Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

金斬 児狐

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暗黒大陸編 5巻

暗黒大陸編 5-3

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《百五十九日目》/《二■五■九■目》

 昨日から宝肢泥掘師と共に挑んだ《大泥濘幻想領域・クレイタリア》は、非常に不思議な場所だった。
 その不思議具合を何とかして言葉にするなら、存在する全てが本物であり偽物でもある、といったところだろうか。
 そんな何とも表現しがたい《大泥濘幻想領域・クレイタリア》は広大な領域を誇り、その難度の高さもあって、外界とを明確に隔てる【境界圏ボーダープレース】はとても大規模なモノだった。
 内部に入るには、数百メートルのよく踏みしめられた坂道を進む必要があり、それを越えた先は小高い崖の上になっていて、そこから周囲を見渡せた。
 鬱蒼うっそうと生い茂る自然豊かな森林。
 その横に広がる、樹木や地面が青白く凍りついた極寒の森や、濃いきりで包まれた黒い針葉樹の森。
 底まで見通せるほど透明度の高い水で満ちた湖。
 その近くを流れるグツグツと煮えたぎる溶岩の川と、天に向かって噴き上がる土石混じりの間欠泉。
 まるで数百年も放置されたような破損の目立つ古城。
 古城の近くには亜人種系のモンスターが暮らしているらしく、木の柵が張り巡らされた集落が幾つも点在し、時折争い合っているのかその間の平原はどこか荒れている。
 その他にも、遠くでかすむ天高く伸びる白亜の塔や、青空に浮かぶ大小無数の浮島群など、気になるモノが多数あった。
 遠くから眺めただけでも分かるほど、普通ではありえない環境のようだ。
 異常な環境というだけなら他の場所でもよくあった事であるが、ここまで統一感のない様々なモノが点在しているのは見た事が無い。
 実際、これまでに攻略してきた【エリアレイドボス】の領域には何かしらの統一感があった。何かしらの法則で支配するならその方が都合がいいのだろう。
 しかしここでは本当に色々なモノがある。それを不思議に思っていると、宝肢泥掘師が答えを教えてくれた。
 この中にあるモノは全て、《大泥濘幻想領域・クレイタリア》の主である古代極幻造泥命帝王〝ティアルマティアス〟の能力によって生成される膨大ぼうだいな泥――【ティアスの幻泥フェムト】によって構築されているそうだ。
 今は小鬼の姿となり、チャボマルと共に俺の頭や肩に乗っている泥人形も、元は〝ティアルマティアス〟からがれ落ちた一部である。
 それと似て非なる【ティアスの幻泥】もまた、万物に変化する能力を秘めているという事か。
 ただしその変化にはある程度の制限があるようで、基本的にはここの多種多様な環境や建造物になっているそうだ。
 一ヵ月に一度、特定の法則で動く【大泥沈下ティアモルグラード】という現象によって環境が大きく変化するまではそのままの状態らしく、泥掘師達はその見極めでも腕前が問われるのだとか。
 そうした環境も結構厄介ではあるが、一番の問題は、出現するモンスターの中に〝沈泥災獣ディザービート〟という強化個体が混じっている事だという。
 割合としては千分の一くらいらしいが、その強さは桁違けたちがいだそうだ。
 しかも、遠目には弱いモンスターかと油断させておいて出合であがしらに全力で襲い掛かってきたり、あるいはとどめを刺される間際に真の実力を発揮したりするようで、仕留めるまで安心できない。最後の最後で油断した泥掘師のパーティが逆に壊滅させられる事も珍しくないのだとか。
 話を聞いた時にも厄介だと思ったが、毒液に濡れた金属質の切れ味鋭い刃鱗じんりんを持つ大蛇〝スライステン・ドラグブル〟の群れを相手にした時、実際に遭遇して驚かされた。
 二十メートル程の体長、胴体の直径が八十センチを超える巨大な蛇が群れを成して襲い掛かって来る光景は迫力があったが、その対応はどうにでもなった。
 黒焔光背から黒焔を撒き散らし、強力な毒液ごと蒸発させて美味しい匂いを出させている時の気分は、鰻屋うなぎやの料理人に近かったかもしれない。
 ともあれ、そんなこんなで多少の油断があった中、ほとんど表面が焼けてグッタリと倒れていた中の一体が、死角から急に襲い掛かってきた。
 見た目的に致命傷だと思ったのだが、〝沈泥災獣〟がそれを逆手にとって死んだふりをしていた訳だ。
 咄嗟とっさの事に一瞬だけ対応が遅れたものの、毒牙をしにして丸呑まるのみしようと大口を開いた頭部に対して、機械腕の一振りを叩き込んだ。
 手加減をミスしてしまい巨獣すら端微塵ぱみじんに叩き潰す一撃だったはずだが、それを受けた〝沈泥災獣〟は頭部を粉砕され地面に叩きつけられ埋もれてなお、原形が残っていた。
 肉片すら残らないと思ったのに、その強度は俺の想像を超えていた。
 こんなのが混ざっているとなると、確かに厄介だ。
 ただ、他よりも明らかに美味く、個人的には当たり枠といった感じもある。
 大蛇型の〝沈泥災獣〟を手早くさばき、こんな事もあろうかと作っておいた自家製のタレを塗りながら焼いた一品を俺と宝肢泥掘師の飯にした。
 それが思わず笑顔になる程の美味さだったのだから、他のモンスターに擬態ぎたいした〝沈泥災獣〟の味がとても気になったのは、ある意味で当然の事だろう。
 新たな〝沈泥災獣〟を求め、まず始めたのはダンジョンモンスター狩りである。
 後方で宝肢泥掘師がドン引きしている気配を感じつつ、今日一日はモンスターに混じる〝沈泥災獣〟探しに没頭した。
 どれも美味い上に、狙っている同業者もいない為、結構狙い目な標的ではなかろうか。


《百六十日目》/《二■六■日目》

《大泥濘幻想領域・クレイタリア》は広大だ。
 その中心まで行こうとしたらかなりの距離を移動する必要がある。道中の騒動や探索なども含めて考えると、休暇を終えて明日から再開される本家令嬢達の修行と並行はできない。
 その為、現在は比較的浅い場所で、普通は回避する難度の高い環境を中心に回っていた。
 その方が標的である〝沈泥災獣〟との遭遇率が高い為である。
 そして実際に回って実感したところによると、俺単独であればここまで効率的には進めなかっただろう。
 というのも、観光地のように安全な場所もある為、無駄な時間を使っていたはずだ。
《大泥濘幻想領域・クレイタリア》を熟知している宝肢泥掘師の案内がなければ、高難度地帯の多種多様な〝沈泥災獣〟をこれほど仕留める事はできなかった。
 当初は、無駄な危険はできるだけ回避する方針の宝肢泥掘師に嫌な顔をされた。しかし、基本的に戦闘は俺が担当するし、案内するだけで普段なら滅多に手に入らない素材を数多く入手できる事が分かってからは、宝肢泥掘師も遠慮会釈はありつつも積極的に手助けしてくれるようになった。
 今日の目標は最低十種類の〝沈泥災獣〟を狩る事だ。
 達成に向けてほぼ休みなく動き続け、苦労はありつつも、夕方頃には目標を大きく超えて二十種類の〝沈泥災獣〟を仕留める事ができた。
 その過程でドロップしたアイテムの山に、宝肢泥掘師も良い笑顔である。
 これで一先ず終わりとし、帰ろうとしたところで、遠くから悲鳴が聞こえた。
 可愛いモノではなく、雄叫おたけびに近い絶叫である。この声からすると、屈強な大男なのだろうと想像できる。
 正直に言えばあまり関わり合いになりたくはないのだが、時折他の泥掘師ともすれ違うし、どうやら宝肢泥掘師の友人である可能性が高いらしい。
 助け合いもまた、泥掘師の生存戦略である。
 ごうっては郷に従え。
 という事で助けに向かったところ――そこに居たのは想像通り、襲い掛かるダンジョンモンスターとそれに対峙する大男、そしてこの場に不釣り合いなゴシックドレス姿の少女だった。


《百六十一日目》/《二■六■一■目》

 昨日の夕方頃、悲鳴を聞いて助けに向かった先にいた大男と、ゴシックドレス姿の少女。
 悲鳴のぬしの大男はやはり宝肢泥掘師の友人だったのだが、到着した時点で、利き腕に深い傷を負いつつ背後の少女を守りながら奮戦しているという、かなり危機的状況だった。
 基本的に、他人が戦闘中のダンジョンモンスターを横から攻撃する事は〝横殴り〟や〝狩り場荒らし〟などと呼ばれ、かなりのバッドマナーだ。
 他人の戦果をさらう事になるし、そういう悪意があると判断されやすい。
 仮に善意から手を出したとしても、ドロップアイテムの所有権や面子メンツなどを理由にめる可能性がある。
 戦闘を生業なりわいにする者は大概が多いので、最悪の場合はそれが原因で命のやり取りになる事もあり得る話だ。
 その為、もし手助けするなら先に一声かけるのがマナーとされている。
 だから俺単独の時であれば、きっとそうしただろう。
 ただ今回の相手は宝肢泥掘師の友人で、かつ今まさに死にそうな程度には危機的状況であり、更にダンジョンモンスターは目の前の獲物に夢中で背中をさらしたまま俺達に気が付いていない。
 不意打ちするには最適な状況だったので、声をかけてその優位性を失うのは少し勿体もったいなかった。
 だから俺は全てを承知の上で、事後対応は全部宝肢泥掘師に丸投げして、そのまま奇襲を仕掛けた。
 大男達を襲っていたのは大熊型ダンジョンモンスター、〝アースティル・ベアモン〟だ。
 その姿を簡単に表現するなら、どこかにいそうな丸々フォルムが可愛らしい三頭身のご当地ゆるキャラ、となる。
 体長は十メートル程とかなり大きいのだが、関節など本来あるはずの凹凸は過剰にたくわえられた特殊な脂肪によって埋もれている。
 動く度にタプタププルプルと効果音が聞こえてきそうであり、金属光沢のある灰色の毛皮は柔らかそうに震えていた。
 遠目に見るだけなら可愛らしく思える独特な外見で、愛玩動物と誤認してしまいそうになるが、ダンジョンモンスターはダンジョンモンスターである。
 毛皮は鋼鉄よりも遥かに硬く、その下の分厚い脂肪は衝撃吸収性能が高すぎて生半可なまはんかな攻撃では致命傷とならない桁外けたはずれの防御力を発揮。
 巨大な頭部に見合うだけの大きな牙は大半の生物を一瞬でみ千切れるし、普段は脂肪で膨らんだ熊の手に埋もれている爪は、名工が手掛けた魔法金属製のよろいも紙のように引き裂く事ができる。
硬直スタン】や【恐怖フィアー】を引き起こす大音量の【熊の咆哮ベア・ハウル】こそ備えているものの魔法などの特殊な能力が少ない代わりに、接近戦では無類の強さを誇る肉体性能の高さは非常に厄介だ。
 一般的な泥掘師からすればできれば出遭であいたくない猛者、それが〝アースティル・ベアモン〟への世間からの評判である。
 そんな真正面から相手をするには疲れる敵に対して、俺は死角から勢い良く【炎葬百足大帝剣クレマビード・ラージャ】を一振り。
 まだ三百メートル程離れていたが、節を増やして伸びる【炎葬百足大帝剣】はまたたく間に距離を埋め、獲物に喰らいついた。
 百足むかでの毒牙が生える先端が、立ち上がって凶爪を剥き出しにした豪腕を大男に振り下ろそうとしていた〝アースティル・ベアモン〟の背中に直撃。頑丈なはずの毛皮と分厚い脂肪をアッサリと穿うがち、毛皮よりも更に頑丈な筋肉や骨を破砕し、胴体を貫通した。
 噴水のように勢いよく噴き上がる鮮血と共に胸から飛び出した毒牙は、力強く拍動を続ける巨大な心臓を挟んでいた。
 不意打ちの致命傷を受けた〝アースティル・ベアモン〟だが、それでもなお仁王立におうだちしたままで、強靭な生命力によって即死していない。
 じきに息絶いきたえるだろうが、最後の悪あがきで目の前の大男を道連れにできそうなくらいには、まだ活力が残っていた。
 そのタフさに感心しつつ止めを刺そうとしたが、その前に【炎葬百足大帝剣】の纏う黒焔が大量の脂肪に引火。
 瞬く間に燃え広がり、まるで間欠泉のように天高く吹き上がった火柱は、遠くから見ても中々に迫力があった。
 ともあれ、流石に内部から燃やされればさしもの強靭な生命力も燃え尽きたようで、心臓を射貫かれてもたけっていた巨体はゆっくりと倒れ、ドシン、と重低音と共に地に伏せた。
 普通なら確実に死んでいる。
 だが、この〝アースティル・ベアモン〟が泥が変化した〝沈泥災獣〟だった場合、これでもまだ死んだふりをしている可能性があった。
 そこでより確実に仕留めるべく再び【炎葬百足大帝剣】を動かし、頭部を完全に粉砕した。
 その後、宝肢泥掘師と共に大男達の所に向かったのだが、こちらに気が付いた大男は友人の姿を見て笑顔と共に手を振ってきた。
〝横殴り〟のバッドマナーをしたが、宝肢泥掘師の存在もあって、少し話しただけで予定通り事は丸く収まった。
 そして大男の治療などのやり取りを宝肢泥掘師に任せる間、俺とチャボマルは焼けた〝アースティル・ベアモン〟を堪能たんのうした。
 ただ大火力で焼いただけの熊肉だが、それでもかなり美味だった。
 金属光沢のある毛皮は一度焼けた後に冷えたからか薄く固まっており、見た目的にも食感的にも煎餅せんべいのようなパリパリ感があって、ついついつまみたくなる味がする。軽く塩を振れば、酒のさかなに丁度良さそうだった。


 熱で縮んだ脂肪はその内部にギュッと旨味うまみが凝縮したのか、噛めば噛むほど際限なく溢れ出る。それにプルプルとプリンのように震える触感がとても面白いし、コッテリとしているがアッサリでもあり、喰っても喰っても飽きはこなかった。
 それから巨躯を動かす引き締まった赤い筋肉は歯ごたえ抜群で、噛むと脂肪とはまた違う濃厚な旨味が口に広がった。肉単体でも美味いが、脂肪と合わせると味により深みが生まれるらしい。一緒に食べるのが最適解のようだ。
 そんな感じで、基本的には全身のどこもかしこも美味しかったのだが、個的に特に気に入ったのは手だ。
 ここは他と明確に違う独特の甘みがあったのだが、普段は蜂蜜はちみつでも食べていて、それが染みついているのかもしれない。チャボマルも気に入ったらしく、もっと欲しいと催促さいそくしてくるくらいだった。
 愛くるしい仕草に負けて少し多めに渡したが、俺ももっと欲しいので、次の機会があれば優先的に仕留めようと心に決めた。
 そうこうしている間に、宝肢泥掘師が大男の治療を終えたので、完全に日が暮れる前にさっさと《大泥濘幻想領域・クレイタリア》の外に向かう事にした。
 治療したとはいえ、大男の消耗は激しい。早く安全な都市で休んだ方が良かったからだ。
 経験から最短ルートが分かる宝肢泥掘師を先頭に、続いて大男とゴシックドレスの少女、殿しんがりに俺と黒焔狼という陣形で足早に進み、浅い場所に居た事もあって、俺達は短時間で無事脱出できた。
 そのまま《宝晶城塞都市ファンタグラム・エッグトリオン》に帰って直行したのは当然、《ベリルリンのスコップ》だ。
 仕事終わりの泥掘師達で溢れかえったそこで一緒に晩飯を喰いながら情報交換をする事にしたが、メインの話題はやはり大男とゴシックドレスの少女についてである。
 宝肢泥掘師も、ゴシックドレスの少女については知らなかった。
 友人がある日突然見知らぬ少女を連れている。
 しかも可愛らしい容姿で、少女から大男に向けられる感情には親愛以上の何かが含まれているのが他人から見ても分かる。
 ちょっとした事件の匂いすら感じられるそれを揶揄やゆされ、大男は最初は少し顔をしかめ、しかしすぐに隠し切れない自慢を俺達に話し始めた。
 それは数週間にも及ぶ大冒険だった。
 長くなるので重要なところだけピックアップすると、大男は長年の探索で大小様々な情報を集め、《大泥濘幻想領域・クレイタリア》に関するある推察を重ねてきたという。そして数週間前に起きた最新の【大泥沈下】によって環境が大変化したタイミングで、長期探索を決行。
 様々な苦難があったものの、大男はついに目的地である、かつてどこかにあった大都市の王城とされる黄金球体城【ディンドルプ・パルデロン】に辿り着いた。
 精強な衛兵モンスターが巡回する内部を慎重に探索したところ、そこで運良く宝物庫を見つけ、その中心で眠っていたゴシックドレスの少女と出会ったそうだ。
 そしていぶかしみながらも大男が眠る少女に触れた時、自身の魔力を介して自動的にマスター登録された。
 その後、目覚めたゴシックドレスの少女本人から色々と説明を受けたという。
 いわく、ゴシックドレスの少女は【ディーヴァ・ドール】という人形型マジックアイテムの一種らしい。
 詳細は流石に教えてくれなかったが、熱く冒険譚を語る大男の横で甲斐甲斐かいがいしく世話をしている少女がマジックアイテムである事に、俺達は素直に驚いたものだ。
 その様子はとても人形には見えなかった。
 あるじである大男をいつくしむように見つめる少女の皮膚には温かみがあり、まぶたも自然に動いている。
 呼吸をするだけでなく、飲み食いまで自分で行っていて、まるで生きているようにしか見えなかった。
 会話こそ少しぎこちないところもあるが、それは個人差で片付けられる程度でしかない。
 俺の【炎葬百足大帝剣】と同じように成長する能力を持つのなら、マジックアイテムのランクとしては【伝説レジェンダリィ】級になるのだろうか。
 とんでもない逸品である。
 ともあれ、そうしてゴシックドレスの少女型【ディーヴァ・ドール】――名前は後日つけるそうだ――を得た大男だが、その帰りに俺達に助けられたというオチがつく。
 大冒険を終えて疲労困憊ひろうこんぱいだったので、かなり危なかったのは間違いない。
 そんな訳で、助けた事への感謝の印として、ゴシックドレスの少女が歌声を披露してくれるという話になった。
 夜の泥掘酒場《ベリルリンのスコップ》に美声が響く。
 最初はアカペラで緩やかに。
 次第に、ゴシックドレスの少女の体のアチラコチラから打楽器や弦楽器のような音が響いて盛大に。
 それは聞いているだけで自然と涙が出るほど感動的な歌声で、心に染みるほど素晴らしい音楽だった。
 泥掘酒場なので酔っ払いも多かったが、喧騒けんそうは次第に薄れ、誰もが黙って聞きれている。
 歌詞によって激しく感情を左右されるようで、テンションが上がる曲なら皆が自然と踊り、故郷を思う曲の時はいい歳の泥掘師達が酒を片手に号泣した。
 独特な響きのある歌声が、何かしら精神に影響を及ぼしているのは間違いない。
 使い方次第では、結構悪さもできそうである。
 感動した泥掘師達から集まったおひねりの量はとても多く、それを使って大男が泥掘酒場全体に酒を振舞った時は一層盛り上がったものだ。
 ともあれ、【ディーヴァ・ドール】などの変わった逸品が手に入る《大泥濘幻想領域・クレイタリア》。
 特殊な能力を秘めたマジックアイテムはもちろん、食品だって他所よそでは手に入らないだろうモノが溢れている。
 暫くは仕事として本家令嬢達に同行しつつ、そういった品々を効率良く確保する事としよう、とやる気を出して寝た……のだが。


  ◆◆◆


 仕事初めである今日は、《大泥濘幻想領域・クレイタリア》に行くのではなく、それぞれの実力を確認する事になった。
 まあ、これは仕方ない。
 いきなり実戦に出て実力不足で死にました、が嫌で俺を護衛に雇った経緯があるのだから。
 確認作業しないでどうするんだという話である。
 ただそれでもどことなく残る瀬無せなさは、協議の結果、一先ず俺が担当する事になった七人の側近達に向けて発散する事にした。
 具体的には、手っ取り早く実戦的な訓練を繰り返すだけである。
 それぞれが使う本気の武具で、俺を殺すつもりで襲わせる。
 俺は殺さない程度に機械腕で殴り、はらうだけ。
 最初は多対一かつ無手の相手に武器あり、という大きなハンデ戦にいきどおりを見せていた側近達であるが、かすり傷一つつけられずに惨敗すると、強烈なまでに実力差を実感したらしい。
 それでも、多少の休憩は挟みつつも朝から晩まで訓練を続けた。
 途中から疲労困憊と怪我でまともに動けなくなってきたが、大量にストックしてある回復魔法薬を飲ませる事で強引に解決していった。
 やっと休める、そんな風に思っていた側近達が希望を奪われた時の表情は、非常に印象深い。
 大変だろうが、でも大丈夫。
 も同じ事をしていたんだから、できるできる。


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