横浜で空に一番近いカフェ

みつまめ つぼみ

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第2章:横浜で空に一番近いカフェ

10.

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 千晴と天流はコンビニ袋持ちながら、近所のスポーツショップで服を見て回っていた。

「へぇ、案外お手頃なんですね。
 んーでも一式になると、やっぱりちょっと高くつくか」

「ジムだと内履きも必要だからね。
 試しに試着してきてごらん。
 荷物は持っておいてあげるよ」

 千晴がおずおずとコンビニ袋を天流に差し出した。

「いいんですか?
 じゃあお願いします」

 目に付いた黒いトップスとボトムスをセレクトしていると店員が千晴に告げる。

「レギンスも着けると良いですよ。
 疲れにくくなりますから」

「そうなんですか?
 じゃあ――これでいいか」

 天流が千晴に告げる。

「スポーツブラは要らないのかい?
 動くならあったほうがいいと思うけど」

 千晴が顔を赤くしながら応える。

「うるさいですね!
 どうしてそうデリカシーがないんですか!」

「私の目が気になるのかな?
 じゃあ男性用品売り場に居るから、ブラも見てみたら?
 会計する頃には戻ってくるよ」

 微笑んだ天流は、そのまま店の反対側に歩いて行った。

 それを見送った千晴はおずおずと店員に告げる。

「……やっぱり、ブラもあった方が良いんですか?」

「動きやすさが断然違いますからね。
 買っていかれる方は多いですよ」

 悩んだ末、千晴はスポーツブラもセレクトして試着室に持ち込んだ。


 試着した感じは上々で、千晴は快適に運動できそうに感じていた。

 だがトップスにボトムス、ブラにレギンス。さらに内履きが加わる。

 レジに行こうか悩んでいる千晴の前に、天流が戻ってきた。

「私の分も選んできたから、一緒に会計してしまおうか」

「悪いですよ?! おごってもらう理由なんて――」

「私が広瀬さんと一緒に汗をかきたい。
 理由なんて、その程度で充分だろう?
 一緒に美味しいお酒を飲むためだよ」

 微笑む天流をみつめ、千晴はおずおずと手に持っていた服を渡した。




****

 ショップの袋を手に下げながら、千晴が天流に尋ねる。

「この後はどうするんですか?」

「荷物を家に置いたら、着替えだけ持ってジムに行こう。
 一時間くらい汗を流したら、今日はカクテルを飲みに行こうよ」

「うーん、まぁいいですけど。
 カクテルって高いんですか?」

 天流が優しく微笑んだ。

「今回は最初だし、お金のことは気にしないで。
 お店を気に入ったら、給料日のあとにまた飲みに行けばいい。
 そろそろ貯金も危ないんだろう?」

 千晴が言葉を飲んでうなずいた。

 いくら格安家賃とはいえ、こうも毎日外食と宅飲みをしていれば苦しくなる。

 給料日まであと数日。

 残り日数とジムの会費を入れると、もうカツカツだった。

 天流が嬉しそうに千晴に告げる。

「私の都合で広瀬さんを囲ってるんだし、これぐらいはさせて欲しいな。
 それに私は君より結構給料がいいからね。
 お金は余ってるんだよ」

「チーフって、そんなに待遇がいいんですか?」

「ま、そうだね。
 そろそろ私も他の業務に手を付けないといけない。
 それまではもう少し、甘えさせてくれないかな」

 ――甘えてるのはこっちなのに。

 千晴はおずおずとうなずいた。

「それで天流さんの気が済むなら」

 天流がニコリと微笑んだ。

「じゃあ決まりだ。
 早く家に帰って、支度をしてしまおうか」

 どこか軽やかに歩く天流を見て、千晴は笑みをこぼして歩いて行った。




****

 駅前にあるフィットネスジムは、明るい照明が白い床に反射する空間だった。

 清潔感もあり、女性客も多い。

 千晴が安心感で頬を緩ませていると、天流が告げる。

「入会申し込みを済ませてしまおう。
 着替えたら一緒に、ランニングマシンにでも乗ろうか」

 千晴がうなずき、天流と共に受付に向かっていった。


 ジムの案内と利用手引きを聞いた後、入会手続きを済ませていく。

 それが済むと更衣室に行き、千晴はスポーツウェアに着替えた。

 更衣室から出ると天流と合流し、ランニングマシンで軽く走り込んでいく。

「どうだい? 少しはカロリーを燃やせてるかな?」

「だーもう! 黙って走っていてください!」

 三十分ほど走ったあと、水分を補給してからエアロバイクに乗ってまた汗を流す。

 千晴がバイクを漕ぎながらジムの中を見回した。

「いいところですね、ここ」

「そうだね、これなら通い甲斐がありそうだ」

 二十分ほどバイクを漕ぎ終わると、更衣室に行ってシャワーを浴びる。

 それが終わるとドライヤーで髪を乾かし、更衣室を出て天流と合流した。

「少しはすっきりしたかな?」

「……まぁ、チーズバーガーの分は流れていった気がします」

 楽し気に笑う天流が告げる。

「じゃあ今度は飲みに行こうか。
 ちょっと歩くけど、足は大丈夫?」

「あの程度で歩けなくなるほど、歳はとってませんよ!」

 楽しげな天流と一緒に、千晴も微笑みながらジムをあとにした。




****

 千晴は天流に連れられて駅近くのバーに入っていった。

 初めて入るバーに、千晴はあたりをきょろきょろと見回している。

 静かな店内、客層はひとり客やカップルなど様々だ。

 全員が静かに酒を楽しんでいるようだった。

「わぁ……大人の雰囲気ですね」

「なに言ってるの。
 広瀬さんだっていい大人でしょ」

「それはそうなんですけど。
 こういうところ、入ったことが無いので」

 二人はカウンター席に座り、荷物を下ろした。

 天流が嬉しそうに微笑んで千晴に告げる。

「今まで彼氏とかに、連れてこられたことないの?」

「彼氏いない歴が年齢と等しくて悪かったですね」

「おやおや、青春してないのか。
 それはもったいないな。
 ――それで、何を飲む?」

 千晴が悩みながら応える。

「カクテルとか、私は知らないので」

「じゃあ定番のモスコミュールでもいってみようか」

 天流がバーテンダーに、モスコミュールとソルティドッグを頼む。

 バーテンダーが流れるような動作でカクテルを作り始めた。

 その動作に、千晴はすっかり見惚れていた。

「すごい……初めて見ました」

 天流がクスリと微笑んだ。

「目で見て楽しめるのも、バーのいいところだね」

 スッと千晴の前に、グラスが置かれる。

 千晴はおそるおそるグラスに口をつけて、驚いて目を見開いた。

 ジンジャーエールの風味にライムのさわやかさが加わり、ほんのりと酸味を感じる。

「うわ、甘い。こんなに甘いんですか?」

 天流がクスリと笑みをこぼす。

「いつもビールばかりだからね。
 少しは新鮮だろう?」

「そうですね……さわやかで美味しいです。
 天流さんのはどんな味なんですか?」

「これも甘酸っぱいよ。
 飲んでみる?」

 スッと天流が差し出したグラスに、千晴が少し口を付けた。

 グレープフルーツの甘酸っぱさと苦みが口の中に広がっていく。

「――わぁ、ジュースみたいですね」

「でもアルコールが強いから、気をつけてね」

 千晴が不満げに眉をひそめた。

「私、別にお酒に弱い訳じゃないんですけど?」

「そうかい? じゃあ次はスクリュードライバーでも飲んでみる?
 女性に人気のカクテルだ」

 千晴がモスコミュールを飲み干すと、天流がスクリュードライバーをオーダーした。

 バーテンダーが流れるような手の動きで作り上げたオレンジ色のカクテルを、千晴はまじまじと見つめる。

「うわぁ、オレンジジュースみたい」

「飲んでみるともっと驚くよ?」

 おそるおそる千晴がグラスに口を付ける。

 オレンジジュースの酸味と甘み、そしてアルコールの苦みが口に広がっていく。

 千晴は驚いたように声を上げる。

「え?! これお酒なんですか?!」

「広瀬さん、静かにね。
 ――どう? 美味しいでしょ」

 千晴がグラスをあっさり空けて応える。

「はい、これならいくらでも飲めそうです!」

 天流がいたずらっ子のような笑みで千晴に耳打ちする。

「そうやって油断して、酔いつぶれた女性を連れ帰る男もいる。
 気をつけて飲んだ方がいいよ」

 千晴がきょとんとした顔で天流に告げる。

「でも、天流さんなら問題ないんじゃないですか?」

「そりゃあ私はね。
 でも外で飲むときは、気をつけなさい」

「はーい」

 その後、二杯のスクリュードライバーを飲んだ千晴は真っ赤な顔でフラフラになっていた。

「大丈夫? 広瀬さん。
 少し飲み過ぎだよ」

「だいじょーぶ! まだまだいけます!」

 三杯目のスクリュードライバーを半分飲んだあたりで、千晴はカウンターに頭を乗せた。

 そのまま動かなくなったのを見て、天流が小さく息をつく。

「だから言ったのに――お会計、頼むよ」

 会計を済ませた天流は千晴をおぶり、タクシーを捕まえて乗りこんだ。
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