神を拾った竜殺し~星の少年と炎の少女~・改訂版

みつまめ つぼみ

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第1章:神を拾った竜殺し

第11話 男たちの沽券(2)

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 ノヴァが慎重に口を開く。

『アイリーン、それでは人として生きることが不可能になる。
 お前の父親ヴォルディモートは、そんな人生を送らせるためにお前を蘇らせたかったわけではないはずだ。
 お雨は人として生き、人として死ぬべきだ』

『でも! それじゃあノヴァの孤独が癒されなくなってしまうわ!』

『俺には、お前と共に過ごした記憶があれば、それで充分だ。
 それで俺の孤独は癒される』

『そんなの嘘よ! ならなぜ、そんなにすがるような目で私を見ているの?!
 なぜそうまでして、私と共にろうとするの?!
 私たちはお互いの孤独を癒し合うことができる存在よ。
 それなら、共に同じ時を歩むべきよ!』

 ノヴァが眉をひそめながら答える。

『……アイリーン、お前は自分が言っている意味を、真に理解できているとは思いがたい。
 お前は無理をせず、幸福な人生を送ってほしい』

『こうしてよみがえった私にとって、貴方あなたと共にることでしか孤独を癒すことはできないわ!
 私の幸福は貴方あなたと共にるのよ!
 人として生きることができなくなってもいいの! ねぇ、お願いよ!』

 それは、アイリーンが勇気を振り絞って伝えた言葉だった。

 考えた末の、決定的な愛の告白だ。

 出会って間もない二人だが、『今の自分にはノヴァが必要だ』と心から感じていた。

 だからノヴァにも、同じように自分を求めてほしかったのだ。

 ノヴァが苦悩するように顔をしかめた。

『……少し、時間をくれ。
 どちらがお前にとって幸福なのか、今の俺には判断が付かない。
 一度選択してしまえば、もう後戻りはできない。
 ならばせめて、お前が幸福になると確信できる選択を俺にさせてくれ』

 アイリーンに帰ってきた言葉は、期待を大いに裏切ったものだった。

 『受け入れる』とも、『拒絶する』とも断言しない、曖昧あいまいな答え。

 拒絶されることすら覚悟して踏み込んだというのに、ノヴァは『答えを先送りさせてくれ』と懇願こんがんした。

 決断を恐れているのは、明らかだった。

 拒絶するなら、ハッキリとそう言って欲しかった。

 それならば納得することもできただろう。

『ノヴァの意気地いくじなし!』

『なんとでも言ってくれ。だがこれは譲れない』

 アイリーンはいつの間にか涙を流していた。

 涙をまき散らしながら、ノヴァをにらみ付けている。

『……ノヴァにニアさんを責める資格はなかったと思うわ!』

 ノヴァがきょとんとした顔で答える。

『……下山中の話か。聞こえていたのか?』

『腐ってもホムンクルスの体ですもの。あれくらいの距離なら聞こえるわ。
 “結果を出してこそ、人は次に進める。一歩踏み出して結果を出すべきだ”。
 ――立派な言葉よね! でも今はどう?! 私は一歩を踏み出したわ!
 ならノヴァは受け入れるのか、拒絶するのか、結論を出すべきよ!
 逃げる口実を探しているのはどっちなの?!』

 ノヴァが肩を落としながら答える。

『……返す言葉もない。だが頼む、少しで構わないから時間をくれ』

 アイリーンは悔しくて歯を食いしばり、ノヴァをにらみつけていた。

 ――なんて不甲斐ふがいない男だろう!

 目の前の男は、かたくなに決断を拒否する姿勢を崩さない。

 その癖、今もすがるような目で自分を見ているのだ。『置いていかないでほしい』と。

 ならば決断すればいい。だがそれもできない。

 決断から逃げる口実に『自分の幸福を考えさせてくれ』などと口にする態度に腹がっていた。

 その情けない心をごまかすために、自分をだしに使わないでほしかった。

 そんな卑怯ひきょうな態度に、ノヴァは自分で気づいてすらいない。それが余計にしゃくさわった。

 ここまで自分を想い、自分も同じ想いを共有できると思った相手。

 それがこんな情けない卑怯ひきょう者だったなんて!

 それでも、ノヴァのすがる目を振り払うことがアイリーンにはできなかった。

 そんな自分にも腹が立った。

 ――ああもう、これじゃあニアさんとリストリットさんの関係そのままじゃない!

 ここにきて、アイリーンはようやくニアに心の底から共感できてしまった。

 だが自分は十年も待ってやるつもりなど無い。

 アイリーンは一度、深呼吸をしてから決意を固める。

 ――ノヴァが一人で決断できないなら、私が手伝ってあげる。

 アイリーンの瞳がひたとノヴァの目をにらみ付けた。

『長くは待てないわ。
 貴方あなた腑抜ふぬけたことを言って私を失望させるなら、私はその時点で機能を停止させる。
 十四歳の女の子にここまで言われて、神様がどんな答えを出すのか――楽しみにしてるわ!』




****

 リストリットとニアが買い物から宿に戻り、部屋のドアを開けた。

 部屋の中ではノヴァとアイリーンが、背中を向け合って座っていた。

 ノヴァは肩を落として思い悩んでいるようだ。

 アイリーンは不機嫌な様子を隠そうともしていない。

 今までと様子が違う二人に戸惑い、リストリットが声をかける。

「おいおい、どうした二人とも。なにがあった?」

 アイリーンが険しい目つきでリストリットをにらみつけた。

『ノヴァがリストリットさんみたいに不甲斐ふがいないことを言うから、ちょっと頭に来ただけよ!』

 リストリットが顔を引きつらせて絶句した。

 ――子供ってのは容赦がないな。

 なんとか立ち直り、ニアに告げる。

ニアアンジェ、部屋に残ってアイリーンと話をしてくれ。
 俺は外でノヴァと話をしてくる」

 ニアがうなずいてアイリーンに近寄っていく。

 リストリットは買い物袋を置いてノヴァの肩を抱くと、宿の外へ向かった。




****

 宿の裏手、人の来ることがない袋小路。

 ノヴァが防音結界を張り、二人は石段に並んで腰を下ろした。

「それで? なにがあったんだ?」

 ノヴァがうれいた表情で答える。

『……アイリーンが”俺と同じ時間を歩みたい”と言い出した。
 俺は“少し考えさせてほしい”と答えた。
 “お前が真に幸福になる選択をさせてくれ”と。
 だがそれは、お前やニアと同じように“逃げる口実を探しているだけだ”と責められた。
 “俺にはニアを責める資格などない”とも言われたよ』

 リストリットが驚いて聞き返す。

「――ちょっと待て。ニアを責める? お前が? なんでまた?」

『お前とニアの関係は“もう清算するべきだ”と助言した。
 だが彼女は“どちらも選べない”と答えた。
 だから俺は“それは逃げる口実だ”と責めた。
 “今の関係を壊すことを恐れているだけだ”とな』

 リストリットは呆気あっけに取られたあと、がっくりと項垂うなだれ、大きくため息をついた。

 しばらくしてゆっくりと顔を上げ、にらみ付けるようにノヴァを見た。

「……お前、『余計なお世話』という言葉を知ってるか?」

 リストリットの刺すような視線を受け止めつつ、ノヴァは冷静に見つめ返す。

『ならばお前は、ニアの年齢を覚えているか?
 人間の女が子を成せる期間はそう長くはない。彼女の刻限はもう目前だ。
 高位の貴族子女が子を成せないなど、有り得ないのだろう?
 ならばもう、迷っていられる猶予はない。結論を出すべきだ。
 お前は彼女から若さを奪い取り、時間を奪い去った。
 これ以上彼女を縛り付ける真似はやめろ。
 今ならまだ、彼女には選択肢が残されている。
 ――ニアにも、“想いを告げて玉砕するか、お前を見限って他の男の元へ行くか選べ”と責めた』

 リストリットの頭が冷え、ノヴァの目をまっすぐ見つめ返す。

 ――そうか、アイリーンが告白し、ノヴァが返事を保留したから、ああなったのか。

「それを嬢ちゃんに聞かれていて、お前も『彼女を受け入れるか、拒絶するか選べ』と責められたのか。
 まさに俺と同じ状況だ。嬢ちゃんは情熱的だなぁ』

 若かったニアは、己の貞淑ていしゅくをリストリットに賭けた。

 高位貴族令嬢の貞淑ていしゅくは、庶民のそれと話が変わる。露呈ろていすれば醜聞スキャンダルどころではない。

 それといい勝負ではないか。

 苦笑するリストリットに、淡々とノヴァが告げる。

『俺は“時間をくれ”と頼んだ。
 だがその答えが、“少しだけ待つが、腑抜ふぬけた答えで失望させたらその時点で死ぬ”だからな。
 情熱的を通り越して、恐ろしく苛烈かれつだ。
 神が十四歳の人の子におどされた。滑稽こっけいな話だな』

 ノヴァは自嘲の笑みを浮かべていた。

 リストリットも、貞淑ていしゅくどころか命がけの勝負を挑んだアイリーンに頬が引きつった。

 彼女は『自分を殺したくなければ受け入れろ』とノヴァに選択を迫ったのだ。

 拒絶するにも、最新の注意を払って言動を選ぶ必要があるだろう。

 いや、アイリーンはノヴァを得られない人生に生きる意味を見い出せなかったのだ。

 意味のない人生ならば、いつ終わらせても変わらないという判断なのかもしれない。

 そしてノヴァと自分との間に、曖昧あいまいな関係すら許さなかった。

 恐ろしいほど苛烈かれつな情熱だ。

 リストリットはノヴァの様子を観察していたが、どうも彼女の真意が伝わっている様子がない。

 この分ではアイリーンが失望して、命を絶つのは避けられないだろう。

 ――仕方ねぇ、一肌脱ぐか!
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