猫被り王子が出会う、本気の恋!

花垣 雷

文字の大きさ
28 / 31

淑女の礼は60度?45度?

しおりを挟む
「陛下には、『面(おもて)を上げよ』と言われたら、ゆっくりとお顔を陛下の方へ向けます。素早く動いてはいけません、優雅に、です。良いですね?」

「ええ、わかったわ……。けど、てっきり普段のナイフやフォークの持ち方から学ぶものだと思ってたんだけど……」

リネットは、セバスが教える内容がいきなり「対・国王陛下」の実践編であることに戸惑いを隠せません。しかし、セバスは眼鏡の奥の瞳を冷徹に光らせ、淡々と続けました。

「そんなものは、食べながら直せばよろしい。それよりも、まずは命に関わる『不敬罪』を回避するのが先決です」

「い、命に関わるの!?」

その後、数時間に及ぶ「カーテシー(淑女の礼)」と「視線の合わせ方」の特訓が行われました。足が震え、笑顔が引き攣り始めた頃、セバスはスッと教鞭(のような指示棒)を収めました。

「さて、このくらいで大丈夫でしょう。明日は王城へ行きますから、今夜は早めにお休み下さいませ」

「……へ?」

リネットは固まりました。

「……明日? 今、明日って言った? ……嘘でしょ!? まだカーテシーの角度が45度か60度か怪しいし、王宮までの心の準備が……!」

「ルカ様が、先ほど鳩を使って陛下に『明日、未来の王妃を連れて行く』と早馬並みの速度で連絡を通されました。陛下も大変乗り気で、『明日来なければ、こちらから兵を出して迎えに行く』と仰っております」

「あのバカ王子ーーーー!!」

リネットの叫びが夜の店内に響き渡ります。
すると、隣の壁から「ドンドン!」と叩く音が聞こえてきました。

「リネット! 大丈夫だ、僕がずっと横にいるからな! 陛下が何か言ったら、僕が魔力で……」

「ルカ様、余計なことは言わずに寝なさい。……さあ、リネット殿。明日は朝四時起きです。お肌に障りますので、さっさとお休みを」

「四時!? 待って、セバス、まだ心のダムが決壊したままなんだけど……!」

抵抗も虚しく、リネットは半ば強制的に「お隣さん生活」最後(?)の夜を、緊張と震えの中で過ごすことになったのでした。ついに、運命の朝がやってきました。
リネットの寝室に、控えめながらも確かなノックの音が響きます。

「……入るよ?」

扉が開いた瞬間、リネットは思わず目を細めました。そこには、いつもの「隣に住んでいるお調子者の青年」の姿はありませんでした。
濃紺の布地に金糸の刺繍が施された、隙のない軍礼装風の正装。胸元には王家の紋章が刻まれた勲章が誇らしげに輝き、肩からかけられたマントが彼の立ち姿をいっそう際立たせています。

「……かっ」

「かっこいい」と言いかけて、リネットは猛烈に赤面し、口を手で押さえました。

(なによ……ずるいわよ。あんなの、本当に王子様じゃない!)

一方、ルカもまた、扉の前で金縛りにあったように立ち尽くしていました。
城から派遣されたメイドたちの手によって、リネットは淡い水色のドレスを身に纏っていました。彼女の瞳の色を引き立てるその衣装。結い上げられた髪には、ルカが贈ったあの魔法の指輪と同じ輝きを放つ髪飾りが添えられています。

「うわぁ……。リネット、可愛い……。世界一可愛い……」

「……もう、バカ言わないでよ」

二人が見つめ合ったまま、顔をリンゴのように赤くしていると、背後から冷ややかな、けれどどこか楽しげな声が響きました。

「やれやれ。朝からまた二人でゆでダコですか。平和なことで」

セバスが、これまた完璧な執事の礼装で時計をパチンと閉じました。

「「うるさい(わね)な!!」」

二人の声が重なり、部屋にいたメイドたちがクスクスと笑い声を上げます。

「リネット様。本日は次期王妃様のお支度に携わらせていただき、心より感謝いたします。本当にお綺麗ですよ」

メイドたちに背中を押され、リネットはおぼつかない足取りで一歩前に進みました。
ルカは、そんな彼女の緊張を解くように、優しく、けれど頼もしく右手を差し出します。

「……さあ、リネット。行こうか。僕がずっと、君の隣にいるから」

その手のひらは、昨日までの「お隣さん」と同じ温かさでした。リネットはその手に自分の手を重ね、大きく深呼吸をしました。

「ええ。……エスコート、よろしくね。私の王子様」

ついに王宮へ向けて出発です!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

うわさの行方

下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。 すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。 戦場から帰るまでは。 三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。 ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。

妻が通う邸の中に

月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。

【完結】ルースの祈り ~笑顔も涙もすべて~

ねるねわかば
恋愛
悪路に閉ざされた貧しい辺境ルースライン領。 兄を支えたい子爵令嬢リゼは、視察に来た調査官のずさんな仕事に思わず異議を唱える。 異議を唱えた相手は、侯爵家の子息で冷静沈着な官吏ギルベルト。 最悪の出会いだった二人だが、領の問題に向き合う中で互いの誠実さを知り、次第に理解し合っていく。 やがてリゼが王都で働き始めたことを機に距離を縮める二人。しかし立ちはだかるのは身分差と政略結婚という現実。自分では彼の未来を縛れないと、リゼは想いを押し込めようとする。 そんな中、故郷の川で拾われる“名もなき石”が思わぬ縁を呼び、リゼの選択と領の未来を動かしていく――。 想いと責務の狭間で揺れる青年と、自分を後回しにしがちな少女。 すれ違いと葛藤の先で、二人は互いを選び取れるのか。 辺境令嬢の小さな勇気が恋と運命を変えていく。 ※作中の仕事や災害、病、小物の知識などは全てフィクションです。史実や事実に基づいていないことをご理解ください。 ※8万字前後になる予定です。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

処理中です...