元ヤン教育係を、逆に教育しちゃう形になりまして…

花垣 雷

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教育係を任されました。

監視の猫、擬態の鬼。

一方の瀬戸は、帰りの電車に揺られながら、今日の出来事を頭の中で何度もリピートしていた。

(鬼塚さん……本当に、凄い人だな……)

思い出すのは、律のあの「可愛らしさ」だ。ふんわりとした雰囲気、柔らかな声。あんなに可愛いうえに、周囲への気遣いまで完璧。自分があんな大失態をした時も、「裏紙にすればいい」とあの一言で救ってくれた。
正直、まだ情けなくて落ち込んでいるけれど、鬼塚さんの顔を思い出すだけで少し胸が温かくなる。

(顔も、可愛いとかっこいいが混じってて……でも、時々凄く『かっこいい』が勝つ瞬間があるんだよな)

日誌の書き方を教わった時の、あの距離感。
伏せられた長い睫毛、仕事に集中する真剣な眼差し。あのかがみ込む仕草ひとつとっても、思い出すだけで心拍数が跳ね上がるほどにかっこよかった。

けれど——。

(……あの時。唐揚げ屋さんで、メニューを渡された時)
瀬戸は、自分の指先を見つめて小さく首を傾げた。
あの時の鬼塚さん。口元は確かに、いつものようにふわっと優しく笑っていた。
けれど、目は全く笑っていなかったような気がする。
それだけじゃない。「怒ることはあるのか」と聞いた時。
鬼塚さんは遠くを見るような、どこか冷めたような目をしていた。

そして「怒られた方が楽だ」なんて口走ってしまった後の、あの沈黙。

(……笑っているのに、ものすごい圧を感じた気がする。あれは……気のせいなのかな。僕を励まそうとして、感情を抑えてくれていた……?)

瀬戸は、自分の考えすぎだろうかと溜息をついた。
自分みたいなダメな新人に、あんなに優しく接してくれているのだ。裏があるなんて考える方が失礼に決まっている。
でも、あの瞬間に感じた、肌を刺すようなヒリヒリとした空気。
それは、昨日まで抱いていた「癒やし系」のイメージとは、決定的に何かが違っていた。

「……本当は、厳しい人なのかな」

瀬戸は窓の外に流れる夜景を見つめた。
怖い、とは思わなかった。
ただ、もっと鬼塚さんのことが知りたくなった。あの笑顔の裏側で、彼が何を考えているのか。

(明日は、もっとしっかりしなきゃ。鬼塚さんに、これ以上心配をかけないように……!)

瀬戸は真っ赤な顔で自分に気合を入れる。

一方、その頃の鬼塚は自宅で「あいつマジでめんどくせぇ!!」とクッションに裏拳を叩き込んでいるとは、夢にも思わずに。

翌朝。
瀬戸は駅のホームで何度も深く呼吸を繰り返していた。

(落ち着け、瀬戸蓮。昨日は鬼塚さんに甘えすぎた。今日は一呼吸おいて、落ち着いて行動するんだ。……そして、確かめるんだ。あの『圧』の正体を)

オフィスに入ると、すでに律は席についていた。
窓からの柔らかな光を浴びて、パソコンに向かう律は、今日も今日とて「営業二課の聖母」のように爽やかで、美しい。

「おはようございます、鬼塚さん!」

「あ、瀬戸くん。おはよう! 今日も早いね、感心しちゃうな」

律がふにゃりと笑う。
昨日、唐揚げ屋で感じたあの冷ややかな空気など、幻だったのではないかと思わせるほどの極上スマイルだ。

挨拶を終え、自分のデスクに座るフリをしながら、視線だけをそっと隣に向ける。

(観察だ……一呼吸おいて、よく見るんだ)

律が資料をホチキスで止める。
パチン。

(……あ、今、ホチキスを叩く力がちょっと強かった気がする)

律がメールを打ち込む。

カタカタカタカタ、ッターン!!

(……最後のエンターキーの音が、妙に鋭い。まるで誰かの喉元を突くような……)

律がふと、コーヒーを飲もうとして、空であることに気づく。
一瞬だけ、本当に一瞬だけ。
律の眉間に、深い谷間のようなシワが刻まれた。
その瞳に宿ったのは、後輩に見せる慈愛などではなく、獲物を屠る直前の肉食獣のような、獰猛な「苛立ち」だった。

(……!!)

瀬戸の背筋にゾクりと震えが走る。
だが、律がこちらを振り返った瞬間、その凶悪な光は魔法のように消え、いつもの「ゆるふわ」な輝きに上書きされた。

「どうしたの、瀬戸くん? じっと見つめちゃって。僕の顔に、何か付いてる?」

律が小首を傾げて、あざとく微笑む。

「あ、い、いえっ! なんでもありません! 完璧に、あの、完璧にこなそうと思って、気合を入れていただけです!」

(やっぱり、気のせいじゃない。鬼塚さんの中には、僕の知らない『何か』がいる……)

瀬戸は、恐怖よりも先に、抑えきれない好奇心と高揚感を感じていた。一方、律はというと——。

(……チッ、何なんだよ、朝からジロジロと。視線が刺さって仕事にならねーだろ。……落ち着け、俺。スマイルだ、スマイル。あんな天然子猫にバレるはずがねぇ……)

律の心の中では、今日も今日とて「鬼」が檻の格子をガンガンと叩き、暴れまわっていた。
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