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第一章 生誕の森 黒き獣編
六十一日目~九十日目のサイドストーリー
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【とある男エルフ視点:六十一日目】
我々エルフを含め、人間以外の種族は膨大な経験値を積み重ね、レベルを100にまで高める事ができれば【存在進化】する事がある。
必要経験値量やレベルの上がりやすさは種族によって大きく異なるが、共通して進化できる者は大変に稀で、殆どはレベル100になったとしても進化できずにそのままである方が圧倒的に多い。
例えば、弱いが比較的成長しやすい小鬼の場合でも、百匹いたとして、ホブゴブリンなどに進化できるのは二匹か三匹、多くても四匹程度なものだ。
醜悪だと思っていたゴブリンについては最近になるまで良く知らなかったので詳しくは分からないが、聞いた話ではこの程度だったと思う。
そして、そもそもが他より強靭な種族になればなるほど進化する条件を満たした者の数は激減していく。過酷極まりない条件故に竜人や鬼人、魔人なら数千から数万人に一人、といった割合だったはずだ。
なのに、俺達を捕獲し奴隷としたこの群れは、常識外の存在としか言えない黒きオーガに率いられたこの集団は、一夜にして一度に大量に、進化した。
種族的に美男美女が揃っているエルフすら霞む美貌を持つ【半吸血鬼・亜種】
豪快かつ温かい抱擁力に満ちた【半地雷鬼】
内面に血色の狂気を秘めた【半血剣鬼】
その他にもホブゴブリンになった数匹。
これは、本来ならばあり得ない事だ。常識を壊している。あってはならない事だ。これほど簡単に人外が進化していたのなら、今頃憎き人間程度の種族はここまで広域で生息する事はできず、大陸の片隅に追いやられていたに違いない。
と、少し前の私なら思っていただろう。しかし今、大した驚きではない。
なぜならば、今まで森の奥で暮らし、長い生の間に育み、培ってきた常識は既に粉々に砕かれていたからだ。
ここに来てからというもの、今までに感じた事のないほど強烈な肉欲に身を焦がされた。
耳に装飾を着けたり穴を開けたりするのは我々にとって重大な禁忌だというのに、ありとあらゆる手法を用い、イヤーカフスを私達の意思によって装着するしか選択肢がない状況にまで追いつめられた。
今までの訓練が遊びに思えてしまうほど過酷な訓練を強いられ、血反吐を吐き尽くして気絶する事すら許されなかった。
多大な疲労と、未知に接触した時の衝撃、ゆったりと時を過ごすエルフでは感じなかった絶え間ない変化。
常識を取っ払い、この非常識に適応しなければ私の精神の方が異常を起こしそうになっていたのだから、なんとか新しい精神構造を構築した結果の現在、あまり驚かなくなったというのは、至極当然だっただろう。
さて、今日の訓練だが、黒きオーガ――ゴブ朗からオガ朗、と改名した――が生み出す黒いスケルトンの騎士種を相手に、実戦的な訓練を行った。
最初は相手がナイトという普通のスケルトンよりも強い存在とはいえ、あくまでもスケルトン種という事で舐めていた部分がある。
私の武器防具がアンデッドに分類されるスケルトンに対して効果的なミスラル製のショートソードと、軽く頑丈なラウンドシールドだった事、そして訓練で培った自分自身の技量に自信があったからだ。
一度でも攻撃が当たれば、ミスラルの効果でスケルトンの動きは格段に悪くなり、そうなればより簡単に倒せると思っていた。
しかし結果は拮抗、最後だけを見れば惨敗となった。
技量では決して負けていないのだが、ブラックスケルトン・ナイトの圧倒的持久力に負けたのである。
本当なら持久戦になる前に倒すはずが、ブラックスケルトン・ナイトの技量が思った以上にあり、こちらも攻撃を受けなかったが、攻撃が当たらなかった。
終わってみれば悔しかったが、それでもどこかスッキリとした気持ちになれた。
今までにないほどに、清々しく在れた。
なんだろう、意外とこんな生活も、悪くは無い。心のどこかで、そう思えている。
イヤーカフスがあるので二度と故郷の親族には会えないし、会っても里に居場所はないが、絶望、というものは感じていない。むしろ、違う感情が胸にある。
今までは外の世界にはあまり興味はなかったが、外を見てみたいと思うようになったのも、何かしら関係しているのだろうか。
確実に言える事は、この集団は絶対に可笑しい、ということである。
私達はこれからどうなっていくのか、それを不安と期待に満ちた心境で考えながら、私は生きてみようと思う。
【オガ吉くん視点:六十八日目】
己の騎獣であるハインドベアーの熊吉に跨り、闇夜を疾走していた。
オガ朗が敵の一団を叩く、そう言ったからだ。今回は機動力重視、という事で騎獣持ちだけが戦場に赴く事となり、己達の数は七十程度と少ないが、オガ朗がこれでいいというのだからこれでいいのだろう。
理由など深くは考えない。己はあまり考える事に向いていない。
だからオガ朗が言う事を実行する。それだけだ。
しばらくすると、敵を見つけた。周囲には魔術か何かが張られているが、それが何なのかは分からない。見たことのないものだ。
だがオガ朗が破る、というので、指示された位置に向かう。オガ朗の言う通りにしておけば、ほとんど間違いない。
イヤーカフスを介してオガ朗に準備ができたと報告。しばらく待機して、オガ朗が黒槍を投擲した時から戦いが開始した。
パリパリと魔術のようなものが黒槍に破壊され、それに少し遅れて己が好いているアス江が敵の周囲を取り囲む土壁を作った。獲物を逃がさないためだ。
凄いな、と惚れ直す。
己の背丈を越す高さの土壁ができると、こちらの魔術が敵陣に撃ち込まれていく。その中でもスペ星の魔術が一際強く、激しく、眩しい。
脅威度ならオガ朗の黒槍の方が上だが、スペ星の魔術は攻撃範囲がとにかく広大で、連続で撃ち込まれていく。
しばらく呆けていると、やがて魔術の砲撃は弱まり、オガ朗から突っ込めと指示がきた。
突っ込んだ。迷わずに突っ込んだ。
熊吉と共に走る。
敵を見つける。斧で叩き斬る。盾は折れ曲がり、肉は引き千切れた。
敵を見つける。盾で叩き潰す。口から臓腑が勢いよく飛び出す。
敵を見つける。頭突きを喰らわす。角が肉に刺さり、顔が敵の血で濡れた。
敵を見つける。勢いのままに轢き殺す。足下から苦悶の声、骨を砕く感触。
敵を見つける。炎を吐いて焼き殺す。絶叫、不思議な踊り見せる。
敵を見つける。頭を齧って喰い殺す。そこそこ美味い。脳の味。
戦う時は殆ど何も考えなかった。
オガ朗との訓練で使った技が、自然と出てきた。考える前に身体が動く。ある程度考えなしに動いて、手強い相手には考えながら戦った。
脳内で再生されるオガ朗の訓練。そこで飛び交った忠告、痛みと共に刻んだ記憶。
それ等を思い出しながら戦えば、敵が他より強くてもさくさくと殺せた。
面白い、と思う。
訓練すれば訓練するだけ、オガ朗に近づいている気がする。まだまだ遠いけど、それでも近づいているような気がする。
己は、オガ朗に近づきたい。憧れである前に、友として、共にありたい。
だから己は、敵を殺した。強くなるために、多く殺す事にした。
己が強くなるには多くの経験値が必要で、戦う経験が必要で、他にも多く必要で。
だから無心で斧を振り、盾で防ぎ、踏み潰した。
それにしても、戦場で食べた肉は、美味かった。
【とあるコボルド視点:七十日目】
殿にご命令により、同胞数名と共に落とし穴の側面に作られた窪みの中に入って身を隠す。
手には殿の毒に濡れた角短槍と短剣。我等の役目は、今回待ち伏せしている敵部隊が我々の毒矢雨をくぐり抜け、本隊に到達する前にあるこの隠された落とし穴に落ちてきた場合、即座にトドメを刺す事である。
重要な任務なれど、やはり安全な任務というよりなし。
地上にて、連弩と呼ばれる殿が考案した兵器を用い、敵兵を射殺す部隊に比べれば、我等は敵に反撃される心配が少ない。
敵が上より落ちてこなければ、我等は怪我さえする事もなし。
それはつまり、働く事すらなく終わる可能性があるという事。
それに我は、否、我々落とし穴に配置されたコボルドは全員が歯噛みした。
このような安全なところでの任務しか任されぬ事に、我々が殿にそこまで信用されていないという事に。
しかしそれは仕方なき事。
まだ我等の忠誠は捧げたばかり。ただひたすらに任務に邁進し、忠義深く、殿より信を得るべく尽力するのみ。
そう心懸け、我は息を殺して敵を待ち。
やがて、敵が予定通りにやってきた。
殿の作戦――退路を断ち、丸岩転がしや毒矢など――は順当に混乱した敵数を減らし、その悲鳴が聞こえ始める。
しばらくすると落とし穴にかかる輩も増えたようで、興奮した同胞の声が聞こえる。
我等が潜みし落とし穴に嵌る敵兵を今か今かと待ち焦がれ、その時はついにきた。
不意討ちで落とし穴に嵌まり、反応できずに落下の衝撃で足を負傷。鈍い音からヒビか骨折したのか、その痛みと急激な視界の変化で混乱している敵兵。
その背後から角短槍で突いた。しかし分厚く、頑丈な全身鎧に阻まれ、角短槍が傷を刻みつつも滑って致命傷とならない。擦れる嫌な音がし、火花が散る。
初撃は失敗した。
それに焦りはしたものの、全身鎧を装着し、足を負傷したが為に敵の動きは遅く、混乱している故に反撃はなし。
これ幸いと背中にしがみつき、なんとか首筋にある鎧の隙間へ毒短剣を差し込む事に成功。
肉を斬り裂く感触、吹き出す鮮血、濃厚な血の匂い。
命を刈り取ったという手応えと、ハッキリ吸収したと分かるくらい膨大な経験値を得た愉悦。
格上を殺した際、稀に発生する経験値酔いと言われる状況となり、高揚しつつ、なんとかして最初の窪みに戻る。
なぜなら、殿にそう命じられていたからだ。
その理由は、すぐに分かった。なんら難しい話ではない。
単純に、落ちてくるからだ。上から、敵が。
全身鎧を装備していたので、あのまま落とし穴の中心に留まっていれば圧死していたやもしれぬ。なるほど、流石殿、と思いつつ、都合三度、敵の身を斬り裂いた。
そして此度の戦いも勝利となり、大量の捕虜を得た。
我等は殿より報酬として、我等が仕留めた敵の死体を貰う。
労いの言葉で歓喜に震え、感涙を流し、我等は肉を頬張った。
【とある女奴隷視点:七十三日目】
温泉、という存在を昔祖父から聞いた事がある。
地下から湧き出す高温の水で、ある程度冷ましたものに浸かればこの世の極楽を味わえる、というものらしい。祖父が遠い昔を懐かしむような表情で語ってくれたので、よく覚えている。
私の故郷は山賊に襲われ、家は焼かれて家族は殺された。偶然森に出かけていた私だけが助かって、娼婦ではなく兵士に志願して現在の生活をするようになるまでは、風呂、と呼べるものにも殆ど入った事がなかった。
せいぜいが濡らした布で身体を拭うか、近くに流れている川まで友達と行くくらいだった。
ただ村の男衆が覗きにくるし、冬は身が凍えるので、殆ど布で拭う程度しかした事がない。
兵士になってからは段違いによくなったが、それでも温水に全身を浸からせる、という事はした事がない。頭上から温水を降り注がすマジックアイテム、シャワーヘッド、というものを使っていた。
それでもその一時は至福で、本当の温泉に浸かればどうなるのか、と想像する事が楽しみの一つになっていた。
そんな時に、エルフとの戦いが始まった。私が所属していた部隊が赴く事となる。
ここで功績を上げれば、昇進するかもしれない。平民上がりなので高がしれているけれど、それでももっと良い暮らしをする為に、私は気合いを入れていた。
その結果、私は捕えられて奴隷となった。
捕まった当初、私は身体を売るのは嫌だったから娼婦ではなく兵士になったのに、意味がないと思っていた。これからはただゴブリンやホブゴブリンに犯されて、繁殖要員として一生を終える、そんな暗い人生が私の運命なのだと思っていた。
でも違った。
ゴブリン達は私が思っていた以上に規律を守り、何より優しかった。歪だけど、慣れるとゴブリンにも愛嬌があると思えるのだから不思議である。
先輩から聞いていた話では捕えられた女はボロボロになるまで犯されぬいて死ぬのに、私は部分的には元よりもいいくらいの生活をさせてもらえている。
ベッドはフカフカだし、ご飯は美味しい。
そしてなにより、今日、温泉が掘り当てられた。
アス江という姐御的存在である半鬼人が掘り当てたのだ。
その為、今日は温泉の設置に予定が変更されて、私達も手伝った。
そして一日で完成した。スケルトンという休み無用の労働力の凄さが理解できる早さだと思う。
完成した温泉には最初に幹部組が入ってから、私達が入る事が許された。
長年の夢、といってもいいくらいに想像していた温泉。それが目の前にある。
ドキドキしながらゆっくり浸かってみると、表現できない気持ちよさに全身が蕩ける。身体中から疲れが湯に滲み出すような心地よさだ。四肢の凝り固まった筋肉が解され、血流が良くなってポカポカと全身が火照る。
試しに湯を飲んでみると、身体の中から元気が溢れるような感覚を覚えた。
この極楽をこれからは毎日堪能できるのなら、別にこのままでもいいかな、と思った。
うん、悪くない。
ここにしかない幸せを、私は今日見つけたのだ。
【特攻させられ散った貴族奴隷視点:七十四日目】
僕を誰だと思っている!! 僕は王国に古くより仕えてきた由緒正しきツカエン子爵家の次男――コイッツ・カーナリ・ツカエンだ!?
不甲斐ない愚図な兄を蹴落とし、有能な妹は他家に嫁がせ、優秀な弟を学院に押し込んでツカエン家の次期当主となるコイッツ様だぞッ! 僕は偉いのだッ。
なのに、なぜそんな僕がこんな役割をせねばならぬ!
爆弾系のマジックタイプを大量に抱き込み、味方に保護を求め、陣地の奥深くからばら撒くなど、ふざけるなッ。
こんなものは僕のような高貴な存在ではなく、掃いて捨てるほどいる農奴や雑兵共にやらせるのが常識だろうがッ。
それを、それを、あろう事か僕がまったく使えない、などと妄言を吐き、愚劣な手法で強制的にやらせるなど、許されるはずがない! 覚えていろ、お前のような下等種族など、ツカエン子爵家が本気になれば一瞬で――ややや、止めろッ! こっちに来るなッ。く、喰わないでくれッ。頭を齧らないでッッッ!!
ふう……行ったか。
……くそ、くそくそくそくそ。
ふざけるなふざけるなふざけるな。
僕を誰だと、僕を誰だと思っているんだ!! こんなところで死んでいい存在じゃないんだ、僕はもっとやりたい事が。
ああ、止めろ、作戦開始などとふざけた事を言って、身体を僕の意思に反して動かすなッ。
待て、待てぇーーーーーー!!
……おお、おお! あれは盟友のグドンではないか。
僕を助けろ、懐にあるマジックアイテムを取り出して、僕の耳にあるマジックアイテムを外してくれッ。
早く早く早く! あいつが命令する前に早く僕を解放するんだ。そうしないと助からないだろッ。
馬鹿、駄目だ、違う、攻撃するな。あれは囮だ、僕達を追っているように見せかけたあいつ等は囮で、本命はこっち、僕達が持っているマジックアイテムなんだぞッ。
だから早く助け――止めろ動くな僕の腕! そのマジックアイテムを掴むんじゃない! 投げるな、投げるな! 巻き込まれる――
やめ、止めろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
≪爆音、爆風、閃光――【炸裂の火実】が無数に炸裂≫
ぶるぅぉぉぉおおおあああああ! 破片が、破片が顔に刺さったッ。痛い、痛い痛いイタイイタイいたいいたい!!
なのに、か、身体が止まらないッ。マジックアイテムを投げて、投げて、投げるのを止めないッ。
地面に落ちたマジックアイテムが、味方に当たったマジックアイテムが、爆ぜる爆ぜる爆ぜる!
僕の体が爆風で吹き飛ばされ、その衝撃で手にあったマジックアイテムが爆裂、僕の右腕が吹き飛んだッ! 痛い、痛すぎるッッッ。
嫌だ、止めろ、止めてくれ!!
なのに、なのになのになのに、僕の身体は僕の意思では止められない。止めろ、止めてくれ、頼むから、幾らでも金貨を払うから、誰か僕を、助けろよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
もう……身体が……動かな、い。
僕……はどう……なった?
呼吸……くて、視界……が……暗い。
死……ぬの、か? 僕……ここで?
ああ、死に……ない……僕は……が。
………………閃光が、爆ぜ――
≪死因:爆死≫
≪享年:22歳≫
【次期皇帝視点:八十日目】
私は許嫁であり婚約者にして最愛の人――シュテルンベルト王国の第一王女――であるディアーナを蝕む憎き“クリシンド病”を消し去るため、ありとあらゆる術を使って治療法を探し、ようやく【癒しの亜神】の【天啓】によってその存在を知る事ができた治療薬。
その治療薬を精製する技法を受け継いでいるエルフと度重なる交渉をし、多額の金貨と引き換えに得ようとした。
しかし交渉してもエルフの古き掟に阻まれて治療薬は得られず、こうして力尽くで得るために兵を率いて森にまでやってきる。
当初ではここまで手古摺るはずではなかったが、予想以上にエルフの抵抗が激しく、こちらの被害も馬鹿にならない。
森の中は罠だらけで進行速度が遅く、出没するモンスターは障害になり、木陰や夜闇に紛れて射かけられるエルフの矢が厄介だ。
流石に彼らの森だけあって、一度逃げられれば追う事すらままならない。連絡が取れない部隊も幾つかあり、既に全滅していると思われる。
ただこの被害が全てエルフだけによるもの、だとは私には思えなかった。
私の勘ではエルフの他に、厄介な存在が居る、と感じていた。
それがどのような存在なのかはハッキリとしない。ただ、帝国が誇る最高戦力の一つである【八英傑騎甲団】に近い何かを感じるのだ。
――そして私の勘は当たっていた。
私が居る本陣に、エルフ達の奇襲があった。夜闇に紛れ、奴隷部隊が居る方面から奴隷を解放しながら向かって来ていた。
ここまで気配を気取らせずに近づいて来ていた事に驚きつつ、キメラの暴走によってその存在が発覚したのは都合がよかった。暴走するキメラが敵と、解放された奴隷の亜人達もまとめて殺傷したからだ。
その様子は遠くから見てもハッキリと見えた。キメラは帝国が誇る技術を集めて生み出した人造のモンスターであり、増産はまだ素材などの課題があるのでできていないが、近いうちに他国との戦場で活躍するだけの力は秘めている。
戦鎧象と同等以上の巨躯に、帝虎の四肢、多頭蛇の毒牙、蒼殻蟹の鋏といった、一般的なモンスターを軽く凌駕した暴力を持ったキメラは、しかし呆気なく殺された。
遠く、朝日が昇るまえだったのでそれを行った敵の姿は確認できなかったが、キメラは確かに殺された。私はそれに呆気にとられたが、敵の攻勢が激しく、呆けたのも数秒だけだ。
襲いかかってくる黒きスケルトンの軍勢の中に、エルフの他にオーガや半鬼人などの姿が確認できた。
やはり、敵はエルフだけではなかったのだ。
恐らくこの森に住んでいたオーガ達がエルフと結託したのだろう混合軍は、暴れに暴れた。
特に一匹のオーガ亜種を中心とした一帯の被害は甚大で、精鋭達が次々と討ち取られていく。
私は遠くからその様子をみながら、指示を出し、部下達を動かす事に専念していた。
距離はあり、こちらまで戦火が届いていなかったからだ。
だから油断、があったのだろう。
私は、周囲にいる側近達にすら気づかれる事なく背後にまでやってきた敵に、戦慄したのである。
殺そうと思えば、私は殺されていた。
だが敵は耳元でとある事を囁き、私の胸元に液体の入った小瓶を入れた。
中に入っているのは治療薬だという。
得る条件は私達がこの森から撤退する事。ただそれだけだ。
そして、私はその条件を飲んだ。エルフ達から得るべき益は確かに惜しいが、敵に命を握られてしまっては、潔く引き下がる以外に選択肢はなかった。
私はエルフに、否、この正体不明の敵に負けたのである。
本陣に、誰にも気取られずに忍び込むような存在だ。私の命などその気になれば簡単に奪えただろうに、敵は交換条件を出した。
もし私が次期皇帝でなければ、もし敵がその事を知っていなければ、私は死んでいた。
それに歯噛みし、いつの日かこの手でこの正体不明の、しかし現時点から私の宿敵となった敵を斃すため、怒りを堪えて撤退の命を下す。
もしこの治療薬が偽物ならば例えこの身朽ち果てようとも屠ると心に決めながら、私は森を去った。
苦い経験であり、しかし目標を同時に得た私は、強き帝国を築くと同時に、自己を強める事を誓った。
【グル腐視点:八十一日目】
昨日は激しい戦いでした。
そして激しかった分、私達が得た経験値は膨大で、私やホブ治……いえ、セイ治などは【存在進化】する事ができました。
セイ治は【半聖光鬼】に、私は【死食鬼】に、ホブ芽は【百々目鬼】となりました。
その他にも進化した兄弟姉妹達にコボルドさん達は居て、コボルドさん達のリーダーで足軽だった秋田犬さんなどは【武士コボルド】となりました。
頑張った分だけの見返りがあり、私達は嬉しく思っています。
ただ、もっとも私が嬉しかった事はやはりセイ治が進化した事ですかね。
オガ朗×セイ治とか、あえてセイ治×オガ朗、オガ朗×オガ吉とかもいいですねー。
オガ朗の筋肉に包まれ――閲覧禁止――で――以下略――
ぐふふ、妄想が、と ま ら な い!!
【とある農民上がりの補給兵視点:八十五日目】
おらぁ、徴兵される前は実家の畑耕してたんだぁ。
でもぉ、収穫時で男手が必要ぉなのによぉ。
無理やり連れてこられちまってぇ、大変な時におらなんだんだぁ。
もうどんぐれー帰ってねーかわかんねーけどぉ、ずっと畑耕してぇって思ってるんだわ。
おらぁ、やっぱり剣握るよりもぉ、鍬もってるほうがええんだわぁ。
それでぇ、捕まってぇ、もう無理だっつ思ってたんだ。
んでも、畑を造る事になってぇ、おらが選ばれたんだ。
すんげー嬉しくて、張り切ってたんよ。すったらびっくりよ。
撒く種が見た事ねぇーやつだし、高級な精霊石が惜しげもなく使われてんだぁ。
そりゃ、精霊石は掘って貯めてるけんどよぉ、一つでおら達の数年分の稼ぎに匹敵するくれぇ高ぇ精霊石を、ボスン、と無造作に刺しとくなんざ、ありえねってよ。
行動を制限されてなきゃ、ぜってー誰かが持ってくと思うんだぁ。
まあ、おらぁ久方に鍬持って、土掘って、種蒔いて満足したんだけどよぉ。
いんやぁー、働いた後の温泉たぁ、やっべーなぁ。明日も頑張って、仕事すんべー。
【ゴブ爺視点:九十日目】
オガ朗ぉ達がぁ、森ん外へぇ行きよった。
そん姿にゃぁワシのわけぇー頃をぉ、思い出すのぉ。あの外への好奇心にぃ、キラッキラに光った目。
死んじまったゴブ婆も、最初はあんな目ぇしとったぁ。
まぁ、ワシ等んときゃー骸骨百足なんつーシロモンはありゃせんかったけどなぁ。
そんでぇ見送った後はぁ、ワシはワシの仕事をしちょった。
セイ治達に薬の作り方ぁ教えてぇ、野生のブラックウルフに襲われた時のぉ対処法とかぁ、小さな諍いの仲裁とかぁ、ワシがこれまでしてきた事を繰り返すだけやがのぉ。
そんで日が沈んだ後はぁ、めんこいエルフんとこ行って、頑張ったんじゃ。
ワシ等の数を増やさんとのぉ。重要な任務じゃぁよ。
いんやしかし、オガ朗ぉ達が産まれてからぁ、ほんに楽しくなったもんじゃ。エルフなんぞ、今までじゃぁ考えられんしの。
困らせられる事もぉあったが、ほんま助かったわぁ。
これで、ワシも安心して眠れる日を迎えれるのぉ。
我々エルフを含め、人間以外の種族は膨大な経験値を積み重ね、レベルを100にまで高める事ができれば【存在進化】する事がある。
必要経験値量やレベルの上がりやすさは種族によって大きく異なるが、共通して進化できる者は大変に稀で、殆どはレベル100になったとしても進化できずにそのままである方が圧倒的に多い。
例えば、弱いが比較的成長しやすい小鬼の場合でも、百匹いたとして、ホブゴブリンなどに進化できるのは二匹か三匹、多くても四匹程度なものだ。
醜悪だと思っていたゴブリンについては最近になるまで良く知らなかったので詳しくは分からないが、聞いた話ではこの程度だったと思う。
そして、そもそもが他より強靭な種族になればなるほど進化する条件を満たした者の数は激減していく。過酷極まりない条件故に竜人や鬼人、魔人なら数千から数万人に一人、といった割合だったはずだ。
なのに、俺達を捕獲し奴隷としたこの群れは、常識外の存在としか言えない黒きオーガに率いられたこの集団は、一夜にして一度に大量に、進化した。
種族的に美男美女が揃っているエルフすら霞む美貌を持つ【半吸血鬼・亜種】
豪快かつ温かい抱擁力に満ちた【半地雷鬼】
内面に血色の狂気を秘めた【半血剣鬼】
その他にもホブゴブリンになった数匹。
これは、本来ならばあり得ない事だ。常識を壊している。あってはならない事だ。これほど簡単に人外が進化していたのなら、今頃憎き人間程度の種族はここまで広域で生息する事はできず、大陸の片隅に追いやられていたに違いない。
と、少し前の私なら思っていただろう。しかし今、大した驚きではない。
なぜならば、今まで森の奥で暮らし、長い生の間に育み、培ってきた常識は既に粉々に砕かれていたからだ。
ここに来てからというもの、今までに感じた事のないほど強烈な肉欲に身を焦がされた。
耳に装飾を着けたり穴を開けたりするのは我々にとって重大な禁忌だというのに、ありとあらゆる手法を用い、イヤーカフスを私達の意思によって装着するしか選択肢がない状況にまで追いつめられた。
今までの訓練が遊びに思えてしまうほど過酷な訓練を強いられ、血反吐を吐き尽くして気絶する事すら許されなかった。
多大な疲労と、未知に接触した時の衝撃、ゆったりと時を過ごすエルフでは感じなかった絶え間ない変化。
常識を取っ払い、この非常識に適応しなければ私の精神の方が異常を起こしそうになっていたのだから、なんとか新しい精神構造を構築した結果の現在、あまり驚かなくなったというのは、至極当然だっただろう。
さて、今日の訓練だが、黒きオーガ――ゴブ朗からオガ朗、と改名した――が生み出す黒いスケルトンの騎士種を相手に、実戦的な訓練を行った。
最初は相手がナイトという普通のスケルトンよりも強い存在とはいえ、あくまでもスケルトン種という事で舐めていた部分がある。
私の武器防具がアンデッドに分類されるスケルトンに対して効果的なミスラル製のショートソードと、軽く頑丈なラウンドシールドだった事、そして訓練で培った自分自身の技量に自信があったからだ。
一度でも攻撃が当たれば、ミスラルの効果でスケルトンの動きは格段に悪くなり、そうなればより簡単に倒せると思っていた。
しかし結果は拮抗、最後だけを見れば惨敗となった。
技量では決して負けていないのだが、ブラックスケルトン・ナイトの圧倒的持久力に負けたのである。
本当なら持久戦になる前に倒すはずが、ブラックスケルトン・ナイトの技量が思った以上にあり、こちらも攻撃を受けなかったが、攻撃が当たらなかった。
終わってみれば悔しかったが、それでもどこかスッキリとした気持ちになれた。
今までにないほどに、清々しく在れた。
なんだろう、意外とこんな生活も、悪くは無い。心のどこかで、そう思えている。
イヤーカフスがあるので二度と故郷の親族には会えないし、会っても里に居場所はないが、絶望、というものは感じていない。むしろ、違う感情が胸にある。
今までは外の世界にはあまり興味はなかったが、外を見てみたいと思うようになったのも、何かしら関係しているのだろうか。
確実に言える事は、この集団は絶対に可笑しい、ということである。
私達はこれからどうなっていくのか、それを不安と期待に満ちた心境で考えながら、私は生きてみようと思う。
【オガ吉くん視点:六十八日目】
己の騎獣であるハインドベアーの熊吉に跨り、闇夜を疾走していた。
オガ朗が敵の一団を叩く、そう言ったからだ。今回は機動力重視、という事で騎獣持ちだけが戦場に赴く事となり、己達の数は七十程度と少ないが、オガ朗がこれでいいというのだからこれでいいのだろう。
理由など深くは考えない。己はあまり考える事に向いていない。
だからオガ朗が言う事を実行する。それだけだ。
しばらくすると、敵を見つけた。周囲には魔術か何かが張られているが、それが何なのかは分からない。見たことのないものだ。
だがオガ朗が破る、というので、指示された位置に向かう。オガ朗の言う通りにしておけば、ほとんど間違いない。
イヤーカフスを介してオガ朗に準備ができたと報告。しばらく待機して、オガ朗が黒槍を投擲した時から戦いが開始した。
パリパリと魔術のようなものが黒槍に破壊され、それに少し遅れて己が好いているアス江が敵の周囲を取り囲む土壁を作った。獲物を逃がさないためだ。
凄いな、と惚れ直す。
己の背丈を越す高さの土壁ができると、こちらの魔術が敵陣に撃ち込まれていく。その中でもスペ星の魔術が一際強く、激しく、眩しい。
脅威度ならオガ朗の黒槍の方が上だが、スペ星の魔術は攻撃範囲がとにかく広大で、連続で撃ち込まれていく。
しばらく呆けていると、やがて魔術の砲撃は弱まり、オガ朗から突っ込めと指示がきた。
突っ込んだ。迷わずに突っ込んだ。
熊吉と共に走る。
敵を見つける。斧で叩き斬る。盾は折れ曲がり、肉は引き千切れた。
敵を見つける。盾で叩き潰す。口から臓腑が勢いよく飛び出す。
敵を見つける。頭突きを喰らわす。角が肉に刺さり、顔が敵の血で濡れた。
敵を見つける。勢いのままに轢き殺す。足下から苦悶の声、骨を砕く感触。
敵を見つける。炎を吐いて焼き殺す。絶叫、不思議な踊り見せる。
敵を見つける。頭を齧って喰い殺す。そこそこ美味い。脳の味。
戦う時は殆ど何も考えなかった。
オガ朗との訓練で使った技が、自然と出てきた。考える前に身体が動く。ある程度考えなしに動いて、手強い相手には考えながら戦った。
脳内で再生されるオガ朗の訓練。そこで飛び交った忠告、痛みと共に刻んだ記憶。
それ等を思い出しながら戦えば、敵が他より強くてもさくさくと殺せた。
面白い、と思う。
訓練すれば訓練するだけ、オガ朗に近づいている気がする。まだまだ遠いけど、それでも近づいているような気がする。
己は、オガ朗に近づきたい。憧れである前に、友として、共にありたい。
だから己は、敵を殺した。強くなるために、多く殺す事にした。
己が強くなるには多くの経験値が必要で、戦う経験が必要で、他にも多く必要で。
だから無心で斧を振り、盾で防ぎ、踏み潰した。
それにしても、戦場で食べた肉は、美味かった。
【とあるコボルド視点:七十日目】
殿にご命令により、同胞数名と共に落とし穴の側面に作られた窪みの中に入って身を隠す。
手には殿の毒に濡れた角短槍と短剣。我等の役目は、今回待ち伏せしている敵部隊が我々の毒矢雨をくぐり抜け、本隊に到達する前にあるこの隠された落とし穴に落ちてきた場合、即座にトドメを刺す事である。
重要な任務なれど、やはり安全な任務というよりなし。
地上にて、連弩と呼ばれる殿が考案した兵器を用い、敵兵を射殺す部隊に比べれば、我等は敵に反撃される心配が少ない。
敵が上より落ちてこなければ、我等は怪我さえする事もなし。
それはつまり、働く事すらなく終わる可能性があるという事。
それに我は、否、我々落とし穴に配置されたコボルドは全員が歯噛みした。
このような安全なところでの任務しか任されぬ事に、我々が殿にそこまで信用されていないという事に。
しかしそれは仕方なき事。
まだ我等の忠誠は捧げたばかり。ただひたすらに任務に邁進し、忠義深く、殿より信を得るべく尽力するのみ。
そう心懸け、我は息を殺して敵を待ち。
やがて、敵が予定通りにやってきた。
殿の作戦――退路を断ち、丸岩転がしや毒矢など――は順当に混乱した敵数を減らし、その悲鳴が聞こえ始める。
しばらくすると落とし穴にかかる輩も増えたようで、興奮した同胞の声が聞こえる。
我等が潜みし落とし穴に嵌る敵兵を今か今かと待ち焦がれ、その時はついにきた。
不意討ちで落とし穴に嵌まり、反応できずに落下の衝撃で足を負傷。鈍い音からヒビか骨折したのか、その痛みと急激な視界の変化で混乱している敵兵。
その背後から角短槍で突いた。しかし分厚く、頑丈な全身鎧に阻まれ、角短槍が傷を刻みつつも滑って致命傷とならない。擦れる嫌な音がし、火花が散る。
初撃は失敗した。
それに焦りはしたものの、全身鎧を装着し、足を負傷したが為に敵の動きは遅く、混乱している故に反撃はなし。
これ幸いと背中にしがみつき、なんとか首筋にある鎧の隙間へ毒短剣を差し込む事に成功。
肉を斬り裂く感触、吹き出す鮮血、濃厚な血の匂い。
命を刈り取ったという手応えと、ハッキリ吸収したと分かるくらい膨大な経験値を得た愉悦。
格上を殺した際、稀に発生する経験値酔いと言われる状況となり、高揚しつつ、なんとかして最初の窪みに戻る。
なぜなら、殿にそう命じられていたからだ。
その理由は、すぐに分かった。なんら難しい話ではない。
単純に、落ちてくるからだ。上から、敵が。
全身鎧を装備していたので、あのまま落とし穴の中心に留まっていれば圧死していたやもしれぬ。なるほど、流石殿、と思いつつ、都合三度、敵の身を斬り裂いた。
そして此度の戦いも勝利となり、大量の捕虜を得た。
我等は殿より報酬として、我等が仕留めた敵の死体を貰う。
労いの言葉で歓喜に震え、感涙を流し、我等は肉を頬張った。
【とある女奴隷視点:七十三日目】
温泉、という存在を昔祖父から聞いた事がある。
地下から湧き出す高温の水で、ある程度冷ましたものに浸かればこの世の極楽を味わえる、というものらしい。祖父が遠い昔を懐かしむような表情で語ってくれたので、よく覚えている。
私の故郷は山賊に襲われ、家は焼かれて家族は殺された。偶然森に出かけていた私だけが助かって、娼婦ではなく兵士に志願して現在の生活をするようになるまでは、風呂、と呼べるものにも殆ど入った事がなかった。
せいぜいが濡らした布で身体を拭うか、近くに流れている川まで友達と行くくらいだった。
ただ村の男衆が覗きにくるし、冬は身が凍えるので、殆ど布で拭う程度しかした事がない。
兵士になってからは段違いによくなったが、それでも温水に全身を浸からせる、という事はした事がない。頭上から温水を降り注がすマジックアイテム、シャワーヘッド、というものを使っていた。
それでもその一時は至福で、本当の温泉に浸かればどうなるのか、と想像する事が楽しみの一つになっていた。
そんな時に、エルフとの戦いが始まった。私が所属していた部隊が赴く事となる。
ここで功績を上げれば、昇進するかもしれない。平民上がりなので高がしれているけれど、それでももっと良い暮らしをする為に、私は気合いを入れていた。
その結果、私は捕えられて奴隷となった。
捕まった当初、私は身体を売るのは嫌だったから娼婦ではなく兵士になったのに、意味がないと思っていた。これからはただゴブリンやホブゴブリンに犯されて、繁殖要員として一生を終える、そんな暗い人生が私の運命なのだと思っていた。
でも違った。
ゴブリン達は私が思っていた以上に規律を守り、何より優しかった。歪だけど、慣れるとゴブリンにも愛嬌があると思えるのだから不思議である。
先輩から聞いていた話では捕えられた女はボロボロになるまで犯されぬいて死ぬのに、私は部分的には元よりもいいくらいの生活をさせてもらえている。
ベッドはフカフカだし、ご飯は美味しい。
そしてなにより、今日、温泉が掘り当てられた。
アス江という姐御的存在である半鬼人が掘り当てたのだ。
その為、今日は温泉の設置に予定が変更されて、私達も手伝った。
そして一日で完成した。スケルトンという休み無用の労働力の凄さが理解できる早さだと思う。
完成した温泉には最初に幹部組が入ってから、私達が入る事が許された。
長年の夢、といってもいいくらいに想像していた温泉。それが目の前にある。
ドキドキしながらゆっくり浸かってみると、表現できない気持ちよさに全身が蕩ける。身体中から疲れが湯に滲み出すような心地よさだ。四肢の凝り固まった筋肉が解され、血流が良くなってポカポカと全身が火照る。
試しに湯を飲んでみると、身体の中から元気が溢れるような感覚を覚えた。
この極楽をこれからは毎日堪能できるのなら、別にこのままでもいいかな、と思った。
うん、悪くない。
ここにしかない幸せを、私は今日見つけたのだ。
【特攻させられ散った貴族奴隷視点:七十四日目】
僕を誰だと思っている!! 僕は王国に古くより仕えてきた由緒正しきツカエン子爵家の次男――コイッツ・カーナリ・ツカエンだ!?
不甲斐ない愚図な兄を蹴落とし、有能な妹は他家に嫁がせ、優秀な弟を学院に押し込んでツカエン家の次期当主となるコイッツ様だぞッ! 僕は偉いのだッ。
なのに、なぜそんな僕がこんな役割をせねばならぬ!
爆弾系のマジックタイプを大量に抱き込み、味方に保護を求め、陣地の奥深くからばら撒くなど、ふざけるなッ。
こんなものは僕のような高貴な存在ではなく、掃いて捨てるほどいる農奴や雑兵共にやらせるのが常識だろうがッ。
それを、それを、あろう事か僕がまったく使えない、などと妄言を吐き、愚劣な手法で強制的にやらせるなど、許されるはずがない! 覚えていろ、お前のような下等種族など、ツカエン子爵家が本気になれば一瞬で――ややや、止めろッ! こっちに来るなッ。く、喰わないでくれッ。頭を齧らないでッッッ!!
ふう……行ったか。
……くそ、くそくそくそくそ。
ふざけるなふざけるなふざけるな。
僕を誰だと、僕を誰だと思っているんだ!! こんなところで死んでいい存在じゃないんだ、僕はもっとやりたい事が。
ああ、止めろ、作戦開始などとふざけた事を言って、身体を僕の意思に反して動かすなッ。
待て、待てぇーーーーーー!!
……おお、おお! あれは盟友のグドンではないか。
僕を助けろ、懐にあるマジックアイテムを取り出して、僕の耳にあるマジックアイテムを外してくれッ。
早く早く早く! あいつが命令する前に早く僕を解放するんだ。そうしないと助からないだろッ。
馬鹿、駄目だ、違う、攻撃するな。あれは囮だ、僕達を追っているように見せかけたあいつ等は囮で、本命はこっち、僕達が持っているマジックアイテムなんだぞッ。
だから早く助け――止めろ動くな僕の腕! そのマジックアイテムを掴むんじゃない! 投げるな、投げるな! 巻き込まれる――
やめ、止めろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
≪爆音、爆風、閃光――【炸裂の火実】が無数に炸裂≫
ぶるぅぉぉぉおおおあああああ! 破片が、破片が顔に刺さったッ。痛い、痛い痛いイタイイタイいたいいたい!!
なのに、か、身体が止まらないッ。マジックアイテムを投げて、投げて、投げるのを止めないッ。
地面に落ちたマジックアイテムが、味方に当たったマジックアイテムが、爆ぜる爆ぜる爆ぜる!
僕の体が爆風で吹き飛ばされ、その衝撃で手にあったマジックアイテムが爆裂、僕の右腕が吹き飛んだッ! 痛い、痛すぎるッッッ。
嫌だ、止めろ、止めてくれ!!
なのに、なのになのになのに、僕の身体は僕の意思では止められない。止めろ、止めてくれ、頼むから、幾らでも金貨を払うから、誰か僕を、助けろよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
もう……身体が……動かな、い。
僕……はどう……なった?
呼吸……くて、視界……が……暗い。
死……ぬの、か? 僕……ここで?
ああ、死に……ない……僕は……が。
………………閃光が、爆ぜ――
≪死因:爆死≫
≪享年:22歳≫
【次期皇帝視点:八十日目】
私は許嫁であり婚約者にして最愛の人――シュテルンベルト王国の第一王女――であるディアーナを蝕む憎き“クリシンド病”を消し去るため、ありとあらゆる術を使って治療法を探し、ようやく【癒しの亜神】の【天啓】によってその存在を知る事ができた治療薬。
その治療薬を精製する技法を受け継いでいるエルフと度重なる交渉をし、多額の金貨と引き換えに得ようとした。
しかし交渉してもエルフの古き掟に阻まれて治療薬は得られず、こうして力尽くで得るために兵を率いて森にまでやってきる。
当初ではここまで手古摺るはずではなかったが、予想以上にエルフの抵抗が激しく、こちらの被害も馬鹿にならない。
森の中は罠だらけで進行速度が遅く、出没するモンスターは障害になり、木陰や夜闇に紛れて射かけられるエルフの矢が厄介だ。
流石に彼らの森だけあって、一度逃げられれば追う事すらままならない。連絡が取れない部隊も幾つかあり、既に全滅していると思われる。
ただこの被害が全てエルフだけによるもの、だとは私には思えなかった。
私の勘ではエルフの他に、厄介な存在が居る、と感じていた。
それがどのような存在なのかはハッキリとしない。ただ、帝国が誇る最高戦力の一つである【八英傑騎甲団】に近い何かを感じるのだ。
――そして私の勘は当たっていた。
私が居る本陣に、エルフ達の奇襲があった。夜闇に紛れ、奴隷部隊が居る方面から奴隷を解放しながら向かって来ていた。
ここまで気配を気取らせずに近づいて来ていた事に驚きつつ、キメラの暴走によってその存在が発覚したのは都合がよかった。暴走するキメラが敵と、解放された奴隷の亜人達もまとめて殺傷したからだ。
その様子は遠くから見てもハッキリと見えた。キメラは帝国が誇る技術を集めて生み出した人造のモンスターであり、増産はまだ素材などの課題があるのでできていないが、近いうちに他国との戦場で活躍するだけの力は秘めている。
戦鎧象と同等以上の巨躯に、帝虎の四肢、多頭蛇の毒牙、蒼殻蟹の鋏といった、一般的なモンスターを軽く凌駕した暴力を持ったキメラは、しかし呆気なく殺された。
遠く、朝日が昇るまえだったのでそれを行った敵の姿は確認できなかったが、キメラは確かに殺された。私はそれに呆気にとられたが、敵の攻勢が激しく、呆けたのも数秒だけだ。
襲いかかってくる黒きスケルトンの軍勢の中に、エルフの他にオーガや半鬼人などの姿が確認できた。
やはり、敵はエルフだけではなかったのだ。
恐らくこの森に住んでいたオーガ達がエルフと結託したのだろう混合軍は、暴れに暴れた。
特に一匹のオーガ亜種を中心とした一帯の被害は甚大で、精鋭達が次々と討ち取られていく。
私は遠くからその様子をみながら、指示を出し、部下達を動かす事に専念していた。
距離はあり、こちらまで戦火が届いていなかったからだ。
だから油断、があったのだろう。
私は、周囲にいる側近達にすら気づかれる事なく背後にまでやってきた敵に、戦慄したのである。
殺そうと思えば、私は殺されていた。
だが敵は耳元でとある事を囁き、私の胸元に液体の入った小瓶を入れた。
中に入っているのは治療薬だという。
得る条件は私達がこの森から撤退する事。ただそれだけだ。
そして、私はその条件を飲んだ。エルフ達から得るべき益は確かに惜しいが、敵に命を握られてしまっては、潔く引き下がる以外に選択肢はなかった。
私はエルフに、否、この正体不明の敵に負けたのである。
本陣に、誰にも気取られずに忍び込むような存在だ。私の命などその気になれば簡単に奪えただろうに、敵は交換条件を出した。
もし私が次期皇帝でなければ、もし敵がその事を知っていなければ、私は死んでいた。
それに歯噛みし、いつの日かこの手でこの正体不明の、しかし現時点から私の宿敵となった敵を斃すため、怒りを堪えて撤退の命を下す。
もしこの治療薬が偽物ならば例えこの身朽ち果てようとも屠ると心に決めながら、私は森を去った。
苦い経験であり、しかし目標を同時に得た私は、強き帝国を築くと同時に、自己を強める事を誓った。
【グル腐視点:八十一日目】
昨日は激しい戦いでした。
そして激しかった分、私達が得た経験値は膨大で、私やホブ治……いえ、セイ治などは【存在進化】する事ができました。
セイ治は【半聖光鬼】に、私は【死食鬼】に、ホブ芽は【百々目鬼】となりました。
その他にも進化した兄弟姉妹達にコボルドさん達は居て、コボルドさん達のリーダーで足軽だった秋田犬さんなどは【武士コボルド】となりました。
頑張った分だけの見返りがあり、私達は嬉しく思っています。
ただ、もっとも私が嬉しかった事はやはりセイ治が進化した事ですかね。
オガ朗×セイ治とか、あえてセイ治×オガ朗、オガ朗×オガ吉とかもいいですねー。
オガ朗の筋肉に包まれ――閲覧禁止――で――以下略――
ぐふふ、妄想が、と ま ら な い!!
【とある農民上がりの補給兵視点:八十五日目】
おらぁ、徴兵される前は実家の畑耕してたんだぁ。
でもぉ、収穫時で男手が必要ぉなのによぉ。
無理やり連れてこられちまってぇ、大変な時におらなんだんだぁ。
もうどんぐれー帰ってねーかわかんねーけどぉ、ずっと畑耕してぇって思ってるんだわ。
おらぁ、やっぱり剣握るよりもぉ、鍬もってるほうがええんだわぁ。
それでぇ、捕まってぇ、もう無理だっつ思ってたんだ。
んでも、畑を造る事になってぇ、おらが選ばれたんだ。
すんげー嬉しくて、張り切ってたんよ。すったらびっくりよ。
撒く種が見た事ねぇーやつだし、高級な精霊石が惜しげもなく使われてんだぁ。
そりゃ、精霊石は掘って貯めてるけんどよぉ、一つでおら達の数年分の稼ぎに匹敵するくれぇ高ぇ精霊石を、ボスン、と無造作に刺しとくなんざ、ありえねってよ。
行動を制限されてなきゃ、ぜってー誰かが持ってくと思うんだぁ。
まあ、おらぁ久方に鍬持って、土掘って、種蒔いて満足したんだけどよぉ。
いんやぁー、働いた後の温泉たぁ、やっべーなぁ。明日も頑張って、仕事すんべー。
【ゴブ爺視点:九十日目】
オガ朗ぉ達がぁ、森ん外へぇ行きよった。
そん姿にゃぁワシのわけぇー頃をぉ、思い出すのぉ。あの外への好奇心にぃ、キラッキラに光った目。
死んじまったゴブ婆も、最初はあんな目ぇしとったぁ。
まぁ、ワシ等んときゃー骸骨百足なんつーシロモンはありゃせんかったけどなぁ。
そんでぇ見送った後はぁ、ワシはワシの仕事をしちょった。
セイ治達に薬の作り方ぁ教えてぇ、野生のブラックウルフに襲われた時のぉ対処法とかぁ、小さな諍いの仲裁とかぁ、ワシがこれまでしてきた事を繰り返すだけやがのぉ。
そんで日が沈んだ後はぁ、めんこいエルフんとこ行って、頑張ったんじゃ。
ワシ等の数を増やさんとのぉ。重要な任務じゃぁよ。
いんやしかし、オガ朗ぉ達が産まれてからぁ、ほんに楽しくなったもんじゃ。エルフなんぞ、今までじゃぁ考えられんしの。
困らせられる事もぉあったが、ほんま助かったわぁ。
これで、ワシも安心して眠れる日を迎えれるのぉ。
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