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暗黒大陸編 1巻
暗黒大陸編 1-3
しおりを挟む《十一日目》
新大陸に関しては、事前にある程度は調べてあったが、俺達が知る事のできた情報は少ない。
積み重ねてきた歴史、この地独特の文化や風習。周囲の地理と厳しい自然、何より美味なる食材の種類など、まだまだ知らない事の方が圧倒的に多い。
特に、食材について知らないのは問題である。これは今回の旅の大きな目的の一つなのだから、迅速に情報を集めるべきだ。
もちろん、ここで生きる人々の情勢など、当然知らなければならない情報も一緒に。
という事で、実は昨夜のうちに分体を複数放ち、色々と調べてみた。
時間的な制約で集められた情報はやや少ないが、大体以下のようになる。
まず、目の前の港湾都市は交易都市国家《ムシュラム・ジャンナ》というようだ。
他の都市国家を繋ぐ要所に存在し、新大陸有数の巨大河川《ガンジナムス大河》が都市中央を通って大海に繋がっている。その為、元々俺達が居た大陸相手だけでなく、広範囲にわたって交易を行う事で発展してきた。
人口も数十万、あるいはそれ以上とも言われるほど多く、新大陸における重要な都市国家の一つに数えられ、そこそこ長い歴史がある。
そして新大陸は、気温が高い反面湿度は低く、乾燥した大地が広がっているらしい。
広大な大地の半分近くを占める砂漠地帯は、昼と夜の温度差が激しく、過酷な環境に適応したモンスターが昼夜問わず襲い掛かってくる危険地帯だそうだ。
それでも、ここで暮らしている人々は逞しく、各地に点在する安全地帯を中心に都市国家や集落を築いている。そうした都市国家で暮らす者以外にも氏族単位、部族単位で各地を放浪しながら暮らす者も多くいるようだ。
また、数少ない安全地帯をめぐる争奪戦が昔から激しく続いてきたからか、血には血を、報復には報復を、という殺伐とした文化があるらしい。
略奪が日常的にあり、犯罪が多い。そしてそれを力でねじ伏せる剛の者もまた多い。争いが身近な分、個の戦闘能力という点で見れば新大陸はかなり良質だろう。
自らの正義を貫くには実力が必要になる為か、単純な力、というのは敬われるステータスとされている様子だ。
一先ず、ざっと調べた感じではこうなった。
これ以上は実際に見聞きした方が早いと判断し、誰も俺達の事は知らないだろうが用心の為にちょっと変装して、自ら行く事にした。
変装は、まず銀腕の一対を和風の全身甲冑に形状変化させる。部分部分で色を変えて装飾にもちょっと拘りつつ、その上にそこそこ大きめの黒い外套を羽織る。
角が邪魔になるので兜は装備しないが、思い付きで自家製布から作ったシュマグで首元を包んでみた。微妙な組み合わせかとも思ったものの、これが案外似合うらしい。
砂避けのマスクなど様々な事に代用できるシュマグは、いざという時に役立ってくれるだろう。
甲冑に合わせて、腰には鍛冶師さんが造ってくれた二振りの鬼哭刀を佩く。
闇精石と魔法金属と銀腕の合金を鍛えた黒い鬼哭刀は【童子切黒綱】、光精石と魔法金属と銀腕の合金を鍛えた白い鬼哭刀は【鬼哭丸白夜】と号をつけた。
俺の前世の出身国に伝わる天下五剣を参考にした号だが、本家の伝来が鬼に関連しているからか何となく親近感が湧いてくる。
それに普段の得物である槍とは勝手が違うものの、訓練で使ってみると、銀腕を素材の一つとして使用している為か手に良く馴染んだ。
刀身は元となった銀腕の特性によってある程度の形状変化が可能で、それを利用すれば変幻自在な斬撃を繰り出す事ができる。
手の延長のような感覚で戦えるし、偶にはこういったスタイルでやるのも悪くはないだろう。
という具合に、全体的には鎧武者っぽい格好になった。
しかし、革鎧とか部分的な金属鎧ならともかく、高温で砂漠地帯の多い新大陸で金属製の全身鎧など、ちょっと頭が大丈夫かと思うぐらいには環境に適していない。蒸し焼きになりたいのか、と言われても仕方ないような武装である。
一応【温度調節】の能力がついているマジックアイテムなどは結構あるので、そういった類だと解釈してくれるだろう。
それにそう思われなかったとしても、別に死ぬ訳ではない。そこまで気にしなくてもいいとは思う。
ともあれ、他の皆も俺のように普段とは違う、やや新大陸風の新ファッションに着替えた。こうして衣装を変えるのも、旅の醍醐味かもしれない。
準備が整うと、夜明けと共に【アンブラッセム・パラベラム号】を攻略にやってきた新大陸の冒険者と入れ替わりで、ゆっくりと波に揺られながら小舟で《ムシュラム・ジャンナ》に向かった。
ちなみに今回は、身体が大きくて小舟に乗れないミノ吉くんとアス江ちゃんは留守番、その他は希望者だけである。まあ、殆ど全員が行く事を希望したが。
やがて、数百隻以上はありそうな船が犇めく巨大な港に到着、久しぶりに大地に足をつけた。
航海中、大波が来ても殆ど揺れを感じなかったので、感覚的にはあまり変わらないのだが、やはり落ち着く感じもある。オーロやアルジェントなども、どこか嬉しそうにしていた。
そのまま目的もなく適当に歩いていると、朝も早くから大きな広場で賑やかな市場が開かれているのを見つけた。
移動のできる屋台が数十数百と集まった市場に興味を引かれて寄ってみれば、流石は新大陸というところだろうか。見た事もないような商品が多く並んでいる。
奇妙な色合いと形状の野菜。大きなトカゲ型モンスターの生肉。六十センチほどの蛇型モンスターが一匹丸々入った酒瓶。見た事もない不細工な魚。
やや刃毀れした黄色い曲剣。血の痕の残る古びた革鎧。砂避けの外套。大量の水を入れられる革の水筒。
鉄板の上で焼かれた肉料理。新鮮な大魚一匹を捌いた魚料理。果物に飴のような何かを塗った菓子。
その他にも様々なモノが売られている。
ふむ。こういう市場にこそ掘り出し物がありそうだ。
そう思いつつ、俺は反射的に、人混みに紛れてぶつかってきたスリの利き手を握り潰す。
普通なら激痛でのたうち回るところだが、握り潰すのが速すぎた事と、同時に【蛇毒投与】による即効性の神経毒で感覚を奪ったからか、スリはそのまましばらく走って路地裏に消えていった。
そして少しして、喧騒の奥から僅かに聞こえてくる悲鳴。どうやらやっと自分の手の変化に気がついたらしい。
反射的にやった事なので、恐らく普通に治療するのは難しい状態になっているだろう。
ちょっとだけやり過ぎたかなと思いつつ、今の俺のようなかなり厳つい甲冑姿の相手にも物怖じしない姿勢に、ある意味感心する。
それだけ金持ちだと思ったのかもしれないにせよ、バレた時の危険については考えないのだろうか? まあ、どうでもいい事だ。
狙う相手を間違えた、因果応報だと諦めてもらうしかない。
貧困に喘ぐ孤児とかのスリだったならもう少し考えるが、今回はいい大人だったので、この事はすぐに忘れた。
スリの今後よりも、目の前の地酒の方が俺にとって大切なのだから仕方ない。
そこらで売っているのを注文してグビリグビリ。安酒なので大した味ではないが、これまでと違った風味がする。
温いのもちょっと残念だったし、他に良い酒はないかと、探索を続けるのだった。
《十二日目》
昨日一日観光しながら情報を集めた結果、分かった事は多い。
ここ《ムシュラム・ジャンナ》は交易都市国家というだけあって、他では手に入りにくい多くの商品が各地から流れてくる。
日用品はもちろん、武具やマジックアイテム、種類豊富な食材に伝統工芸品や家畜など、日々変わる商品が売られている市場は見ていて面白い。
欲しい物があるならここに行け、と言われているだけはあるだろう。
ただそれだけに、利権やら利益やらを求めて魑魅魍魎が集まる、という性質もあるらしい。
情報収集も兼ねて梯子した複数の酒場や、分散させた分体を通じて知ったところによると、遡る事十年前まで、交易都市国家《ムシュラム・ジャンナ》を長く統治してきた領主一族が居た。
そもそもかつてここにあったのは、ありふれた小さな海村だった。しかしそれを、数代前の領主にして【海原の勇者】だったムシュラムが、河と海両面の水運による交易や当時暴れていた海賊の討伐などによって急激に大きくしていき、彼の子孫が領主を務めてきた。
祖先ムシュラムの力によるものか、領主一族には代々何かしらの能力があった。力が強いだとか、魔力が豊富だとか、あるいは海水を自在に操るなどで、それなりの戦闘能力も有した。
その領主一族は、長く続く組織には大小問わず生まれる不正や腐敗はあれど、破綻せず富をもたらす程度には上手く都市を運営していたらしい。
しかし現在は違う。
《ムシュラム・ジャンナ》の裏社会を牛耳り、表社会にも大きな影響力がある五つの組織――マフィア、あるいはヤクザ、もしくは裏ギルドのような存在――が協定を結び、領主一族のほぼ全員を皆殺しにしたそうだ。
当時まだ生まれたばかりの赤子だった直系男児と、領主の妾の子ながら【加護持ち】で特に力の強かった一人の幼女以外は、子供から老人、遠縁の庶子まで全て殺された。大きく立派だった領主の屋敷は焼け落ちた。かなり徹底的だったらしく、十年経った今でも畏怖されながら当時の様子が語られていた。
現在は、領主直系の男子をあえて生かして飾りにし、その後見人として五つの組織のうちの一つが実権を握って統治しており、街にはそれなりの落ち着きがある。
ただ、この五つ以外にも小さな組織は無数に存在し、また外部からも新しく流入する事から、裏では小さな抗争があったりなかったりする。安定しているように見えて、不安定な部分も見受けられた。そこら辺に付け入る隙がありそうだ。
一先ず、重要そうな五つの組織について簡単に纏めておこう。
まず一つ目は、成長した直系男子の後見人として現在の《ムシュラム・ジャンナ》を領主一族になり替わって統治している《砂漠の王》について。
褐色の肌に灰色の頭髪、血のように赤い双眸が特徴的な曲剣使いのダークハイエルフが首長として君臨するここは、権力や財力や戦闘力など、あらゆる面が高い水準で纏まった組織と言える。
表の戦力であり、《ムシュラム・ジャンナ》の治安と防衛を司る都市軍まで自由に動かせる事を考えれば、五つの組織の中でも頭一つ飛び抜けている。
ここまで勢力が大きくなると、普通は他の四つの組織が力を削ぎにかかりそうなものだ。しかし、そもそも五つの組織が協定を結ぶ事になったのはここが切っ掛けだそうで、組織間の仲介役や纏め役として利益と不利益を纏めて背負う代わりに、今の立場にあるらしい。
主な戦力は今調べているところながら、特に有力そうなのは首長であり【砂塵皇】などと呼ばれるダークハイエルフと、その妻となった領主一族の血を濃く残す【加護持ち】の美しき【砂海妃】、赤黒い装束を纏い治療困難な猛毒を扱う《赫砂》と呼ばれる暗殺部隊、そして首長のペットである〝血砂亜龍〟や〝血砂毒大蠍〟を筆頭とする調教された砂漠地帯のモンスター軍辺りか。
元々は外からやってきた為に他の四つと比べて歴史は浅い組織らしいが、現在は【英勇】に匹敵する戦力ではないだろうか、と思っている。
二つ目は、風俗や情報などを支配する《青布の情婦》。
《ムシュラム・ジャンナ》に存在する全ての娼婦や男娼の元締めであり、外部からやってくるそれらを吸収、あるいは手荒く排除する事で、夜の繁華街を支配している。
他の組織の構成員の多くもここの世話になっているらしく、寝物語で漏れた話から導き出した情報の売買も事業の一つらしい。
ここの首長は、【双性の揺り籠】と呼ばれる、絶世の美貌と極上の肢体で他者を虜にする女淫魔と男淫魔の双子。直接的な戦闘能力は低いものの、体臭や視線の動きだけで他人の三大欲求の一つをある程度操作できるのは侮れない。また、性欲で頭が蕩けた忠実なる私兵《イムの愛獣》や《タムの美獣》に自爆戦術を仕掛けさせたりもするらしい。
色恋や情欲は時に理性を狂わせるので、下手に手を出すと火傷する事になるかもしれない。
三つ目は、主に海運や造船事業、海洋護衛業などを支配する《パイレーツ・デスパレード》。
《ムシュラム・ジャンナ》の経済は主に、馬車などによる陸運、内陸まで伸びる河川による水運、別大陸まで広く深く関係する海運の三つに支えられているが、規模が大きいのは海運と水運だ。
港には巨大な武装船舶が少数ながらも存在し、中小規模の商船となれば数え切れないほどとにかく多い。しばらく眺めていれば、日々引っ切りなしに行われている商品の積み卸しの光景がすぐに見つかるだろう。
そんな運搬において重要な船舶造りの職人を多数抱え、業界シェアの大半を占めるここは、目立ちにくいが侮れない影響力を持っている。
また構成員に魚人や人魚が多いここは、表では海洋モンスターによる襲撃に対処する海中の護衛業などを行い、裏では商売敵に対して海賊行為を行っている。そうする事で、表と裏の両方から船舶の需要と安全を満たす訳だ。
首長は【アルバシュム海の大鮫】と呼ばれる鮫系魚人の大男。実はどこぞの海王の庶子だとか何とかいう噂があるものの、真偽は不明。しかし見た目通りの高い戦闘能力を誇り、頭も中々良いそうである。
戦力には、凶暴な魚人や人魚で構成された海賊団《パレード・バイト》などがあり、陸地の戦力は他よりもやや劣る一方、海では無類の強さを誇るらしい。
四つ目は、服用すると色々危険な違法魔法薬の製造や、マジックアイテムの売買などを支配する《死の商人グランデス》。
ここの首長であるグランデスは、とある秘技により、一度人間として死んだ上でアンデッドの一種である〝砂帯の死髑髏〟と成って復活した、なんて言われている老人だ。
その全身には包帯が巻かれ、唯一剥き出しの頭部は白い髑髏である。既に百数十年ほど活動しているとか、生者の心臓を食べるのが好きだとか、新しい違法魔法薬の実験で奴隷を使い潰しているなど、真偽不明な噂が絶えない。
だが《ムシュラム・ジャンナ》に流通する武具の半数以上に関与するだけあって、こいつは常に金銀宝石で装飾された豪奢な外套を羽織っている。
私兵も良質な武具で武装し、その財力から五つの組織の中で最も兵数が多い。中には借金で飼い殺しにされた高位冒険者なども居るらしく、質と量、どちらも兼ね備えた戦力を保有するようだ。
また、違法魔法薬で理性を壊した死兵部隊《レンデス・カルテル》を必要ならば躊躇なく使い捨てるらしく、五つの組織の中で一番ぶっ飛んでいるだろう。
五つ目は、近場に幾つかある中で最も近い【神代ダンジョン】を実質的に支配する、《守神の腕セクト》。
【砂城の神】が造ったその【神代ダンジョン】――【砂城の楼閣】の周囲に堅牢な拠点を構築した彼等は、日々命がけで攻略に励んでいる。
一応部外者でも挑戦できるらしいが、どの【神】の信者であるかを確認され、かつドロップアイテムの半分を徴収されるそうで、それでは割に合わないので挑戦する者は殆どいないのが現状だ。
という事でほぼ独占状態の【砂城の楼閣】で鍛えられた《守神の腕セクト》の構成員の質は高く、ここでしか得られないドロップアイテムによって活動資金も潤沢。このドロップアイテムには香辛料の類が多く、食料品関係にも影響力があるらしい。
少し離れた場所には、別の【神代ダンジョン】もある。が、道中がそれなりに危険だったり、そこは一段劣る【亜神】級だったり、厄介なダンジョンモンスターが多かったりする為、《守神の腕セクト》の地位が揺るぐ事はないらしい。
個人的な感想だと、高い戦闘力を誇るここの首長であり、【神憑者】と呼ばれる小柄な獅子獣人の女性はちょっと苦手だ。
方向性は違うが、どこぞの王妃を連想させられるからだろうか。
数は少ないが質は五つの組織の戦力の中で最も高い《殉教者メナク》といった他の構成員も、その王妃のメイドとかと似たような雰囲気がするのも、苦手な理由として考えられる。
まだ調べるべき事はあるが、とりあえずはこんなものだろう。
現状では、邪魔になるのは《守神の腕セクト》くらいだ。
これは当然、人目につかない【神代ダンジョン】の中に【鬼哭門】を設置するのに邪魔になりそうだからだし、同時にドロップアイテムに香辛料の類が多い事も見過ごせない。美味なる未知の食材と出合えそうな予感がする。
しかし排除するとなると、組織間のバランスが崩れて治安が大きく悪化するかもしれない。
治安はある程度保たれていた方が良いので、基本的には密かに乗っ取る方向で進めようと思う。
その方が、何かと隠し事の多い俺達にとって利益になるだろうという打算もある。【鬼哭門】を使って大陸間移動する場面を部外者に見られたくはないから、《守神の腕セクト》は体の良い門番扱いできそうだ。
そんな訳で、他の組織に手を出す予定は今のところ無いが、もし邪魔するならその時は喰えばいい。それはそれで望むところなので、手を出して欲しいくらいだ。
とか思いつつ、今日もゆったり観光である。
気温が高いこちらの大陸では食材の長期保存に使う為か、香辛料の類が豊富である。市場でも、数十から百数十種類が瓶詰めで売られているほどだ。
そしてその豊富な香辛料を使ったスパイシーなカレーのような料理〝ジャンカリー〟や、体内の毒素が排出されるような効果的すぎる薬膳料理などがある。
高級店を回って食べてみたがどれも美味しく、飯勇達に香辛料を使った料理の研究をするように命令するほど気に入ってしまった。
分体を各地に飛ばして情報収集に当たっている今は、美味い飯でも食べながらゆっくり過ごすに限るというものだ。
辛いジャンカリーは、最高です。
《十三日目》
どうやら、裏の組織の一つから目をつけられたらしい。
というのも、観光中に色々と豪快に買い物をしていて、スリに狙われ始めたのが事の始まりだ。意識して威圧感などを抑えているので、ちょっと変わった鬼人程度に思われたのかもしれない。
物陰からこっちの様子を窺う者を気にせず放置しておくと、隙だと思ったタイミングで近づいてくる。それが痩せ細った孤児らしき子供の場合は僅かばかりの金銭を握らせ、そうでない大人のスリは麻痺させてから腕をへし折った。大人のスリの技量は高かったので、【盗賊】とかそんな感じの【職業】持ちだろう。
そんな事を幾度かやれば流石に警戒され、こちらを見つけると逆に逃げていく失礼な奴らが増え始めた頃、スリとはまた違う雰囲気の尾行者が増えてきた。
スリは裏の組織の下っ端の下っ端の更に下っ端である事も多いので、恐らく腕を折ってやったうちの誰かが上役に泣きついたのだろう。
とりあえず単独で監視している奴を見つけて、裏路地に誘ってハンティング。
背後から近寄って気づかれる前に首を指で摘まみ、キュッと絞めて即落とす。意識が無い状態で分体を【寄生】させてから、叩き起こして情報を手早く吸い出していった。
結果として、俺達を狙ったのは【奴隷商人】であるロプソン一家だという事が判明した。
先程のスリはロプソン一家の下部組織の更に末端だったらしく、俺達の情報が伝わり、舐めた馬鹿を消してやろう、とでも思ったのかもしれない。
ロプソン一家は数ある中小規模の組織の一つでしかないが、その上には《死の商人グランデス》が控えているそうだ。
武器を扱うにはヒトが必要だ。使える人材の確保や育成の為、《死の商人グランデス》に忠誠を誓う下部組織には複数の【奴隷商人】が存在し、ロプソン一家もその一つでしかない。
ほうほう、と思いながら、尾行者を連れてふらっとロプソン一家の拠点に寄ってみる。
ロプソン一家が経営する店は、少々奥まった場所にあった。
店舗はそこそこの大きさで、そこそこの清潔感があり、侵入者だけでなく脱出者も許さない高い壁で囲まれている。周囲には似たような建物も多く、そこまで目立つ訳ではないが、大きな看板が出ているのでここだとすぐに分かった。
ロプソン一家が取り扱う奴隷は、表向きには二種類ある。契約によって働く労働奴隷と、犯罪者がなる犯罪奴隷だ。
労働奴隷は、早い話が衣食住を雇用主が負担しなければならない代わりに賃金が安く済む労働力である。奴隷と言っても扱いは普通の市民に近く、理不尽な暴力を振るう事などは許されない。
労働奴隷である事を示す鉄枷を足に嵌められてひと目で分かるようになっているが、契約期間が終われば自由になる事もできるので、平民の中にはあえてそうなる者も居る。
対して犯罪奴隷は、重犯罪を犯した者がなる為、最悪死亡するような扱い方をしても問題ない。危険地帯に行く冒険者や行商人などが肉壁として使う場合もある。
こちらも犯罪奴隷である事を示す鉄枷が首に嵌められ、ひと目で分かるようになっている。
どちらも【奴隷商人】が扱う一般的な商品だが、ロプソン一家は裏で他の奴隷も扱っている。
冒険者や攻略者などが借金などで堕ちる戦闘奴隷、【鍛冶師】や【錬金術師】など特殊技能を修めた技能奴隷、そして様々なモンスターを調教して飼い慣らした怪物奴隷などである。
別に戦闘奴隷や技能奴隷を売っても問題にはならない。だが、ロプソン一家の背後には《死の商人グランデス》が居る事を考えれば、他の組織から戦力を隠すとか、同じような中小規模の組織に戦力として送るなどの目的があったのだろう。
《死の商人グランデス》の事業の一つに大規模な《闘技場》があるので、そこで【剣闘士】として戦わせる事もあったかもしれない。怪物奴隷は敵役としても使い勝手がいいだろうし、犯罪奴隷なら使い潰してもいいのだから。
ともあれ、分体で逃げ道を塞ぎ、真正面から堂々と店に乗り込む。
数十名ほどの武装した構成員だけでなく、それと同数以上の戦闘奴隷までもが立ち向かってきたが、俺が腕をひと振りする毎に数名単位で沈んでいく。
死なないように手加減するのは手間だが、さほど手強い相手ではない。
構成員の方はそこそこ強い奴がいれば摘まみ食いしようかなとも思っていたのに、本当にゴロツキ程度の雑魚しかいなかったので見逃す事にする。
戦闘奴隷の中にはそこそこ良さそうなのも居たものの、後で何かに使うかもしれないのでこちらも見逃す。
そうなると喰いたい相手は居なくなり、機械的に処理していく。
特に何事もなく数分程度で一人も逃がさず制圧した後、分体を一家の長であるロプソンに【寄生】させて【隷属化】、支配下に置いた。
その後、目ぼしい商品を徴収する。
現地工作員としての役割を与えるべく、今後役立ちそうな知識や技術がある人材だけを引き抜いていく。砂漠で暮らす民族の男性だったり、〝砂海〟という特殊地域で砂船という船に乗って暮らす少数部族の女性だったり、他国から連れられてきた計算のできる貴族の少女だったり、各地を転々と渡って暮らしていた移動民族の少年だったりだ。
戦闘要員はそこまで必要ないが、上位から数名だけ、性格なども考慮して選んだ。今後活動範囲を広げる際にきっと役立ってくれるだろう。
そんなこんなで十数名の奴隷達を連れて、服屋などを見て回った。
犯罪奴隷ではないので全員それなりの扱いを受けていたようだが、ちょっと薄汚れていたので、そこそこ小奇麗な服を選んで着させる。
そのついでに、俺の分体を仕込んで通信機能と反乱防止機能を持たせたイヤーカフスを装着させ、一時の拠点として購入した屋敷に戻る。
ホテル暮らしもいいが、何処に諜報の耳があるか分からない。そういう事もあり、早速防諜機能を改造した屋敷で奴隷達から話を聞き出した。
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