司書ですが、何か?

みつまめ つぼみ

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序章:第五図書館の小さな司書見習い

4.

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 ヴォルフガングさんに送られて第五図書館に戻ってきた私は、カウンターにいるサシャに手を挙げて告げる。

「ただいま~……なんか、大変なことになっちゃった」

 サシャがきょとんとした顔で私を見て応える。

「大変なことって……面接はどうだったの?」

「うん、なんか受かっちゃったんだけどさ、『住み込みで働いてくれ』って言われて……」

 サシャが目を見開いて驚いていた。

「ええ?! 住み込みの司書って……どんな大きな図書館よ?!」

 私は両手の指先を胸の前で合わせつつ、おずおずと応える。

「……王立魔導学院の、大図書館」

 パカッとサシャの口が開き、言葉もないようだった。

「だからね? 私、今日でここの仕事を辞めないといけないの」

 サシャはようやく口を閉じ、私をまじまじと見て応える。

「そんなの、元々あなたは非常勤の司書見習い、毎日通わなくても良かったんだから、問題はないわよ。
 それにしても……あんな大きな図書館で働けるなんて、凄いわねぇ。
 あそこ、王侯貴族以外が入れないんじゃないの?」

「ああうん、自由に出入りできないみたいだから、住み込みで敷地から出るなってことみたい」

 サシャが納得するように頷いた。

「なるほどねぇ……エーヴェンシュヴァルツ伯爵だからこそ、ヴィルマを勧誘できたのかしら」

 偉い教授さんって言ってたしなぁ。

 ディララさんも、『ヴォルフガングさんが後押ししてくれるから大丈夫』って言うくらいだし、凄い人なんだろうけど。

「じゃあ、司書長さんにはよろしく伝えておいてもらえるかな。
 直接ご挨拶できなくてすみません、って」

 サシャがニッコリ笑って応える。

「ええ、いいわよ。あの人も明日になったら驚くんじゃないかしら。
 でも、家族の説得は大丈夫なの?」

「う、それを言われると……頑張るよ……」

 お爺ちゃん、孫馬鹿だからなぁ。

 お父さんとお母さんが死んじゃってから、私しか家族が居ないし。

 お爺ちゃんのことも心配だけど、あの人は殺しても死ぬような人じゃないのが救いといったところか。

 私はふぅと息をついて、サシャに告げる。

「もうこの図書館の本も修繕してあげられないけど、サシャ一人で頑張れる?」

 サシャが呆れたようなジト目で私を見つめた。

「なーに馬鹿なこと言ってんのよ。
 あんたが来るまで、ずっと私一人で回してたのよ?
 元に戻るだけで、何の問題もないわ。
 ヴィルマは気兼ねなく、大きな職場で頑張ってきなさい!」

「……うん、ありがとう!」

 私はサシャを一度抱き締めたあと、退勤記録を付けてから家路についた。




****

 帰宅してからお爺ちゃんと向き合い、真剣な顔で告げる。

「お爺ちゃん……実はね私、この家を出ていかないといけないの!」

 優しいお爺ちゃんの微笑みが凍り付き、どす黒いオーラが漂い始めた。

「なんだと? まさか男か? 男に付いてどこかに行くのか?」

 私は慌てて手を横に振って否定しながら応える。

「ち、違うってば! なんでそう考えちゃうかなぁ。
 ちょっとした転職だよ。働く場所が変わるの」


 私はお爺ちゃんに、事の仔細を全て伝えていった。


「――と、いうことで、私は三日後から魔導学院に住み込みだから!」

 お爺ちゃんは喜んでいいのか、悲しんでいいのか、怒っていいのかわからず、なんだか複雑な表情をしていた。

「そりゃお前、栄転ってことになるのか?」

 私は腕を組んで考え込んだ。

 栄転と言えば、これ以上ないほどの栄転だろう。

 ちょと不自由にはなるけれど、あれほど貴重な本に囲まれた環境で、尚且つ私が望める職場はあそこぐらいだ。

 私は顔を上げ、笑顔でお爺ちゃんに頷いた。

「うん、栄転で合ってると思うよ」

「そうか……お前、司書が好きだったからなぁ。
 そんなお前が大きな職場で働けるなら、俺の寂しさなんて我慢せにゃならん。
 ――よしヴィルマ、お前はきっちり仕事で大きくなって帰ってこい!」

「え、いや、そんな『ビッグプロジェクトをやり遂げて来い』みたいに言われても、今まで通り司書として過ごすだけなんだけど?」

 お爺ちゃんが楽しいそうにカカカと笑った。

「どんな仕事でも、高い目線で取り組んでりゃ、相応に成長できるもんだ。
 それが上等な職場なら、得られるものは他と比べようがない。
 特に貴重書なんて、そう滅多にお目にかかれんからな。
 せいぜいドジ踏んで本を駄目にしないよう、気を付けておけ」

「はーい。わかってまーす。
 それより、今日の夕食はなにかな?!」

 お爺ちゃんが楽しそうに応える。

「まったく、司書の仕事ばかり覚えて、料理の一つも覚えやがらねぇ。
 そういうとこは父親そっくりだな、お前は」

 立ち上がったお爺ちゃんが、台所に向かって歩きだした。

 私は夕食の支度を手伝うため、その背を追った。




****

 翌日、翌々日と、私はヴォルフガングさんに手伝ってもらって引っ越しの準備をしていった。

 なんせ自分一人じゃ外出できない環境だ。女子が生活するのに困らないよう配慮はしてくれるらしいけれど、相応に必要なものは出て来てしまう。

 カツカツの生活だった私の貯金じゃ、ちょっとお金が足りなかったのだけれど、ヴォルフガングさんが「先日の写本のお礼だよ」と言って、支度金を用意してくれた。

「……なんだか悪いです、ここまでしてもらうなんて」

 ヴォルフガングさんがにこりと微笑んで私に告げる。

「それだけ、君の司書としての仕事に期待をしているのさ。
 王立魔導学院が何故あれほど大きな図書館を自前で持っているのか、知っているかい?」

 そう言われれば、理由までは聞いたことも、考えたこともなかったな。

 私が首を横に振ると、ヴォルフガングさんがニコニコと言葉を続ける。

「魔導において、知識こそが要だ。
 古来より伝わる知識、技法、そこに最新の理論が加わり、新しい魔導が生み出されて行く。
 王立魔導学院はね、ただ魔導を扱える人間を育てている訳じゃない。
 これから新しい魔術を作れるような、高度な人材育成を目指している場なのさ。
 だからこそ、宮廷図書館に比肩するほどの魔導書を蔵書として収めている。
 生徒たちに、正しく質の高い教養を身につけさせるためにね」

 ほぁ~、やたらと志の高い図書館だった! そんなところで、私に司書なんて務まるのかなぁ……。

 なんだか不安で背中を丸めて歩いていると、その背中をヴォルフガングさんが優しくポンポンと叩いてくれた。

「君の能力なら問題ないさ。
 最初は戸惑うだろうが、やることは今までと大して変わらない。
 君ならではの仕事ぶりも、あるいは見れるかもしれないね」

「私、ならでは? どういう意味ですか?」

 きょとんとする私に、ヴォルフガングさんは意味深な柔らかい笑みで応えていた。




****

 出発当日の朝、迎えに来たヴォルフガングさんに対して、お爺ちゃんが睨み付けていた。

「おう、あんたがヴォルフガングか。
 貴族かなんだか知れねーが、孫を泣かせるような真似はすんじゃねーぞ?
 そんときゃ俺が、あんたに生まれてきたことを後悔させてやるからな?」

 殺気を目に宿らせたお爺ちゃんが、ドスの効いた声で告げる。

 ヴォルフガングさんはいつものように柔らかく微笑んで頷いた。

「ああ、安心して任せて欲しい。
 彼女のサポートは万全にしておこう。
 ただもちろん、彼女が自分自身で乗り越えなければならない壁もまたあるだろう。
 そこは彼女を成長させるための試練だと思って、あなたも理解をして欲しい」

 あくまでも理性的なヴォルフガングさんの微笑みに、お爺ちゃんは毒気を抜かれたようだ。

「……チッ、あんた中々やるな。
 それだけ飄々としておきながら、全く隙を見せやがらねぇ。
 仕方ねぇから、あんたに孫を預けてやらぁ」

 隙って、お爺ちゃん?! ヴォルフガングさんに何をするつもりだったの?!

 ヴォルフガングさんが楽しそうに笑い声をあげる。

「ハハハ! さすがヴィルマの御祖父殿だね。
 あなたも並々ならぬ魔導の腕前とお見受けする」

 お爺ちゃんは「ケッ!」とそっぽを向いて応える。

「魔導? なんのことだかわかんねーな。
 俺ぁただの農夫、小さい畑を耕して生きる、平民だよ」

「ハハハ、ではそういうことにしておきましょうか。
 ――ではヴィルマ、行こうか」

「――あ、はい!」

 ヴォルフガングさんに手を借りて、私は馬車に乗りこむ。

 馬車の窓からお爺ちゃんに手を振っていると馬車が走り出し、仏頂面のお爺ちゃんが遠くなっていく。

 私はお爺ちゃんが見えなくなるまで、窓からずっと手を振り続けていた。
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