聖域の森へ忍び寄る足音

花垣 雷

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第二十一章:目覚めと、扉の向こうの絆

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精霊たちの柔らかな光がゆっくりと室内に溶け込んでいった、その時。

「……アリオス……」

唇をわずかに動かし、セレーナが彼の名を呼びました。まだ瞳は瞑(つむ)ったままでしたが、その声は以前のような孤独な響きではなく、どこか安堵に満ちた甘やかな響きを湛えていました。

アリオスは、こぼれそうになる涙を必死にこらえ、世界で一番優しい声で微笑みました。

「——小さな主(あるじ)。おはよう」

その呼び名に、セレーナの睫毛が震え、ゆっくりと黄金の瞳が開かれました。視界が定まるにつれ、彼女は目の前の少年に意識を集中させます。しかし、再会の喜びよりも先に、彼女は彼の異変を察知しました。

「アリオス、……体から血の匂いがするわ。それに、その包帯……。あ、そういえば!」

記憶が濁流のように蘇ります。森の小屋を囲んだ炎、下劣な笑みを浮かべた男たち、そして自分を庇って斬りつけられたアリオスの背中。

「ごめんなさい、私のせいで。それに……見られたのよね? 私の瞳を。あんな恐ろしい光を……。嫌わないで、アリオス」

セレーナは怯えたように、彼の手を握りしめました。しかし、アリオスは困ったような、それでいて深い慈しみを込めた眼差しで彼女を見つめ、躊躇いながらも真実を切り出しました。

「セレーナ、落ち着いて聞いて。君を嫌うことなんて、一生ありえない。……ただ、一つだけ伝えなければならないことがあるんだ。ごめん、実はここ……王宮なんだ」

「……え?」

セレーナの表情が、一瞬にして凍りつきました。

「王宮? どうして……。嫌よ、私は死んだことにされているはずなのに。またあの冷たい檻(おり)に戻されるの?」

パニックに陥り、震え出した彼女の肩を、アリオスは優しく、しかし力強く包み込みました。

「違うんだ、セレーナ。君を閉じ込めるためじゃない。みんな、君に謝りたがっている。……そして、君を愛している人たちが、ずっと待っていたんだ」

誤解を解くには、自分の言葉だけでは足りない。アリオスはそう判断すると、廊下で待機していた国王と王妃を呼びに、静かに席を立ちました。

扉が開き、国王と王妃が室内へと足を踏み入れました。
二人の顔を見た瞬間、セレーナは息を呑みましたが、そこにはかつて自分を森へ送った時の冷徹な「王」の姿はありませんでした。そこにあるのは、ただひたすらに娘を案じ、涙で顔を濡らした一組の夫婦の姿でした。

アリオスは彼らに深々と一礼すると、セレーナへ向けて一度だけ温かく頷きました。

「ここからは、家族の時間だ。……僕は外で待っているよ、主」

アリオスは、再会を待ちわびた親子のために部屋を後にしました。彼が扉を閉める直前、背後から

「セレーナ、許しておくれ……!」

という王の震える声と、王妃が娘を抱きしめる衣擦れの音が聞こえてきました。

一人の騎士として、そして彼女を愛する者として。
アリオスは扉に背を預け、ようやく訪れた「家族の夜明け」の気配を感じながら、静かに、深く息を吐くのでした。
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