司書ですが、何か?

みつまめ つぼみ

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第5章:羽化

65.

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「父上、お呼びでしょうか」

 王宮にあるサロンの一室に呼ばれたアルフレッド王子が、中に居る国王に告げた。

 国王は振り返り「こちらに来て座りなさい」と告げ、アルフレッド王子は頷いてからソファに近寄り、腰を下ろした。

 テーブルの上には二人分のティーカップがすでに置いてある。周囲に目を走らせるが、客の姿はない。

 侍女たちが新しくアルフレッド王子の紅茶を給仕すると、国王が合図をして人払いを命じた。


 扉が閉められたサロンで、国王が口を開く。

「これでよろしいか、ラーズ王」

「おぅ、上等だ」

 その声は上座から聞こえた――慌てたアルフレッド王子がそちらに目をやると、それまで誰も居なかったはずのソファにラーズが座っていた。

「あなたは――ラーズ! いつの間にそこに?!」

 ラーズが凶悪な笑顔で応える。

「最初からずっと居たさ。お前が気付かなかっただけだ。
 ――それより、ヴィルマを欲したのは本当か?」

 アルフレッド王子は困惑しながらも、素直に頷いた。

「彼女は我が国になくてはならない人材だ。
 その力を王家に取り込み、我が国の力とす。
 父上にも相談済みで、了承は得ている」

 ラーズの目に殺気が宿った。

「ヴィルマの力だけが目当てか?」

「それは違う! 私は彼女を好ましいと思っている。これは本当だ」

 ラーズの目が細められ、鋭く告げる。

「じゃあ聞くが、俺やヴィルマが『エテルナの生き残りだ』と公表するつもりは?」

「……予定はある。だがヴィルマが私の求婚に応じ、父上の了承を得てからの話だ。
 彼女を正妃とするのに、平民の身分では不可能だからな」

 ラーズの目から殺気が霧散し、退屈そうにアルフレッド王子を見つめた。

「ま、嘘は言ってないようだな。
 小賢しいが国を思う心は理解してやる。
 ヴィルマの夫としては……落第だがな」

 国王が真剣な顔でラーズに告げる。

「それでラーズ王、あなたは何をしたいのだ」

「あー? 大したことじゃねぇよ。お前らの真意を確認に来ただけだ。
 良からぬことを企んでたら、お前らの命を奪って姿を消すつもりだった」

 国王がフッと自嘲気味に笑った。

「確かに、こうも易々と我らの部屋に入り込めるなら、造作もないのだろうな」

「そう落ち込むんじゃねぇよ。ヴォルフガング程度の魔導士じゃ、俺の魔導は止められねぇ。
 ここいらの国で俺を止められる奴ぁ、おそらく今は居ねぇだろう」

 ヴォルフガングはこの地方屈指の天才魔導士。その力を歯牙にもかけない男が、『命を狙っていた』と告げた。

 事実として、ラーズがその気なら、国王とアルフレッド王子の命は既になかっただろう。

 改めて、エテルナ王族の力をまざまざと見せつけられたのだ。

 アルフレッド王子が意を決して発言する。

「あなたのその魔導の力、我が王家に貸してくださらないか」

 ラーズは鋭い眼差しでアルフレッド王子の目を見つめた。

「御免だね。この技はヴィルマにすら伝えてねぇ。俺ぁ墓まで持って行くつもりだ。
 エテルナは滅んだ国。あの国の魔導は、歴史に埋もれりゃそれでいい」

「そこをなんとか、お願いできないか!
 このままではヴォルフガングの次の世代で、我が国は周辺国から狙われるようになる。
 それを防ぐためにも、防衛力を育てるのは急務なのだ」

 ラーズの鋭い視線を受け止めながら、アルフレッド王子は必死に懇願した。

「……お前らの言い分は理解した。
 だが全てはグリュンフェルトの滅亡が確定してからだ。
 俺もあまり派手なことはやりたくねぇ。軍隊相手に魔導を使うなんてのは、さすがに目立つからな。
 お前らはグリュンフェルトを潰す手を打てるだけ打っていけ。
 話はそれからになる」

 アルフレッド王子がフッと笑いながら告げる。

「あなたなら、グリュンフェルトを滅ぼすことも簡単なのでは?」

「ヴィルマの傍を長い時間離れるつもりがねぇ。
 そしてヴィルマに詳しいことを教えるつもりもねぇ。
 派手なことをして余計な奴らに目を付けられるのも、できれば避けてぇ。
 直接叩き潰すことは造作もねぇが、それは最後の手段だ」

 その言葉には絶対の自信があった。確信をもって告げている――そう思わせる力が。

 国王が冷や汗を流しながら告げる。

「なぜエテルナ王国の生き残りは、グリュンフェルトを直接叩かなかったのか。
 それほどの魔導がありながら、エテルナ王国は何故滅んだのだ」

「あー? 俺の爺さんたちはそこまで強い力を持ってなかったからな。
 魔力は高かったが、魔導センスはいまいちだった。
 ヴォルフガングと大差なかった、と言えば伝わるか?」

 このシュタールフェルゼン地方屈指の天才魔導士、ヴォルフガングの魔導センスを『いまいち』と断じられた。

 ラーズの魔導がどこまでの高みにあるのか、推し量ることすらできない。

 そのことに国王たちは戦慄すら覚えていた。

「……ラーズ王が飛び抜けた天才、ということか」

 ラーズがニヤリと不敵に微笑み応える。

「そう受け取ってもらっても構わねぇよ。
 俺が当時のエテルナに居りゃ、国が滅ぶこともなかったろうからな。
 ――今日はこの辺にしておくか。
 俺たちに迷惑をかけるようなら、いつでも姿を消す用意がある。忘れるなよ」

 そう言い残したラーズの姿が忽然と消えた。

 周囲を見回しても、部屋の中には国王とアルフレッド王子しか居ない。

「父上、如何様いかようにしますか」

「……まずはラーズ王の要望を叶えよう。
 その後、ゆっくりと交渉してラーズ王やヴィルヘルミーナ王女に力を貸してもらえる道を探ろう」

 アルフレッド王子は静かに頷いた。




****

 私はぼんやりと部屋の中で、昨日読んだ恋愛譚のページを思い出していた。

 何度頭の中で読み返しても、恋愛譚はよくわからない。

 胸が苦しいとか、誰かに会いたくて切なくなるとか、経験したことがないからピンと来ない。

 アイリスが部屋にやって来て「昼食です」と告げた。

 配膳されたテーブルに着き、二人きりで食事を食べ進める。

「お爺ちゃん、どこに行っちゃったんだろうね」

「さぁ……こんなことは初めてで、予想も付きません」

 私はクスリと笑みをこぼして告げる。

「お爺ちゃんが居ないと、アイリスは落ち着いた静かな女の子に戻るんだね」

 きょとんとしたアイリスが私の顔を見て、小首を傾げた。

「それは、どういう意味でしょうか」

「だってさー、お爺ちゃんの傍だとアイリスって、好意が顔からあふれてるような笑顔になるじゃん。
 見てるだけで『恋してます!』って全力でアピールされてるような、そんな気分になるんだよ。
 だから本来のアイリスとのギャップがすごくて、ちょっと面白いなって」

 アイリスがふぅ、と小さく息をついた。

「仕方ないじゃないですか、自然とそうなってしまうんですから。
 私だってわざとああいう態度を取ってる訳じゃありませんからね」

「それで、手応えはどうなの? お爺ちゃんの心とか胃袋は掴めそう?」

「……なんとなく、ほどよくあしらわれてる気がします。
 優しく包み込んでくださいますが、やっぱり年上の方に私の想いは通じないのでしょうか」

 んー、何ていえばいいんだろう。

 アイリスの恋愛が成就して欲しいと思うけど、お爺ちゃんとくっつかれるのは困るし。

「でもなんだかんだ言って、毎日仲良くはできてるじゃない。
 お爺ちゃんも楽しそうだなって、見てるとそう思うよ」

 アイリスが深いため息をついた。

「ですが一緒に町に行っても、恋人同士とは決して見てもらえないんですよね。
 祖父と孫が買い物してるように扱われて、そこはずっと不満に思ってます」

「あはは……」

 それはしょうがないと思うなぁ。十六歳と六十歳超のカップルなんて、普通は想像しないし。

 これがお爺ちゃんが言ってた『現実』ってことなのかなぁ。

 もしかしてそれを気付かせるために、二人で街に買い物に出かけてるのかな?

「じゃあそろそろお爺ちゃんを諦めて、同年代の男性を探す気になれた?」

 アイリスが力強く首を横に振った。

「あれほどの包容力を知ってしまったら、もう同年代では我慢できませんよ。
 なぜラーズさんは、ああも私を優しく包み込めるのでしょうか」

「お爺ちゃんって優しいからなぁ……ねぇアイリス、お爺ちゃんに会えなくて切ないとか、経験ある?」

 アイリスが勢いよく頷いた。

「今も『早くお帰り下さらないか』と強く願っています。
 傍に居られない時間が、とても辛く感じてしまいます」

 そっか、やっぱりそれが恋愛感情なのかな。


 その後も私は、アイリスから恋愛の体験談を聞きながら昼食を食べ進めていった。
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