかな空気のまま幕を閉じました。
リネットは「ごちそうさま! 本当に美味しかったわ、ルカ」と満足げに笑い、開店準備のために自分の店へと戻っていきました。
しかし、一人残されたダイニングルームで、ルカはスプーンを握ったまま固まっていました。
「……最高のお隣さん、か」
その言葉が、リネットの去った後の静寂の中で何度もリフレインします。
「『お隣さん』……。いや、間違ってない。今の僕は間違いなく隣に住んでいるし、最高に役に立つ隣人を目指したわけだけど……」
ルカはガクリとテーブルに突っ伏しました。
彼が目指していたのは「最高の騎士」や「最高の恋人」、あるいは「リネットにとって唯一無二の男」であって、決して「近所の親切なお兄さん」という枠に収まることではなかったのです。
そこへ、音もなく現れたセバスが、空になった皿を片付け始めました。
「おやおや。あんなに張り切って料理を振る舞っておきながら、どうしてそんなに死にそうな顔をしているんですか」
「……セバス、聞いたか? さっきリネット、僕のこと『最高のお隣さん』って言ったんだぞ」
「ええ、はっきりと。素晴らしい褒め言葉ではありませんか。不審者同然だった出会いから考えれば、大躍進ですよ」
「躍進なもんか! 『お隣さん』っていうのは、つまり『それ以上でもそれ以下でもない』ってことだろ!? 僕はこんなに、隣の壁を突き破って会いに行きたいくらい好きなのに……!」
ルカの背中から、どよ~んとした暗いオーラが全属性の魔力と共に漏れ出し、部屋の隅の花瓶がカタカタと震え始めます。
「リネットは、僕のことを『便利で料理が上手い隣の住人』としか思ってないんじゃないか? だったら、お城の優秀なシェフを隣に住ませたって同じだったってことか……?」
「極論ですね。……まあ、あんなにストレートに『好きだ』と告白したのに、関係性が『お隣さん』に固定されたのだとしたら、ルカ様のこれまでのアプローチがよほど『お隣さん』止まりだったということでしょう」
セバスの容赦ない追い打ちに、ルカは「うあああああ!」と顔を覆いました。
「……公務に戻りますよ。いつまでも落ち込んでいる暇はありません。今日も隣の『店主殿』を守るための仕事が山積みですからね」
「……分かってるよ。でも、次は絶対に『お隣さん』なんて言わせないからな……!」
ルカは怨念のような意志を込めてペンを握り直し、隣から聞こえてくるリネットの楽しげな鼻歌を耳にしながら、次なる「脱・お隣さん作戦」を練り始めるのでした。
「アプローチが足りない。そのままだと親切な隣人Aで一生を終えますよ」
セバスのその毒舌な一言が、ルカの導火線に火をつけました。
「お隣さん」という言葉に隠されたリネットなりの照れ隠し——「隣にいてくれるのが当たり前になるくらい、特別で大切」という意味——に気づくほど、今のルカは冷静ではありません。
「……そうか。足りないなら、分からせてやるまでだ」
ガタン! と椅子を蹴って立ち上がったルカは、公務の最後の一枚を驚異的な筆圧で書き終えると、そのまま隣の店へと突撃しました。
「リネット!!」
「ひゃいっ!? ……な、なによ、大きな声出して」
リネットが驚いて振り返ると、そこにはかつてないほど真剣な、それこそ魔王を討伐しに行くような決死の表情をしたルカが立っていました。
「デートだ!」
「は? でっ、でーと……!?」
リネットの手から、手入れをしていたハサミがポロリと落ちそうになります。
「お隣さん」という、自分なりに精一杯の親愛を込めた言葉が、まさかこんな猛攻を招くとは思ってもみなかったのです。
「思い立ったがなんとやら、だ! 今すぐ行くぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 今すぐって、お店はどうするのよ! まだ仕事が……」
「吉日ですね。店の方は、私の手配した影の者が完璧に番をしておきますので、ご安心を」
いつの間にか背後に立っていたセバスが、スッとリネットの肩に外出用のストールをかけました。
「セバスは静かにしてろ! 余計な口を挟むな!」
「おやおや、せっかく背中を押して差し上げたのに。……さあリネット殿、この『最高のお隣さん』が『特別な男』になれるかどうか、今日一日で見定めてやってください」
セバスの皮肉混じりのエールを背中に浴びながら、ルカはリネットの細い手を力強く、けれど壊れ物を扱うように優しく握りました。
「……ルカ、強引すぎるわよ」
リネットは真っ赤になって俯きますが、その手は決して振り払われませんでした。むしろ、ルカの大きな手のひらから伝わってくる熱い鼓動に、彼女の心臓も騒がしく鳴り始めます。
「強引で結構! ……今日は、一国の王子としてでも、隣の住人としてでもない。……ただの男として、君をエスコートさせてくれ」
全属性の魔力調整によって、ルカの周囲にはふわりと心地よい風が吹き、リネットを優しく包み込みます。それは、彼なりの決意の現れでした。
リネットは「ごちそうさま! 本当に美味しかったわ、ルカ」と満足げに笑い、開店準備のために自分の店へと戻っていきました。
しかし、一人残されたダイニングルームで、ルカはスプーンを握ったまま固まっていました。
「……最高のお隣さん、か」
その言葉が、リネットの去った後の静寂の中で何度もリフレインします。
「『お隣さん』……。いや、間違ってない。今の僕は間違いなく隣に住んでいるし、最高に役に立つ隣人を目指したわけだけど……」
ルカはガクリとテーブルに突っ伏しました。
彼が目指していたのは「最高の騎士」や「最高の恋人」、あるいは「リネットにとって唯一無二の男」であって、決して「近所の親切なお兄さん」という枠に収まることではなかったのです。
そこへ、音もなく現れたセバスが、空になった皿を片付け始めました。
「おやおや。あんなに張り切って料理を振る舞っておきながら、どうしてそんなに死にそうな顔をしているんですか」
「……セバス、聞いたか? さっきリネット、僕のこと『最高のお隣さん』って言ったんだぞ」
「ええ、はっきりと。素晴らしい褒め言葉ではありませんか。不審者同然だった出会いから考えれば、大躍進ですよ」
「躍進なもんか! 『お隣さん』っていうのは、つまり『それ以上でもそれ以下でもない』ってことだろ!? 僕はこんなに、隣の壁を突き破って会いに行きたいくらい好きなのに……!」
ルカの背中から、どよ~んとした暗いオーラが全属性の魔力と共に漏れ出し、部屋の隅の花瓶がカタカタと震え始めます。
「リネットは、僕のことを『便利で料理が上手い隣の住人』としか思ってないんじゃないか? だったら、お城の優秀なシェフを隣に住ませたって同じだったってことか……?」
「極論ですね。……まあ、あんなにストレートに『好きだ』と告白したのに、関係性が『お隣さん』に固定されたのだとしたら、ルカ様のこれまでのアプローチがよほど『お隣さん』止まりだったということでしょう」
セバスの容赦ない追い打ちに、ルカは「うあああああ!」と顔を覆いました。
「……公務に戻りますよ。いつまでも落ち込んでいる暇はありません。今日も隣の『店主殿』を守るための仕事が山積みですからね」
「……分かってるよ。でも、次は絶対に『お隣さん』なんて言わせないからな……!」
ルカは怨念のような意志を込めてペンを握り直し、隣から聞こえてくるリネットの楽しげな鼻歌を耳にしながら、次なる「脱・お隣さん作戦」を練り始めるのでした。
「アプローチが足りない。そのままだと親切な隣人Aで一生を終えますよ」
セバスのその毒舌な一言が、ルカの導火線に火をつけました。
「お隣さん」という言葉に隠されたリネットなりの照れ隠し——「隣にいてくれるのが当たり前になるくらい、特別で大切」という意味——に気づくほど、今のルカは冷静ではありません。
「……そうか。足りないなら、分からせてやるまでだ」
ガタン! と椅子を蹴って立ち上がったルカは、公務の最後の一枚を驚異的な筆圧で書き終えると、そのまま隣の店へと突撃しました。
「リネット!!」
「ひゃいっ!? ……な、なによ、大きな声出して」
リネットが驚いて振り返ると、そこにはかつてないほど真剣な、それこそ魔王を討伐しに行くような決死の表情をしたルカが立っていました。
「デートだ!」
「は? でっ、でーと……!?」
リネットの手から、手入れをしていたハサミがポロリと落ちそうになります。
「お隣さん」という、自分なりに精一杯の親愛を込めた言葉が、まさかこんな猛攻を招くとは思ってもみなかったのです。
「思い立ったがなんとやら、だ! 今すぐ行くぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 今すぐって、お店はどうするのよ! まだ仕事が……」
「吉日ですね。店の方は、私の手配した影の者が完璧に番をしておきますので、ご安心を」
いつの間にか背後に立っていたセバスが、スッとリネットの肩に外出用のストールをかけました。
「セバスは静かにしてろ! 余計な口を挟むな!」
「おやおや、せっかく背中を押して差し上げたのに。……さあリネット殿、この『最高のお隣さん』が『特別な男』になれるかどうか、今日一日で見定めてやってください」
セバスの皮肉混じりのエールを背中に浴びながら、ルカはリネットの細い手を力強く、けれど壊れ物を扱うように優しく握りました。
「……ルカ、強引すぎるわよ」
リネットは真っ赤になって俯きますが、その手は決して振り払われませんでした。むしろ、ルカの大きな手のひらから伝わってくる熱い鼓動に、彼女の心臓も騒がしく鳴り始めます。
「強引で結構! ……今日は、一国の王子としてでも、隣の住人としてでもない。……ただの男として、君をエスコートさせてくれ」
全属性の魔力調整によって、ルカの周囲にはふわりと心地よい風が吹き、リネットを優しく包み込みます。それは、彼なりの決意の現れでした。
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