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暗黒大陸編 1巻
暗黒大陸編 1-1
しおりを挟む《一日目》
どういう理屈かは不明だが、俺がこの世界に小鬼として転生して、一年と数日が過ぎた。
何度か名前が変わり、今はオバ朗と名乗る鬼生は、思い返せば色々と濃密な日々であり、しかしあっという間だった気もする。
戦って、敵を喰って強くなり、更に戦って敵を喰って強くなった激動の日々。今では、俺は【金剛夜叉鬼神・現神種】にまで【存在進化】し、【世界の宿敵】なんて危険存在扱いもされた。
そして、【聖戦】という、俺率いる傭兵団《戦に備えよ》と各国の【救聖】や【帝王】、【英勇】といった巨大戦力がぶつかり合う大規模な戦争を終えた現在。俺と仲間達が生まれた大陸は、大きく変動しようとしていた。
この世界における戦略兵器ともいうべき存在達を、かなりの数、俺達が狩ったのだ。生き残りは僅かしかおらず、そうなればこれまでのような国家関係でいられるはずもない。
これからは色々と不穏な状況にあり続けると予想される中、俺達はこれもいい機会だと、しばらくほとぼりを冷ます意味を兼ねて、新大陸に行く事にした。
環境の違いから、新大陸にはこれまで喰った事のない獲物が溢れている。
こうしたまだ見ぬ美味なる食材も新大陸まで行く大きな理由だが、生まれた大陸には無い新しい国家やそこで育まれた文化、そしてそこに在る【神代ダンジョン】の攻略なども、重要な目的だ。
攻略する事で得られる能力や財宝の数々は今後、絶対に役に立つ。
実は俺は、いつか前世のように宇宙にまで行ってみたいと思っている。その為にはまず、この世界をもっと知る必要がある。
生まれた大陸では今も、俺の能力で生み出した分体によってだけでなく、残った団員達も様々な形で情報を収集中だ。遠方の国家まで影響力を及ぼせるように商売の販路を広げているし、旅人として放浪する団員も居る。
これから、情報は何より必要だろう。そして、新大陸という支援の目途がまだ立っていない危険性の高い土地に、俺達幹部一同が向かうのは当然だ。
決して美味なる食材の誘惑に負けた訳ではない、とここに宣言しつつ。
さて、今日も記録を綴ろう。
◆◆◆
【アンブラッセム・パラベラム号】に乗って、早一日が過ぎた。
現状、俺達の初航海は非常に順調に進んでいる。
まあ、乗っている船が船なので、ある意味当然だろう。【アンブラッセム・パラベラム号】はその大きさから、あるいはそれ自体【神代ダンジョン】であるが故に、大小様々な海洋モンスターに襲われる事がない。大型の武装船舶でも容易に沈没するような危険な特殊海域だろうと、問題なく航行できる。
それに、以前よりも上位種の〝黒海征服す大提督〟となった鯱頭獣人系ダンジョンボス――黒鯱提督が最短航路を選んで操舵してくれるので、俺達はただ乗っているだけでいい。
これで何か問題があるなら、この世界では航海などできるはずもないだろう。
大海には巨大モンスターや特殊海域が存在するので、命懸けの危険な旅である事を忘れてはならないのはともかく、そんな訳で俺達は問題なく航海を続けていた。
迷宮都市《ドゥル・ガ・ヴァライア》を出港してからしばらくの間は、点在する小島などが見られたものの、そのうち水平線の彼方までただただ青い大海が広がるだけになる。
特徴的な特殊海域が多数あればそれはそれで楽しめたのかもしれないが、大渦が密集していたくらいで、それ以降はしばらく代わり映えのしない平穏な景色が続いた。
そうなると特に甲板にいる意味も無く、船内に引っ込んだ。
ただの船舶なら、カードゲームでもして過ごすところだろう。しかし、豪華客船型の【神代ダンジョン】である【アンブラッセム・パラベラム号】は、娯楽の面でも非常に優秀だ。船旅で暇になる、なんて事はない。
船内には何も知らず攻略に来た俺達と無関係な冒険者も居るので、彼らと遭遇しないように隔壁を下ろした区画にて、俺達はカジノやプールといった様々な施設を有効活用していく。
子供達や赤髪ショートはカジノでゲームに興じ、ミノ吉くんとブラ里さんは船内のダンジョンモンスターを相手に実戦経験を積み重ねる。
アス江ちゃんは採掘した宝石類を鍛冶師さんと一緒に加工し、スペ星さんは積み上げた〝魔術書〟を読み耽る。
そしてセイ治くんは自主訓練で怪我をした鈍鉄騎士や陽勇の治療を行うなど、それぞれ忙しそうである。
ただ、アイ腐ちゃんが率いる一部の同好の士達が、狂気に満ちた笑みを零しながら筆を走らせ、妄想を具現化した腐界を産み出していたのには、触れないように気をつけねばと思う。
ともあれ、新大陸に渡るまでの数日間、新しく造った訓練場にて朝の訓練だけは怠らず、午後はそれぞれ好きに過ごしてもらう予定なので、皆思い思いに自由な時間を謳歌するのであった。
そういう俺も、時々最上階にある広いプールで泳ぐくらいで、基本的にはサングラスとサーフタイプの海パン姿で陽を浴びていた。
といっても、既に黒い肌をしているし、そもそも肉体が強すぎて長時間太陽の下にいても肌が焼ける事はないので、日焼け目的でこうしている訳ではない。
この辺りは気温が徐々に上昇していくに伴い日差しが強くなっているので、こうしておくとアビリティ【炎熱吸収】によって取り込んだエネルギーで身体の調子が非常に良くなるのである。
細胞の活性化、と言うのだろうか。これまでの戦闘で蓄積された深部の微細なダメージが癒やされるような、何とも言えない心地よい感覚がある。俺が生まれた《クーデルン大森林》にある拠点の温泉で【炎熱吸収】を使うのは効力が強すぎて危険だったが、夏並みの陽光は丁度いい強さらしい。
そんな感じでリフレッシュしている俺の隣には、思わず見惚れるほど美しい水着姿のカナ美ちゃんや、あまり肌を見せない普段の服とのギャップが凄い水着姿の錬金術師さんなどが居る。
俺とは逆に日焼け止めの魔法薬を塗り、同じく水着姿の姉妹さん達が作ってくれたジュースを飲みながら日陰で優雅に寛ぐ女性陣は、まるで南国でバカンスを楽しむモデル集団のようであった。
眼福眼福、と思いつつ。
グビリ、と鬼酒を呷る。
爽快な青空、穏やかな海風、美味い酒、充実した施設が揃った、快適な船旅。
最高の環境でゆっくりとした時間を過ごす、充実した一日であった。
《二日目》
【異空間収納能力】に大量に貯め込まれた食材によって、俺達の食料事情は非常に豊かだ。
新鮮なまま保存されている野菜や肉類は種類も量も豊富で、調味料や酒類も商売ができるほどある。
前世で大昔にあったとされる大航海時代では、豪華な食事が用意できる船長など一部を除いた船員達の間で、ビタミンC不足による壊血病が問題になっていたらしい。時には船員の半数以上が発症し、死に至った事もあったそうだ。
生野菜や果実などがあれば防げるのだが、当時は冷凍技術が未発達で長期保存できなかった、加熱調理でビタミンが減った、などの理由で、解決まで長い時間がかかった。
しかしこの世界には、新鮮なまま野菜や果物を大量に運べる収納系マジックアイテムがあるので、食料事情はそれほど悪いものではない。
収納系マジックアイテムは高額かつ希少な品であるものの、そもそも長期間の航海をするのは極一部の有力な船団だけ。なので数を揃えられる為、発症する者は殆どいないそうだ。
などという話はさて置き、そんな訳で船旅でも食卓は豪勢な料理で彩られているとはいえ、折角大海に居るのだ。釣り上げた魚を使った料理を楽しむ事こそ、船旅の醍醐味ではないだろうか。
流石にずっと魚介類だけだと飽きるかもしれないが、まだ数日しか経過していない。そんな意味のない考えは一旦脇に置いておく事にしよう。
という事でまずは食材を釣り上げる必要がある。しかし、俺達が居る上層部からだと海面まで距離がありすぎる。
余分な力は使いたくない。そこで、船尾の海面付近に釣り専用の部屋を新しく増築した。
設定をちょっと弄るだけだったので、作業は数秒で完了。そこからマジックアイテムの【白銀釣竿シルバンガフル】や【赤紫釣竿パルレナイド】を使って糸を垂らす。
大物狙いで、餌は【真竜精製】によって生み出した黒竜の肉を使ってみたところ、思った以上に喰いつきが良く、釣り上がるのは最低でも五メートルを超える大型ばかりとなった。
その大きさ通りの重量から、白銀釣竿と赤紫釣竿は大きくしなる。しかし折れるような気配は全く無い。ただ釣る事のみに特化している白銀釣竿や赤紫釣竿は、海龍すら釣り上げられる性能があるのだから、ある意味当然の結果である。
ともあれ、数時間ほど楽しんだ釣果は、五メートル級の青刃鮫〝ブルーソードラス〟をはじめ、太く鋭い針を全身に備えた八メートルほどの巨大爆裂針魚〝ダイボンセンボウ〟や、魚人の巨人版とでもいうべき十五メートル級の〝インスマギガス〟、それから複雑な海流が交わる海域を泳ぐ為に滑らかで細長い体型をしている五十メートルほどの下位海龍の一種〝イグレスシードラゴン〟といった超大物まで様々だ。
それを、今回は飯勇が捌いてくれた。
初めて扱う食材も数種類あったらしいが、彼等の手にかかれば何も問題ないらしい。
初めてだ、などと言いながらもその手捌きに迷いは無い。特注の包丁が煌めき、まるで手品のように気がつけば解体されている。
美味そうな料理が目の前で出来上がるのは、やはり気分が盛り上がるものだ。
飯勇が働く傍らで、姉妹さん達は真剣な眼差しで調理の様子をジッと見つめていた。時折メモする以外は黙したままの姿からは、格上の料理人から少しでも学ぼうとしているのがよく分かる。
今後、きっと姉妹さん達が料理してくれるようになるだろう。
などと期待しつつ、出来上がった料理をジックリと味わう。
どれもが没頭するほど美味かったが、個人的にはイグレスシードラゴンの活け造りは味だけでなく、インパクトも抜群で一押しだった。
イグレスシードラゴンの頭は、まだ生きているかのようにピクピク動いている。
いや、実際に生きているのだろう。
この世界のある程度以上の強さを誇る存在は、頭だけになっても死なない事が多く、かくいう俺だって頭だけになってもしばらくは生きていられる。実際に経験した事なので、それは間違いない。
下位とはいえ、亜龍よりも強い本当の龍の一種であるイグレスシードラゴンの生命力は、頭部だけになっても侮れるモノではない。そして生きているなら、暴れる事も可能なはずだ。
何かしらの【魔法】を使ったり、頭だけで動いて大きな口で噛みついたりと、生存競争の激しい自然界で生きてきた野生のイグレスシードラゴンなら、これくらいは当然できるだろう。
だというのに今そうできないのは、そういう風に調理されたからだ。生きたまま身動きを封じる飯勇の調理技術の卓越ぶりには、思わず感服させられる。
さて、活け造りというのは、人によっては『残酷』『可哀想』『気持ち悪い』などと感じられ、食欲を失わせるかもしれない。
だが、このピンク色に輝く切り身を見ればそんな事は思わないに違いないし、一度食べれば生きの良さが楽しみになってしまうだろう。タップリと脂の乗ったそれはまるで霜降り肉だ。
口にすると溢れ出る独特の甘さと旨みは、しっかりとした身を噛めば噛むほど増していき、呑み込んだ後も食欲をそそる香りが立ち昇ってくるかのようで、この幸福感は堪らない。
陸地で育った竜・龍種とはまた違う、雄大なる大海だからこそ育まれた美味の深みは、油断すると魂まで引きずり込まれそうだ。
まあ、【神器】の味を知っている俺はそこまで取り乱す事はなく、大海という広大な世界で育まれた他の恵みと一緒に鬼酒を飲む。
グビリグビリ、かぁー、美味い。
素晴らしい食事を言い表すのに、言葉はこれだけあれば十分すぎるのではなかろうか。
《三日目》
今日も変わらず、どこまでも広がっていそうな大海を進んでいく。
陸地からかなり離れてきたからか、大海は様々な面を見せ始め、航海は段々と刺激的なものになってきていた。
というのも、この世界には空飛ぶ島など一風変わった地形がある訳だが、それは何も陸上だけの話ではない。
そういう場所が特殊海域と呼ばれていて――
龍のようにうねりながら、海上にまで飛び出す海流が無数にある海域。
普通の船なら呆気なく引きずり込まれてしまう、巨大な大渦が密集する海域。
無数の海水の玉がシャボン玉のように宙に浮かぶ、海なのに墜落死する事も有り得る海域。
まるで火山が噴火したかのように、激しく海水が噴き上がって出来た海山のある海域。
光など全く届かない深海の底にある海溝まで続く、洞窟にも似た海の孔がある海域。
――などといった例の他にも、様々な特徴を持った自然の神秘が溢れている。
ただ荒れたり穏やかだったりする程度では飽きもするが、これくらい目まぐるしいと、思ったよりも楽しめた。
まあ、【アンブラッセム・パラベラム号】という安全地帯から眺められるからこそだろうが。
ともあれ、そんな特殊海域では陸上には見られない特徴的な種族が数多く生息し、独自の文明や生態系が構築されていた。
――濃い海霧が発生する、見通しが非常に悪い特殊海域では、百数十メートルほどのちょっとした小島のような貝類系海洋モンスター〝ミスシェルナル〟が潜んでいた。
海霧に隠れているだけの温厚な性質だが、海面近くに浮かんでいる事が多いせいで、海流によっては船舶と衝突して沈没させる事がある。船乗りの間で海霧の中を進む際、非常に嫌がられる存在だ。
そんなミスシェルナルは、大きさこそ違うものの牡蠣っぽい外見をしていた。
海霧の中で最初に見かけた時、『あの殻を破った中身は一体どれほどの大きさなのだろうか。見た目通りに大きいのか、あるいはもしかしたら意外と小さいのかもしれない。それに肝心の味はどうなのか。牡蠣っぽい外見通りの味をしているのか、あるいは体験した事のない未知の味なのか』という考えが自然と浮かんだ。
そもそも事前に情報を仕入れた時からこのモンスターの事は気になっており、遭遇したら絶対に仕留めようと思っていた。そして実際に遭遇したので、『狩りじゃ狩りじゃ』と言いながら愛用の朱槍【飢え啜る朱界の極槍】と呪槍【呪四水矛・魚鰭】を構えて突っ込んでみた。
すると反撃らしい反撃もなく、アッサリと仕留められた。勢いそのままに、乳白色のトロトロとした巨大な中身を摘まみ食い。
味は牡蠣のそれだが、より濃厚で複雑な、癖になる味だった。栄養抜群なのだろうか、身体に気力が漲るようである。
テンションを上げつつ、何かしらの素材になりそうな殻も含めた全てをアイテムボックスに回収し、俺達はそのまま進んでいった。
――大量の海水が浮き上がり、空に第二の海が形成されたような海域では、数ヶ月に一度の呼吸の為に浮上した白陸鯨〝ファスティトケロン〟と偶然遭遇した。
大きな島ほどもあるファスティトケロンは、同じく巨大な【アンブラッセム・パラベラム号】を仲間とでも思ったのか。あるいは何かの気紛れか。理由はどうあれ、小一時間ほど並航する事になった。
そして、ファスティトケロンの岩場のような平らな背中には、条件次第で様々な色や形状に変化する〝変幻珊瑚〟という特殊なサンゴで造られた街《アードラ=デンディス》がある。そこでちょっとだけ、住人の魚人や人魚達との交流ができた。
その際、上半身は人で下半身が魚である人魚はともかく、頭部や身体に魚類の特徴を持つ魚人は『ウギョギョ』と理解困難な言語や『イアッ! イアッ!』など冒涜的な何かを発していた。それについては【中位魚人生成】で生成した通訳魚人を介する事で、問題なく意思の疎通が可能になった。
しばしの会話を経て、彼等は非常に友好的だと分かった。
あるいは、何かしらの危険があれば海中に逃げればいいとでも思っているからこその余裕なのかもしれない。
ともかく友好的であるのならわざわざ敵対する必要も無いので、案内されるまま《アードラ=デンディス》を観光してみた。
独特な街並みも良かったが、店舗らしき場所で売られている商品が目に留まった。
それは色鮮やかなサンゴや深海魚の骨や鱗といった素材で造られた工芸品、また深海の食材らしき品の数々である。
どんなモノか気になり、欲しくなったものの、共通の貨幣を持っていない。
よって、精製竜の肉や迷宮で手に入れた酒、それから海中でも錆びたりしない加工が施されたドワーフ製の装飾品などとの物々交換を提案。
外からの客は非常に珍しい為、提示したものは彼等からすれば入手が困難な品々だったので、特に吹っかけたり値引きしたりなどはなく、滞りなく交換は行われた。
そうして賑やかに談笑していると、【グド=ラグ】という《アードラ=デンディス》を統治している組織に所属する老魚人が、見るからに手練れだろう鮫系魚人の護衛を伴ってやってきた。
チョウチンアンコウっぽい特徴があるこの老魚人、中々気さくで、話が上手い。
護衛の鮫系魚人も厳つい外見に反して社交的であり、武人気質なのかミノ吉くんと戦闘について盛んに意見を交わしていた。
どちらも特に敵意を秘めてはいなかったので、友好の証に【鬼酒】を酌み交わし、埋め込んだ分体を通じて連絡を取り合える名刺ならぬ〝名鉄〟を渡して別れた。
もっと少し話したかったが、生憎と時間切れだったのだ。
一時間ほどゆっくり呼吸したファスティトケロンは大きく潮を噴き、再び海中へと潜っていく。再び海上に出てくるのはまた数ヵ月後だ。
その背中の《アードラ=デンディス》もまた海中に消えていく。
それが見えなくなるまで笑顔で手を振ってお別れをした後、俺達は手に入れた装飾品などを肴にまた談笑したのであった。
――広範囲の海面がまるで鏡のように凪いだとある海域では、海のように青い〝海災覇龍〟という超巨大海洋モンスターの群れと遭遇した。海龍種の中でも頂点に近く、漁師や船乗り達の間で【大海の絶望】や【凪の覇王】などと呼ばれて伝説が語り継がれる存在だ。
体長は小さいモノで数百メートル、大きいモノで数キロ。この世界でも極一部の【神代ダンジョン】くらいでしか見る事のできない巨躯を誇るレヴィアタン達が、ざっと数えただけでも十数体。
これほどの規模の群れと遭遇すれば、武装船舶の大船団でも数十秒と持たない。生物というよりかは、抗えぬ自然災害だ。
その気性の荒さから、実際に遭遇して生還できた者が極端に少なく、また生還できてもあまりの恐怖に精神を病んでしまうとされるのだが、しかし今回遭遇した群れは非常に大人しかった。
海原が荒れる事もなく凪いでいるのが、その証拠だ。レヴィアタンサイズの海洋モンスターが暴れれば、ここまで凪いでいる訳がない。
大人しい理由は明確で、それはレヴィアタン達を支配する【帝王】類――〝豊渦海災帝王覇龍〟がこの場に存在したからだ。
グランド・レヴィアタンは、通常のレヴィアタンなど子供にしか思えないほど更に巨大だった。
巨躯の大半は深海に潜っているので、全体像は定かではない。しかし長大すぎるせいで海上にまで飛び出し、まるで山脈のようにすら見える巨躯の一部だけでも、横幅が数百メートルはある。
そしてまるで地層のように積み重なった分厚く巨大な龍鱗や、龍殻で覆われた胴体の太さから想像できる巨大な頭部は、もはやどこにあるかすら分からず、その反対になる尻尾も分からない。
全力で探った結果、体長は最低でも数十キロは確実にあり、もしかしたら数百キロにもなる可能性すらある。
今回は俺以上に索敵能力に優れる【九祇鬼姫・亜種】のクギ芽ちゃんに頼んでみたのだが、巨躯の大部分が海底近くまで潜っている現状では、流石に彼女の眼ですら全貌を確認できなかった。
ここまで来れば、常識外れと言うしかないだろう。
想像以上の大きさに驚きつつも、遠くから観察を続ける。すると、どうやらイソギンチャクと共生するクマノミのように、その周囲には種々様々な外敵から逃れてきた小魚が群れを成している事が分かった。
グランド・レヴィアタンは巨大すぎるが故に小魚達を認識すらしておらず、レヴィアタン達も餌にするのはもっと大型のモンスターなので、小魚達は撒き餌くらいに思っているのかもしれない。
そうした事情はともかく、凪いだ海にはある種の楽園のような環境が構築されていた。
個人的には、やはりグランド・レヴィアタンとレヴィアタンの群れに強く興味を抱くのだが、今回はその姿を視認しただけに留めておく。
正直に言えば、喰ってみたいという欲求はある。鱗一枚でもいいから喰ってみたいものだ。
しかし計測すら不可能なほど巨大なグランド・レヴィアタンを殺すのに必要な時間は、予想すらできない。
数日か、あるいは数十日か、それ以上必要になる事も有り得るだろう。新大陸に向かっている現在は、手を出すべきではない。
また別の機会に挑むのは確定として、その時は対策の百や二百は用意してからになる。取り巻きのレヴィアタン達を排除し、こちらに有利な場所で戦うなどの下準備は最低条件で、ミノ吉くん達が手伝ってくれるにしても、攻略するのが困難な相手である事は変わらない。
何せ、グランド・レヴィアタンは【神々】の力の一部を取り入れた【神獣】という存在である可能性が非常に高いからだ。
【神獣】である明確な証拠など無い。しかし、まるで同類を見つけたように【鬼神】である俺の身体が反応している。俺は【神獣】ではないが、世界からすればそれに近い存在に違いない。
だから【神獣】であると仮定して話を進めると、グランド・レヴィアタンの圧倒的すぎる重圧感からして、【亜神】や【神】ではなく、恐らくは【大神】の一柱に関係した【神獣】だ。それ以外に考えられない。
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