Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

金斬 児狐

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9巻

9-3

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「ガオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 再度、決戦場に咆吼が轟いた。
 思わず耳を塞ぎたくなるほどの大音量であり、含まれる魔力の膨大さと鮮烈な殺意は強烈だ。
 通常なら、精神を強く保たなければ呑み込まれていたに違いない。
 その為、連合軍の者達は皆一様に身構えたが、それは破壊咆吼とは違い、驚異的だがある意味で普通の咆吼だった。
 それもそのはず、そもそも咆吼のぬしが違っている。
 咆吼の主は、イーシェル達から見て、オバ朗達を越えた更に先に居た。
 連合軍の五分の一程度の人数で構成されている同盟軍、その中でもひと際目立つ黄金の獅子しし――【獣王】ライオネルだ。
 ライオネルの全身からは、離れていても認識できるほどに濃密な黄金の【闘気】が立ち昇っている。
 特に両腕に纏う【闘気】が濃く、その前方にある決戦場には爪でえぐったような破壊の痕跡がある事から、ウーリアと同じく破壊咆吼を切り裂いて威力を低下させた様子がうかがえた。
 また、そのすぐ背後には、【魔帝】ヒュルトンによって【召喚】された《魔界クリフォト》の巨大生物が居た。
 外の世界を視認する為の眼球は存在せず、うろこも無ければ牙も無い、乳白色のツルツルブニブニとした皮膚ひふが特徴的な、全長二〇〇メルトルほどの巨大な龍である。
 龍の名は〝堕落誘う白龍王アムスドムス〟。
 万物をかてとする【エネルギー吸収】という能力によって、巣と定めた場所から動く事なく生涯を過ごす〝堕落する白蛇ロードムス〟が、万年生きた果てに到達する存在だ。【魔帝】ヒュルトンが【召喚】できる怪物の中でも五指に入る強さを誇る。
 そのアムスドムスは、とぐろを巻いて口を大きく開け、まるで宇宙に繋がっているかのような黒い孔を覗かせていた。ライオネルでも削り切れなかった破壊咆哮を、【エネルギー吸収】によって吸い取ったのだ。

「ガハハハハハハハハハッ! 咆哮だけでこの威力たぁ、想像以上の相手じゃのぉ!」
「そんな気楽に笑えるような相手じゃありまセーン。底なしのアムスドムスが、『結構お腹ふくれた、こんなの初めて』と言ってるくらいデース。直撃してたら、私達でも死んでたかもしれまセーンね」
「ガハハハハハハッ! 全くだなオイッ。ちょいと予想以上だったが、その配下もまた予想以上のが揃っちまってるようだぜッ!」
「恐らくデスが、八鬼の内の殆どが【帝王】類か、それに近い種族のようデース。オーフ、全く何てこった、といえばいいのでショウ」

 豪快ごうかいに笑うライオネルは、戦闘種族である肉食獣人としての血が騒ぐのか、纏う【闘気】がより荒々しいモノとなる。
 その傍らで、表面上は呆れながら、しかし声音こわねからは同じく戦いへの興奮が窺えるヒュルトンが肩をすくめた。
 配下を引き連れ、軽く談笑しつつ荒れた決戦場の中心に向かって歩んでいく両者の姿に、すきは一切存在しなかった。両者はあくまで自然体であるものの、その視線はオバ朗と彼の周囲に居る八鬼達かられる事はない。
 何かあれば、即応じる事ができるようにしているのだ。それは世界有数の猛者もさであるライオネルとヒュルトンが、オバ朗達の実力の高さを実感していたからに他ならない。
 そして連合軍もまた、【救世主】アンナリーゼをはじめ全員がオバ朗達を見つめていた。

「それじゃあ、約束通り今日一日は傍観するから、この後は各自の判断に任せる」

【救聖】率いる連合軍約五〇〇〇名、【帝王】率いる同盟軍約一〇〇〇名、合計六〇〇〇名から注がれる視線を感じながらも、問題ないとばかりに無視し、オバ朗はそう言って再び椅子に腰かけた。
 そして周囲に、空間支配型防御系アビリティ【神獣の守護領域】による防御壁を構築した上で、アイテムボックスから酒瓶さかびんとコップを取り出す。
 完全にくつろぐ用意を進めるオバ朗とは逆に、ミノ吉達八鬼は抑えきれない戦意を隠しもせず立ち上がり、自身が定めた敵を見据える。

「ブルルルル……おのは、あの黄金ノ獅子を相手にモラうぞ」
「ほな、ウチは吉やんのサポートに回るな。【獣牙将ビファログ】と【六重将セクトス・ヘルビィ】とか、それから同盟軍の兵隊でも相手にしよか」

 破壊咆哮を防いだ爪撃そうげきを見ていたからか、あるいはおのれのように優れた身体能力を持っているからか、ミノ吉の興味はライオネルに注がれていた。アスもそんな恋人の心境を認識し、自ら応援を申し出る。
 口から雷炎をこぼすミノ吉は、敵を見据えたまま斧と盾を構え直し、更に並行して全身の筋肉を怒張どちょうさせる。それによって、ただでさえ巨大なミノ吉はひと回りも大きくなり、見る者に圧倒的な力強さを感じさせた。
 その様子を見て、ライオネルも応戦する。胸筋の厚みなどをアピールするサイドチェスト、上腕二頭筋や全身などをアピールするダブルバイセップスといったポーズが色々と繰り返され――次第に、ライオネルとミノ吉の間にある種の共感が生じていく。
 まさに文字通りの肉体言語であり、暑苦しさすら感じられるやり取りが、数百メルトル越しに繰り広げられる。

「ほら、それ以上は実戦でやりーな」

 アス江は、自身の力強さをアピールしているミノ吉の腰を軽く叩いて暑苦しいやり取りをめさせながら、反対の手で巨大な【大地母神だいちぼしんの破城槌】を軽やかに肩に担ぎ上げた。
 彼女の目が見据える先に居るのは、ライオネルとヒュルトンの後方に控える【獣牙将】と【六重将】、そして魔帝国の精鋭達である。
 アス江は笑みを浮かべ、ジッと前方を見つめた。
 全てを包み込むような雰囲気は、まるで母なる大地のような安心感がありつつ、しかしどこか冷たいモノだった。

「じゃあ、【魔帝】は私がもらおうかしら。生き血がどんな味なのか、興味あるしね」

 そう言って淫靡いんびに舌なめずりするのは、カナだった。
 普通の食事でも栄養を摂取せっしゅできるにせよ、【吸血鬼】という種族において最上位の一つである【氷血真祖アスラッド・トゥルーヴァンパイア超越種スペリオリシース】となったカナ美にとって、生き血をすすりたい欲求というのは本能に近い。
 カナ美にとって最も美味なる血はオバ朗のモノである事に疑いは無いが、【魔帝】という存在の血がどのような味なのかは、やはり気になってしまうらしい。冷徹に獲物を品定めする捕食者の如き鋭い眼をしたまま、その味を想像している。
 ヒュルトンもそれに応えるかのように、肩を竦めた。
 オバ朗はそんな光景に何か言いたそうだったが、結局黙っている事にしたらしい。
 それを見ていたブラさとは僅かに苦笑すると、続けて獰猛な笑みを浮かべながら連合軍の一角に視線を向けた。

「なら、あそこからあそこまで、私が貰っちゃおうかな。【英雄】が固まってて、ヤりがいがありそうだしね~」

 彼女が狙いを定めたのは、連合軍の右翼側。浮遊し自走する巨大水晶に座った【星読英雄】アルドラや、周囲に十数冊の書物を浮かべた【書冊英雄】イムルスカなどとその配下が陣取っている場所である。
血剣軍女帝ブラッディレイドエンプレス亜種バリアント】となったブラ里は、背中に備わった血剣翼けっけんよくの特性――血で出来た剣を無数に生み出して操る事ができ、同時に精密操作が可能な最大数は数百、振り回す程度の単純操作なら数千にも及ぶ――もあって、多対一の戦闘を得意とする。
 戦闘に入ると精神が高ぶり、普段は息を潜めている凶暴性が表に出てくるブラ里には、大勢の配下を引き連れた【英雄】が絶好の獲物に見えるらしい。
 血剣翼はまるで獲物を求めるように僅かに動き、二振りのロングソード型の魔剣――右手に持つ【鮮血皇女せんけつこうじょ】と左手に持つ【屍斬血狩しざんけつが】のを無意識に握り直している。
 獲物をどうさばこうか脳内で思案する血に飢えた剣鬼の姿を見つつ、その傍らに立つスペせいは、彼女とは逆の連合軍左翼に目を向けた。

「そちらは里ちゃんに任せるとして、なら私はあちらを相手にしましょうか」

 そこには【神器】を持つ【狩猟の勇者】ラン・ベルや、特殊な戦い方をする【数式の勇者】ムテージなどをはじめとする【勇者】が多くいた。
 多彩な魔術を行使するスペ星は、ブラ里同様、多対一の戦闘を得意としている。
 スペ星を中心として、恒星の周りを公転する惑星のように回遊する八個の虹色の球体の能力――結構な硬度を持つ上に思考するだけで操作でき、しかも触媒とすればこう階梯かいちえ魔術の行使に本来必要な相応の手間を省けて自動的に八倍の威力になる――があれば、たとえ前衛役が居なくとも問題ない。少数精鋭である【勇者】達を相手にしても、単鬼たんきで十分戦えるだろう。

「では、僕達は余った敵兵を相手にしましょうか。二鬼にきとも、それで構いませんか?」

 セイ治にそう言われ、クギとアイは頷いた。

「はい、それが最適ですからね」
「構いません」

 ミノ吉とアス江とカナ美は同盟軍に狙いを定め、ブラ里、スペ星は連合軍に狙いを定めた。
 それぞれの戦闘能力を知る者ならば、たとえ敵兵の方が圧倒的に多数なこの状況でも、大丈夫だと考えるだろう。
 事実その通りなのだが、しかしどうしても余る敵が出てくる。
 八鬼の中では相対的に戦闘能力で劣るセイ治、アイ腐、クギ芽の三鬼さんきは、これまで戦闘ではおもにサポートを担当してきた為、今回も自然とそういう事になった。
 とはいえ、決してこの三鬼も弱くない。たとえ一国の軍を相手にしても殲滅しかねないほどである。
 そんな自身の力量を正確に把握はあくしているからか、多勢を相手にするというセイ治の指示にも、文句は無いようだ。
 しかし一つだけ、アイ腐は要望を出した。

「が、その前に……愚腐腐腐腐ぐふふふふ、先にあちらと話をさせてもらいますね。同胞の匂いがしますので」
「それは……なるほど、構いませんよ」

 アイ腐はまるで運命に導かれたかのように、とある人物をジッと見つめていた。視線の先には、ある意味当然ながら、【腐浄の勇者】キフスの姿があった。
 キフスもまた、まるで導かれたかのようにアイ腐を見つめている。
 両者の間で交わされる何かの正体が、付き合いの長いセイ治にはよく分かったらしい。苦笑いを浮かべ、しばらくアイ腐を自由にさせる事にした。
 ともあれ、連合軍と同盟軍は到達し、八鬼はそれぞれの標的を定めた。
 主役であるはずのオバ朗は決戦場の中心に陣取って静かに座し、戦況がどうなるのかしばし傍観する様子だ。
 それぞれがそれぞれの思惑おもわくで動き始める中――連合軍の中心にいる【白き誕叡なる救世主】アンナリーゼは、陶酔とうすいしているかのようななまめかしい恍惚こうこつの表情を浮かべ、その顔を両手でそっと包み込んだ。

「ああ、ああ、なんて喜ばしいのでしょう。私が果たさねばならない使命の、なんと苦難な事か。咆哮一つで世界を破壊しかねない恐ろしさ。殺す殺されるどころではなく、対峙しただけで自身の愚かさを理解してしまいそうになるほどの重圧感。あの【飽く無き暴食】を討伐するなど、到底不可能な事に違いありません」

 アンナリーゼは呼吸を荒くしながら、周囲で始まった激しい戦闘をツマミに酒をたしなむオバ朗へと、熱い視線を注いでいた。

「だからこそ、意味がある。私がこの世界に生まれた意味が、【飽く無き暴食】を打ち倒す事で約束される。ああ、ああ、なんて喜ばしい事でしょうか、なんて素晴らしい事でしょうか」

 溢れ出る想いを吐き出すように、アンナリーゼは純白の杖【誕叡大神之魂界杖】を掲げ、全軍に【魔法】を付与する。
 そうして何重にも強化された兵士達は勇気を奮い立たせて、恐るべき鬼達へと挑んでいった。

「戦いましょう、使命を果たす為に。戦いましょう、世界を救済する為に。【飽く無き暴食アナタ】と【白き誕叡なる救世主ワタシ】は、そう運命付けられているのだから」

 真なる【聖戦】は、くして始まったのである。


==================


 朝から始まった戦闘は、夕方になっても続き、気がつけば夜になっていた。
 夜間戦闘は視界の確保が重要になるが、ここでは溶岩などが光源となるので、一定以上の視界が確保できる。暗闇でも昼間のように見える俺達からすれば大した意味は無いが、敵にとっては十分な助けとなっているようだ。
 うーむ、そこら辺も少しは調整した方が良かったか、と観戦の合間に酒をあおり、さかなつまみながらぼんやりと思う。


[保有迷宮内にて【斬糸の勇者】が死亡しました]
[死亡した事により流出する【神力】の一部が迷宮に吸収され、【神器】として再変換されます]
[夜天童子は【斬糸之魂紡錘スパーダスピドル】を手に入れた!]

[保有迷宮内にて【悪銭英雄】が死亡しました]
[死亡した事により流出する【神力】の一部が迷宮に吸収され、【神器】として再変換されます]
[夜天童子は【悪銭之魂算盤アクーソローン】を手に入れた!]

 ブラ里さんとスペ星さんが二人の【英勇】を仕留めたが、今日はそれまでだった。
 まあ、残りも時間の問題だろう。

[世界詩篇〔黒蝕鬼物語〕第六章【神災暴食のススメ】の第九節【軍炎の波ヘルブン・アーク】の隠し条件《軍騒鉄火》《戦火拡大》がクリアされました]


《三百四十三日目》

 昨日から始まった俺達の――俺は観客枠だったが――【聖戦】は、今朝まで途切れる事なく続いていた。
 至る所で多彩な【魔法】が炸裂し、得物えものが衝突して火花と異音と衝撃をらし、血肉が舞い散り命が消えていく。
 殺意と闘志がせめぎ合い、怒号や絶叫が絶えず響き渡る。
 決戦場が時間経過と共に自動再生する仕様でなければ、とっくに崩壊していただろう。それほどの破壊の嵐が吹き荒れていた。
 始まってから丸一日が経過したが、【聖戦】はおおむね当初の予定通りに進んでいる。
 連合軍と同盟軍を一度に相手しても、俺達に死者は出ていない。
 対して相手の両軍勢の戦力は、時間が経過すればするほどに削れていた。
 しかし少々計算違いな事に、連合軍の兵力の減りが思っていたよりも少ないようだ。
 現在の状況のように、同盟軍が四割の戦力を失う時、連合軍は六割から七割を削られていると予想していた。
 だが、実際には四割程度に抑えられている。
 それでも十分な戦果ではあるが、予想が外れた原因はやはり、白主の存在が大きいだろう。
 連合軍の兵士達はたとえ【英雄】達によって大幅に強化されていたとしても、ブラ里さんやスペ星さんによる広範囲殲滅攻撃の連撃には耐えられない、はずだった。
 しかし被害は出ているものの〝精錬武救の聖神鎧〟をはじめとする様々な【救世主】固有の【魔法】により、連合軍の兵士達はまるでアンデッドのようなタフネスを発揮していた。
 連合軍兵は疲れも痛みも感じていないのか、腕や足を切り落とされようが、肺を潰され呼吸ができない状態にされようが、止まる事がない。
 四肢を失っても、一旦後方に下がれば、再生されてまた戻ってくるのである。
 ならばと精神にダメージを負わせても、燃え上がるような戦意はモノともしないし、肉体のダメージと同じく後方に下がれば復活して舞い戻ってくる。
 そういう訳で、後方に控えて際限無く味方を回復し続けている白主さえ居なければ、連合軍の相手がもっと楽だったのは間違いないだろう。
 まあ、白主は俺と同じく【大神】の【加護】を持つ存在だ。それくらいしてくるのも、ある意味当然だと納得できる。
 ともあれ、俺だけ座って、流れ弾を【神獣の守護領域】で防ぎつつ、皆が嬉々ききとして戦っているさまを観戦するだけだった昨日とは違う。皆から『一日は参戦せず、私達に戦わせてほしい』との要望があったので我慢がまんしていたが、それももう終わりである。
 飯勇に作らせておいた美味い朝食を喰ってヤる気を漲らせ、四つの銀腕にそれぞれ得物を持つ。
 皆も十分戦ったのだから、今日は俺も楽しませて貰わないとな。


  ◆◆◆


 周囲に張り巡らせていた【神獣の守護領域】を解除して、ベルベットの遺産である椅子から立ち上がる。
 この椅子は破壊されると困るのでアイテムボックスに収納し、肩の凝りをほぐすように首を回した。
 固まっていたせいか、動かす度にゴキゴキと音が鳴る。
 ベルベットの椅子がどれほど座り心地がよく、また座っているだけで心身を回復させる効果があるマジックアイテムだとしても、やはり一日座りっぱなしだと凝ってしまうというものだ。

「さて、と」

 準備運動をする間にも、雷のように鋭い矢が頭部目掛けて飛んでくるが、んで止めて、そのままボリボリと喰う。
 やじりに使われていた魔法金属が良質なのか、あるいはに使われている木材が良質なのか、または矢羽やばねに使われている羽が良質なのか、もしくはそれ等に込められた魔力が良質なのか。
 矢の濃厚な味の秘密を吟味ぎんみしつつ、気を取り直してグルリと決戦場を見回した。
 戦況は概ね把握しているが、何かの手違いがあればそこから崩される可能性はいなめない。手助けをした方がいい場面もあるかもしれない。
 自分の戦いに集中する為にも、始める前に確認はしておきたかった。

「ミノ吉くんはまあ、問題なし、と」

 同盟軍の方では、やはりミノ吉くんが楽しそうに【獣王】ライオネルと戦っているのが目立つ。
 巨大な斧を手足のように自在に操って攻め、ライオネルが繰り出す強烈な連撃のことごとくを盾で防ぐミノ吉くんは、全身から雷炎を立ち昇らせている。
 普段でも巨体に見合わぬ速度で動くものの、現在は【終末論・征服戦争】の効果によって全能力が【二一〇%】上昇している為、その動きは雷速を超えた領域に達していた。
 見上げるほどの巨体がにも止まらぬ速度で縦横無尽に駆け回るせいで、ミノ吉くんの周囲には空間を震わせる衝撃波が絶え間なく撒き散らされているだけでなく、膨大な雷炎が轟々ごうごうと燃え拡がっている。そこには、下手に近づけばやられたと理解する間もなく焼失してしまう空間が形成されていた。
 たとえライオネルと共に闘う為にやって来た【獣牙将】といえど、今のミノ吉くん達の戦いに割り込む事はできなかった。

「ブゥモオオオオオオオオオオオッ!」
「ガハハハハハハッ! ガハハハハハハッ! たぎる、滾るのぉ、互いに!」

 しかしそんな速度で動くミノ吉くんに対し、【獣王】ライオネルも拮抗していた。
 ミノ吉くんが雷炎を纏うように、ライオネルは全身を黄金の【闘気】で輝かせ、そしてこれまた同じように【終末論・征服戦争】の効果で身体能力が強化されている。
 正確に数値化すればミノ吉くんの方がやや上回っているようだが、ライオネルは長年【獣王】として君臨してきた強者である。
 積み重ねられた闘争の日々の重み、数多あまたの死線を乗り越えてきた経験は、身体能力の差を容易に埋めていた。
 そして雄々おおしく荒々しいその見た目に反し、ライオネルは単純に力だけで戦う訳ではない。研ぎ澄まされた刃のような、確実に敵を屠る技術をも体得していた。
 俺が見てもれする絶技を駆使しており、今もミノ吉くんの斧の振り下ろしに対して側面に少し手をえただけで軌道を逸らした。
 その際、装備している手甲と触れたはずだが、火花も音も生じていない。完璧な見切りで、必要最小限の力を加えたからこその結果だ。
 そしてその直後に追撃として襲い掛かってくる雷炎を、僅かに体毛をあぶられながらも【闘気】の瞬間的な噴出で呆気あっけなく蹴散けちらし、僅かに出来た隙を突いて蹴りを繰り出した。
 マジックアイテムとおぼしき脛当すねあてを装備したライオネルの蹴りだ。直撃すれば流石のミノ吉くんとて痛打になると見て間違いなかったが、まるで泰山たいざんの如くドッシリと構えられた盾によって、それは難なく防がれた。

「ブゥモオオオオオオオオオオオオ!」
「ガハハハハハハハハハハハハハハ!」

 両者が一秒の間に交わす数十の攻防、その全てを認識できる者がここにどれだけ居るだろうか。
 両者の激突はまるで雷光の氾濫はんらんだ。まばゆく輝き続けている事は誰であれ理解できても、その詳細となると限られた者だけになる。
 時間が過ぎるほどミノ吉くん達は過熱し、互いを高め合うように、より激しくぶつかり合っていた。

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