司書ですが、何か?

みつまめ つぼみ

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第1章:王立魔導学院付属図書館

5.

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 ヴォルフガングさんが案内してくれたのは、王立魔導学院大図書館の裏手、その片隅にある小さな二階建ての建物だった。

 年季の入った木製の建物にはシダが絡まり、壁を覆っていた。

 窓枠は古びており、ところどころにペンキが剥がれた跡が見える。

 屋根には苔が生え、長い間使われていなかったことを如実に物語っていた。

「ここは今は使われていないが、職員が宿泊する時に使っていた設備だよ。
 清掃はしておいたから、すぐに中に入ることができる」

 ヴォルフガングさんがドアの鍵を開けてノブを回す――ドアが開くと、木製建築の匂いが辺りに立ち込めて行った。

 使われていない設備の割に、中は埃一つ積もって居ない。

「ここ、本当に使われてない設備なんですか?」

 ヴォルフガングさんがニコリと微笑んで応える。

「そうだよ? 一階に三部屋、二階に二部屋ある。
 君は好きな部屋を一部屋、使うといい」

 私はヴォルフガングさんから鍵を受け取ると、一緒に部屋を見て回ることにした。


 どこの部屋も、間取りは大差がない。

 ダブルベッドが入っても余裕のある部屋が並んでいて、持ってきた荷物を持ち込んでも余りそうだった。

「どこにするか、悩んじゃいますね」

「敷地内に昼夜問わず警備兵が居るとは言え、女性が一階の部屋を使うのは、止めておいた方が良いね。
 二階のどちらかの部屋を使うといいだろう」

 どちらかか。じゃあ南側の部屋にしようかな。

 私は部屋を決めると、ヴォルフガングさんに手伝ってもらいながら荷物を運び入れて行った。

 持ち込んだ荷物の半分は洋服類だ。

 新たに買いに行くのが大変だから、あらかじめ予備を含めて購入しておいた。

 残りは日用品類が半分と、司書の仕事に使う道具。

 尤も、司書の仕事用具は図書館側が用意してくれるらしいので、これは趣味で個人的に使うための道具だ。

 日用品には料理道具も入っているけど、料理かぁ……できるかなぁ?

 知識はあるけど実際に作ったことがないし、私は基本的に不器用だ。

 悩んだ私は、ヴォルフガングさんを見上げて尋ねる――彼はとても背が高いので、話をする時は首が疲れてしまう。

「ここって、食堂とかないんですか? 生徒や教職員の食事はどうしてるんです?」

「学生食堂を使うことが多いね。
 だがあそこは王侯貴族が集う場だ。
 君が使おうとしても、周囲が嫌がるだろう。
 それが気にならないなら、私かオットー子爵夫人にでも言えば、同伴してあげるが……」

 ああそっか。貴族が通う学校の学生食堂なら、当然周りは貴族だらけだよねぇ。

「夜はいつ閉まるんですか?」

「夜会の対応もあるから、基本的に二十時までは厨房が開いているよ。
 我々教授職にある人間が、夜食を頼むこともある。
 夕方以降なら、生徒たちが食堂を利用することもないだろう」

 なるほど、じゃあ夕食は食堂を使えばいいか。

 でも朝と昼はどうするか、困ったな。

 私の考えを見透かしたように、ヴォルフガングさんがにこやかに告げる。

「食材は厨房に言えば分けてもらえるように話を通しておいた。
 自炊が難しいようなら、前日に厨房に言えば、代わりに作ってもらえるだろう。
 だがとりあえず、一度食堂を経験してみてもいいかもしれないね」

 なんだか、自炊が苦手というか未経験なのがばれてる気がする。

 ヴォルフガングさんが一階の共同水場を案内してくれた。

 上下水道完備は、さすが貴族の通う学校だ。石造りのシンクや銅製の蛇口が並び、清潔感が漂っている。

 キッチンも実家と大差ない、きちんとしたものが備え付けられていた。大きなかまどや調理台があり、料理をするのに十分な設備が整っている。

 お風呂もあるし、トイレもある。陶器の浴槽や洗面台があり、快適な生活が送れそうだ。

 本当にここ、職員が使う施設なのかな? 立派過ぎない?

 ヴォルフガングさんが機嫌良さそうに私に告げる。

「清掃は週に一回、女性職員が入ってくれることになっている。
 それでも汚れが気になるようなら、自分で清掃しても構わないよ?」

 私はたじろぐ心を笑ってごまかした。

「あはは……いえ、お任せします」

「ハハハ! やはり、炊事や清掃は苦手かな?
 私の家から一人、使用人を呼んでおいた。
 彼女に任せておけば、生活の心配は不要だよ」

 ヴォルフガングさん、使用人の手配までしてくれてるの?!

「そんな! 私は平民です! 使用人なんて、大袈裟すぎますよ!」

 ヴォルフガングさんがニヤリと私に微笑んだ。

「敷地内に荒れ果てた宿舎が生まれると、我が学院の品格が問われてしまう。
 これは学校側の責任として、必要なことと判断した。
 君が心配するようなことじゃないさ」

 なんだか、本当に全部見透かされてる気がするなぁ。

 こういうのを年の功というんだろうか。

「その使用人さんは、いつ到着するんですか?」

「夜までには来るはずだ。
 君と気が合いそうな同年代の少女だから、仲良くするといい」

 うわぁ、同年代の女子かぁ。逆に不安になるなぁ。

 だって私、平民なのにお世話されるんでしょ? 不満に思われないのかな。

 ヴォルフガングさんが周囲を見渡して告げる。

「ここの案内は、もう充分かな。
 それじゃあ図書館に移動しようか」

 私は頷いて、ヴォルフガングさんと共に図書館に向かった。




****

 司書室ではディララさんが私たちを迎えてくれた。

「待っていたわヴィルマ。
 今日からは、この図書館の司書の一人として、恥ずべきことの無いように働いてね」

「はい!」

 ……恥ずべきこと? なにが恥ずかしいのだろう?

 なんだか勢いで返事をしてしまって、聞きずらいな。

 でも聞かずに居るのは尚悪いと思うので、私はおそるおそる手を挙げた。

「……それで、なにを恥ずべき行為と思っているのでしょう?」

 ディララさんがプッと吹き出し、お腹を押さえてうずくまり、小刻みに震えだした。

 漏れてくる笑い声からすると、どうやら笑いのツボに入ったらしい。

 えー……なんであれで、そんなに笑うの?

 ようやく笑いが落ち着いてきたディララさんが、おかしそうに私に告げる。

「――はぁ。思わず大笑いしてしまったわ。
 威勢良く返事をしておいて、意味がわかってないなんて意表を突かれました」

 私は思わず頭を下げて謝る。

「その、すいません。なんだかうっかり勢いで」

「いいのよ、それくらい――恥ずべき行為とは、品位の劣る行為全般。
 王侯貴族の相手をする以上、たとえ平民でも同等の品位で対応して欲しいの。
 それほど難しい要求ではないはずよ」

「え?! 私、貴族の礼儀作法はさすがに習ってないですよ?!
 第五図書館の蔵書にもなかったですし!」

 横に座るヴォルフガングさんが、クスクスと笑いをこぼした。

「そういうことじゃないさ。
 『人として恥ずかしい』と感じることをして欲しくない、そういう話だ。
 君自身は品位ある人間だと、私は思っている。
 もちろん、オットー子爵夫人もね」

「はぁ……ありがとうございます……」

 人として恥ずかしくない対応かー。そうじゃない行為ってのが想像つかなくて、なんだかピンと来ないや。

 私がぼんやりと考え込んでいると、ディララさんがテーブルの上に私の名前が書いてある金属のプレートを置いた。

 ピンが裏についている、よくある名札に見える。

「これがあなたの名札、そして身分証よ。
 詐称できないよう、魔術が付与されているわ。
 紛失することがないよう、気を付けてね」

 私は名札を受け取り、「はい」と応えてブラウスの胸の辺りにプレートを留めた。

 ――これでいよいよ、私も魔導学院図書館の司書かー!

 不思議な高揚感に包まれながら、私は名札を見つめていた。
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